第6話 地下鉄ホームの小さな扉
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# 第6話 地下鉄ホームの小さな扉
「よし、出口の座標はこれで完璧だ」
地下の研究室で、紅蓮誠は転送ルーターの最終調整を行っていた。手元のモニターには、横浜地下鉄の廃駅ホームの3Dマップが表示されている。
「本当にそこで大丈夫なの?」妹の莉子が心配そうに覗き込んだ。「人に見られたりしない?」
「大丈夫だよ。ここは三年前に廃線になった駅だから、普通は人が来ない。それに、転送口も小さく設定してあるから、壁の隙間みたいに見えるはずだ」
父の大悟が腕を組みながら言った。「とはいえ、初回テストは慎重にやろう。万が一のことがあったら、すぐに転送を切断できるよう準備しておく」
母の真弓は手袋をはめながら、「サンプル採取用の機材も準備完了よ。外の空気や土壌の成分分析をしておきましょう」と言った。
一家は転送ルーターの前に集まった。誠が操作パネルに触れると、空中に小さな楕円形の穴がゆっくりと開いた。穴の向こうには、薄暗い地下鉄のホームが見える。
「すごい…本当に繋がってる」莉子が息を呑んだ。
「よし、まずは僕が先に行ってみる」誠が転送口に手を伸ばそうとした時、向こう側から声が聞こえた。
「あら、こんなところに無許可の転送口を設置するなんて、随分と大胆ね」
一同は凍りついた。転送口の向こうに、紫色のスーツを着た女性が立っていた。彼女は20代後半くらいで、銀縁の眼鏡をかけ、手には何やら機械を持っている。
「えっと…その…」誠は言葉に詰まった。
女性は転送口を興味深そうに観察しながら言った。「空間座標の精度は悪くないわね。でも、迷宮法第15条に基づく設置許可申請は出していないでしょう?」
「迷宮法?」大悟が首をかしげた。
「ご存知ない?それは困ったわね」女性は小さくため息をついた。「私は国家迷宮監査局の監査官、アメジスト。あなたたちのダンジョンについて、お話しすることがあります」
一同は顔を見合わせた。ダンジョンのことを知られている?
アメジストは転送口に向かって歩いてきた。「こちらに伺ってもよろしいかしら?正式な監査のためですから、拒否権はありませんが」
真弓が慌てて言った。「あの、突然で申し訳ないのですが、そちらの身分を証明していただけますか?」
「もちろんです」アメジストは胸元のカードケースから身分証を取り出し、転送口越しに見せた。確かに「国家迷宮監査局」と書かれている。
「国家迷宮監査局って、政府機関なんですか?」誠が恐る恐る尋ねた。
「ええ。正確には内閣府の外局です。ダンジョンが各地に出現し始めてから設立された比較的新しい組織ですが、迷宮関連の法整備と監督を行っています」
大悟が眉をひそめた。「つまり、我々は法律違反をしているということですか?」
「現状では、そうなりますね」アメジストは転送口をくぐって研究室に入ってきた。「無許可でのダンジョン運営、無届けでの転送装置設置、そして何より…」彼女は室内を見回した。「この規模の迷宮を個人で管理しているのは、安全基準違反の可能性があります」
莉子が小さく「やばい」と呟いた。
アメジストは手に持っていた機械をダンジョンの入り口に向けた。画面に様々な数値が表示される。
「魔力密度は標準値以下、空間安定度も問題なし…意外と管理状態は良好ですね」彼女は少し驚いたような表情を見せた。「通常、個人管理のダンジョンはもっと不安定なものですが」
「あの」誠が手を上げた。「僕たち、法律のことを全然知らなくて…どうすれば良いんでしょうか?」
アメジストは眼鏡を直しながら答えた。「まず、ダンジョン設置届を提出していただく必要があります。それから運営許可申請、安全管理計画書の作成…」
「書類が山ほどありそうですね」真弓がため息をついた。
「確かに手続きは煩雑ですが、適切に管理されているダンジョンなら許可は下りるはずです」アメジストは意外にも協力的だった。「ただし、条件があります」
「条件?」
「定期的な監査を受けていただくことと、緊急時には政府の指示に従っていただくこと。そして…」彼女は誠を見つめた。「ダンジョンマスターとしての教育を受けていただくことです」
「教育?」
「ダンジョンの管理は想像以上に複雑で危険な仕事です。魔力の暴走、モンスターの制御不能、空間崩壊…適切な知識なしに続けるのは、あなたたち自身にとっても社会にとっても危険です」
大悟が腕を組んだ。「つまり、学校のようなものがあるということですか?」
「ダンジョンマスター養成課程というものがあります。通常は半年間の集中講座ですが、誠さんの場合は既に実戦経験があるので、短期集中コースでも可能かもしれません」
誠は考え込んだ。「その間、ダンジョンはどうなるんですか?」
