貴様だけは選ばない? ええ、一向に構いませんが
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「貴様だけは選ばない。絶対にな」
ラーラ・エガーシルは、王子であるダマル・ウルヴァーナにそう宣言された。
ラーラはダレスタル学園に通う男爵令嬢。
紫色の髪を伸ばし、平均的な身長の美女だ。
ダマルはウルヴァーナ王国の第一王子で、金髪碧眼の美青年。
誰もが振り向く容姿の持ち主。
『国一番の美形』とまで言われるほどの美しい人物。
ダマルがラーラにそんな宣言をしたのは――食堂の席が原因だった。
いつもダマルが食べている席で食事をしていたラーラ。
ダマルは食事を取ろうと食堂に来たところ……彼女が座っていることに驚いていた。
「そこは俺の席だ」
「そうなのですか? 申し訳ございません、そんなルールがあるなんて知らなかったもので」
ダマルはラーラのことを知っている。
彼女を狙う人物は多く、噂には聞いていたからだ。
いつしかラーラのことを目で追っていたダマルであったが……そんな彼女が自席に座っていたことには、目を丸くした。
「兄上は自分の席を取られるのが嫌いだからな。もしかして、次期王座の席を取られるとも思ってるんじゃないか?」
ダマルにそう言うのは、弟である第二王子のクリス・ウルヴァーナ。
兄と同じ金髪碧眼で、ダマルと比べると可愛げがある容姿。
彼も人気があるが、兄と比べると見劣りをする。
しかしそんなことを気にすることなく、楽しそうに毎日を生きる、ぼど裏表のないポジティブ人間だ。
「そんなことあるわけないだろ」
「じゃあ席ぐらい許してやりなよ。俺だったら許してあげるんだけどな」
弟の言葉にカチンとくるダマル。
挑発されたわけではない、だがクリスの言ったことが気に入らなかった。
クリスは父親によく似ていると言われており、なんでも弟と比較されてきた。
そしてダマルは父親のことを憎んでおり、それに似ているというクリスが許すと言うなら、自分は許さないなどと、バカみたいな理由で怒っていたのだ。
席を取られていたこと、そして父親に似た弟の言うことに感情は爆発する。
「俺はお前と違う……絶対に許さない!」
「申し訳ございません!」
席を立ちあがり、ラーラはダマルに頭を下げる。
ダマルは怒りの感情のままにラーラをさらに怒鳴り付けた。
「貴様は美人だとちやほやされているようだな」
「いえ、そんなことは……」
周囲から綺麗だと言われているラーラであったが、自覚は無かった。
男爵令嬢という身分の低さから、常に負い目を感じており、自分が何かに優れているとは考えもしない。
あまり明るい性格でも無いので、友人も多くはなかった。
だからその事実が彼女に伝わる機会は無かったのだ。
「とぼけているのか? それにこの席を選んだということは……俺に近づくために何か企んでいたんじゃないのか?」
「え、本当にそんなわけでは……」
「うるさい!」
食堂がシーンと静まり返る。
怒るダマルに対して、ラーラは唖然としていた。
(全くそんな気は無かったのに)
そう考えるもダマルに伝わることもなく、そして彼は沸騰した頭で彼女に宣言する。
「貴様だけは選ばない。絶対にな」
「はぁ……」
選ばれなくとも、一向に構わないのだけれど。
ポカンとしながら、ラーラそんな思案をする。
別にそんなこと考えてもいないので、彼女からすればそんな宣言は痛くも痒くも無かった。
別の席に移り、食事をするラーラ。
そんなラーラの背中を眺め、ダマルは心中激しい自己嫌悪に陥る。
(絶好のチャンスだったはずなのに……お近づきになれて良かったのはこっちの方だろ!)
ラーラと距離を縮める機会だったはずが、自身の暴走で台無しにしてしまった。
ダマルはその日の食事の味は覚えていなかったとか。
その翌日。
ラーラはまた食堂へやって来ていた。
彼女はダレスタル学園の一年生。
まだ右も左も分からない状態。
二年であるダマルが指定している席のことなど知りもしなかった。
「やあラーラ」
「あ、クリス様」
席を探しているラーラに声をかけるクリス。
彼はすでに別の席に付いており、その隣には黒髪の美少年フィンがいた。
彼らはラーラと同い年で、偉そうな態度を取ることなく、笑顔で接する。
「私の前の席が空いてるよ」
「ありがとうございます」
クリスの前の席に座り、彼の笑顔に自然と笑みがこぼれる。
きっといい人に違いない。
ラーラはそう感じていた。
「噂のラーラ嬢か……なるほどな」
「どうしたんだ、フィン。何か言いたいことでもあるのかい?」
「いや、別に」
笑い合う二人。
彼らは身分を超えた親友で、王族であるクリスにくだけた喋り方を許されているフィンは特別な存在であった。
「あの二人、相変わらずお綺麗ね」
「どうにかしてお近づきになりたいわ」
「あの方はラーラさんと言ったかしら。羨ましい限りだわ」
周囲にいる女性たちが、クリスたちを眺めている。
彼女たちの視線に気づきはするものの、その全てに対処するわけにもいかず、クリスはラーラにだけ視線を集中させていた。
「学園にはもう慣れたかい?」
「はい。田舎からやって来たので、人の多さに目まいがしそうですが……」
「そう。でも田舎暮らしなんてのも良さそうだね。私も将来は、田舎で生活してみたいものだ」
「王族なのに、そんなことが許されるのですか?」
「ははは。君が言う通り、許されたらの話だけどね」
跡継ぎ問題や、権力などに一切興味がないクリス。
彼はラーラの出身地を思い浮かべ、本気でそう思案していた。
「クリスはダマル様よりは自由だろ?」
「兄上と比べるとね。でも王族となるとどうしても好き勝手というわけにはいかない」
「ふふふ。その点、私は自由そのものですわ。何にも縛られない。自由気ままに生きることができる」
「羨ましいね。私もそんな家柄に生まれたかったよ」
男爵生まれと言えど、何でもかんでも自由になるわけではないが、しかしクリスみたいな王子と比べると勝手ができる身分。
自分のことを羨ましいなんて言った人が初めてで、ラーラはクリスに興味を抱き始めていた。
「…………」
微笑ましく会話をするクリスとラーラ。
そんな二人を遠くから睨みつける男がいた。
それはダマルだ。
(クソ……本来なら俺が彼女と話をしていたはずなのに……)
楽し気な弟とラーラ。
二人を見据えながら、味のしない食事をするダマル。
これまで楽しみにしていた食事の時間が、いつの間にか耐え難い時となっていた。
それからもラーラとクリスは親交を深め、徐々に惹かれ合う。
その様子をダマルは苦々しい顔で眺め続けていた。
どうにかして彼女を手に入れたい。
ラーラを自身の妃として迎える。
心にそんな野心を抱いていた。
「おい」
「は、はい?」
ある日のこと、ラーラがクリスと一緒にいないタイミングでダマルは彼女に声をかけた。
驚き、硬直するラーラ。
畏怖の念を抱くダマルに呼び止められたことに息を飲む。
(何か粗相をしてしまったのかしら?)
ジロリと刺すような視線を向けるダマルに、ラーラは怯えっぱなしだ。
態度とは裏腹に、彼女と距離を縮めたいと考えるダマルは、緊張しながらラーラに言う。
「食事を取る。俺の前の席に付け」
「……え?」
「聞こえなかったのか? 席に付けと言っているんだ」
オズオズとダマルの前の席に座るラーラ。
彼が何を考えているのか分からず、緊張して体を硬くする。
そんな彼女はぎこちない笑顔を浮かべ、それを見たダマルはニヤッと笑った。
(俺に誘われて嬉しいと見える。これでラーラは俺に靡くだろう)
見当違いの思考をするダマル。
もちろん、そんなことはまったく無い。
「クリスとはどうなのだ?」
「どうとは?」
「どこまで進んだんだ? 仲が良いみたいだが」
「仲良くはしていただいていますが、別に……」
「そうか」
腕を組みながら、だが胸の内を歓喜で満たすダマル。
(まだ特別な関係ではないようだ。このまま押し切れば、俺の勝ちだな)
(クリス様とのことを聞いてくるのって……私たちの関係を心配なさってるのかしら?)
二人の思考にすれ違いが生じる。
ダマルは純粋にラーラのことを想い、ラーラはクリスと自分の関係を気にしてくれていると考えていた。
「どうだろう……上手くやっていけそうに思うか?」
「はい。今のところは問題ありません」
「そうか……なら良かった。これからもよろしく頼む」
「はい!」
自分の弟のことを心配するダマルは、思っていたよりも優しい人なのかもしれない。
ラーラはそんな風に感じ始めていた。
その後の食事もすれ違いの会話が続き、変な信頼関係が構築されていく。
ダマルはラーラと仲を深めていると、ラーラは優しいお兄さんという認識を深めていった。
それからも顔を合わす度に会話を交わすことになった二人。
学園の廊下で少し顔を合わす時でも話をする。
「実は少し怪我をしてだな……」
「え、大丈夫なのですか!?」
「ああ、大したことはない」
腕をさすりながらそう言うダマルであったが、ラーラは彼を見ていなかった。
怪我をしたのはクリスだと思い込み、不安な表情を浮かべる。
「だから大したことはないと言っているだろう。怪我などすぐに治る」
「それならいいのですが……」
ダマルの話を聞いて、クリスがいるであろう教室へ向かうラーラ。
そこでは本当に腕に包帯を巻いているクリスがいた。
「クリス様、大丈夫ですか?」
「あはは。クリスのやつ、訓練で木剣を腕に受けて怪我したんだよ」
「笑い事じゃないだろ、フィン。結構痛いんだぞ」
ラーラはクリスの腕を見て気を失いそうになるが、それに気づいたクリスが笑顔を向ける。
「痛いけど問題無い。明日には治ってるはずだから」
「本当ですか……?」
「ああ、本当だとも」
「はぁ……ダマル様が仰っていた通りで良かったです」
安堵のため息を吐くラーラと、首を傾げるクリスとフィン。
なんでクリスが怪我をしたことをダマルが知っているのか。
それが不思議で仕方なかった。
ただ会話がすれ違っていただけなのだが……ラーラはクリスに対して、本気で恋心を抱いていることを理解した。
これほど心配になるのも、心から想っているからなんだと。
(私はクリス様が好きなんだ。それに気づかせてくれたダマル様には感謝しかないわ)
お礼を言わなければならない。
そう考えて数日後、ラーラはダマルが食事をしているところにお邪魔することに。
いつもの席に座るダマル。
その前にラーラは静かに座る。
「失礼します」
「ああ、ラーラ。どうしたんだ?」
「いいえ……怪我の具合はどうですか?」
(自分の怪我を心配してくれるとは……優しい娘だ)
この心配はクリスに向けられているものであったが、ダマルは気づいていない。
「あのぐらいの怪我など大したことないと言っただろ?」
「はい。ですが心配でして……」
「大丈夫だ。ラーラが心配する必要は無い。怪我をしたのは自分の責任。情けないやつと笑ってくれ」
「そんな……笑えませんわ」
そう言いながらも、ダマルとラーラは笑い合う。
(ああ、このままこの娘と幸せになろう。俺は彼女を妃にしてみせる)
ラーラに対して本気になっていたダマルはそう思考するが……彼の脳を破壊するほどの現実が、すぐ傍まで近づいていた。
それはクリスとダマルが怪我をした時より二週間後のこと。
空が赤く染まる夕暮れの頃、ラーラは屋上にいた。
空を眺め、故郷の両親のことに思いをはせる。
ラーラが屋上にいたという話を聞いて、ダマルは彼女の元に現れた。
「ラーラ」
「ああ、ダマル様。どうかなさったのですか?」
「お前がここにいると聞いてな」
ゆっくりとラーラに近づくダマル。
ダマルは夕焼けに赤くなる彼女の姿に、胸をときめかせる。
(想いを告げるなら、今しかないな)
ゴクリと息を飲み、告白することを決意するダマル。
そのタイミングをうかがうが……中々その瞬間が訪れない。
「ここで何をしていたんだ」
「家族のことを想っていました」
「家族……」
「ええ。私が婚約したと聞いたら、どんな顔をするのかなと」
ダマルは考える。
(これは……俺からの誘いを待っているんだ。やはり言うしかない。ラーラの家族を安心させられるよう、情けないところは見せるわけにはいかないな)
「ダマル様と家族になって……きっと幸せになれるのでしょうね。いえ、幸せにならないといけないわ」
「ああ、そうだな……絶対に幸せにならなければいけない。それはお前の使命であり、俺の使命でもある」
「はい。皆が幸せになれるように努力しなければ。それが結婚というものですものね」
優しい風が二人の頬を撫でる。
微笑を浮かべるラーラの横顔に、ダマルは心を奪われていた。
(ラーラと一生を添い遂げる……これほど幸せなことはない。俺は心の底から彼女にぞっこんなのだろうな)
うるさいほどの心臓音。
ダマルはそれを聞きながら、しかし勇気を振り絞って口を開く。
「ラーラ!」
「はい?」
笑顔で振り向くラーラ。
「結婚……」
「はい」
頷くラーラ。
ダマルは自分の告白を受け入れてくれたと勘違いし、喜びで全身を震わせた。
「そ、そうか! そうなのか!」
「はい。クリス様と結婚の約束をいたしました」
「……は?」
ラーラの言葉が理解できないでいるダマル。
思考が追い付かず、ただ呆然とするのみ。
「先日、クリスさまから婚約のお話をいただいたんです。家族も喜んでくれるだろうなと……ダマル様とも義理の家族になりますし、これからもよろしくお願いいたします」
「あ、ああ……」
「私だけは選ばないとダマル様は仰ってましたが……ダマル様も良い人を見つけてください」
「え、ああ……?」
「それでは失礼します」
「…………」
ラーラが立ち去る足音だけが響く。
何故こんなことになってしまった。
そして何が起きているのか、どうしてラーラがクリスと婚約したのか。
ダマルは口を開きながら、そんなことばかりを考えていた。
◇◇◇◇◇◇◇
それから時は流れ――
クリスとラーラは、ラーラの故郷に居を構え、幸せに暮らしていた。
そんな二人のもとに、フィンが訪れる。
それは皆がよく見る、微笑ましい光景であった。
「子供が生まれたみたいだな、おめでとう」
「ありがとうございます、フィン様」
愛しそうに子供を抱くラーラ。
フィンは子供の頬に触れ、その温かさに感動を覚えていた。
「子供はいいな」
「君も早く作りたまえ」
「ははは。クリスみたいに、俺も上手くやらないとな」
「はて、何のことやら」
とぼけた表情をするクリス。
だがフィンは知っていた。
クリスがやったことを。
ダマルが自分と比べるような発言をすると、彼が怒るのを理解していたクリス。
ラーラとダマルが邂逅した時に、わざわざそんなことを口にしたのだ。
彼女に一目ぼれしていたクリスは、ラーラと兄が仲良くすることをよろしく無いと思案し、そんな行動をしたのだが……
ダマルとラーラと初めて会った時の話を聞いて、フィンはそのことを瞬時に理解した。
とにかく、二人は幸せに暮らしているし、どのみちこういう結果になっていただろうとフィンは笑う。
ダマルの高圧的な態度と、すぐ怒ってしまう性格ではラーラを幸せにすることできなかっただろうと考えていた。
ダマルはというと――ウルヴァーナ国王の座に付き、いつもラーラのことを夢想する。
何がいけなかったのか……出逢った時に怒鳴ってしまったのがいけなかったのか。
今になっても後悔するばかり。
彼の隣に伴侶はおらず、そしてダマルは生涯を独り身で過ごしたという……
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