「一時的に監査局の管理下に置かれます。ただし、あなたの家族が補助管理者として認定されれば、ある程度の自由度は保たれます」
莉子が不安そうに言った。「お兄ちゃんがいなくなっちゃうの?」
「いえいえ」アメジストは笑顔で手を振った。「養成課程は基本的に通学制です。ここから都内の研修センターまで通っていただくことになります」
真弓が質問した。「費用はどの程度かかるのでしょうか?」
「政府認定のダンジョンマスター養成課程は無料です。むしろ、研修期間中は支援金も支給されます」
「なぜそんなに手厚いんですか?」大悟が疑問を口にした。
アメジストの表情が少し真剣になった。「実は、有能なダンジョンマスターは国家的な人材なんです。ダンジョンから得られる資源や技術は、日本の国力に直結しています。特に誠さんのような若くて適性の高い方は、非常に貴重な存在なのです」
誠は戸惑った。「僕はただ、家族と一緒にダンジョンを楽しみたいだけなんですが…」
「それで構いません。ダンジョンマスターになったからといって、国家の駒として使われるわけではありません。ただ、より安全で効率的な運営方法を学んでいただきたいのです」
アメジストは鞄から書類を取り出した。「これが申請書類の一式です。まずはこちらに目を通していただいて、一週間後にお返事をいただけますか?」
書類の束を受け取った大悟が苦笑いした。「本当に山ほどありますね」
「分からないことがあれば、いつでもお電話ください」アメジストは名刺を渡した。「それと…」彼女は振り返って誠を見た。「あなたのダンジョン、とても魅力的ですね。スライムたちの生態系も興味深いですし、空間設計も巧妙です」
「ありがとうございます」誠は嬉しそうに答えた。
「ただし」アメジストの表情が引き締まった。「今後は安全第一でお願いします。特に、転送装置の使用は慎重に。座標を一度でも間違えれば、取り返しのつかないことになりかねません」
「はい、気をつけます」
アメジストは転送口に向かって歩いた。「それでは、お返事をお待ちしています。あ、それと…」彼女は振り返った。「この転送口は一時的に封印させていただきます。正式な許可が下りるまでは使用禁止です」
彼女が小さな装置を転送口に取り付けると、空間の穴がゆっくりと閉じていった。
「では、失礼いたします」
アメジストが去った後、一家は静寂の中で顔を見合わせた。
「まさか、政府の人が来るなんて思わなかった」莉子がぽつりと呟いた。
真弓が書類をめくりながら言った。「でも、悪い話ではないみたいね。ちゃんとした知識を身につけられるし、支援も受けられる」
大悟は腕を組んで考えていた。「問題は、本当に自由度が保たれるかどうかだな。政府が関わってくると、だんだん制約が増えていく可能性もある」
誠は不安と期待が混じった気持ちでダンジョンの入り口を見つめた。「でも、今のままだと法律違反のまま続けることになる。それは良くないよね」
「そうですね」真弓が同意した。「法律は守らなければなりません。それに、専門的な知識を学ぶのは決して悪いことではありません」
莉子が誠の袖を引っ張った。「お兄ちゃんはどうしたい?」
誠は少し考えてから答えた。「正直、迷ってる。でも、ダンジョンをもっと良くしたいし、みんなにも安全に楽しんでもらいたい。そのために勉強が必要なら、やってみようと思う」
大悟が息子の肩に手を置いた。「それなら、家族で相談して決めよう。一週間あるんだから、じっくり考えればいい」
その夜、一家は食卓を囲んで話し合いを続けた。書類を詳しく読んでみると、確かに複雑な手続きが必要だが、ダンジョンマスターとしての権限や保護も手厚いことが分かった。
「養成課程のカリキュラムを見ると、結構面白そうね」真弓が指摘した。「魔力工学、モンスター生態学、空間物理学…私の専門分野と重なる部分もあります」
「僕も整備の経験が活かせそうな項目があるな」大悟も興味深そうに読んでいた。
莉子は少し寂しそうだった。「でも、お兄ちゃんが毎日研修に行くようになったら、ダンジョンで遊ぶ時間が減っちゃうよね」
「そうだね」誠は妹の頭を撫でた。「でも、もっと安全で楽しいダンジョンにできるなら、それは良いことだと思うよ」
翌日、誠は一人でダンジョンに入り、スライムたちと過ごしながら考えた。彼らは相変わらず人懐っこく、誠の周りを跳ね回っている。
「君たちは、僕がダンジョンマスターになることをどう思う?」
もちろん、スライムたちは答えない。でも、なんとなく応援してくれているような気がした。
夕方、家族会議が開かれた。
「決めよう」誠が切り出した。「僕は、ダンジョンマスターの養成課程を受けたいと思う」
「理由は?」大悟が尋ねた。
「今日、ダンジョンでいろいろ考えたんだ。僕は、このダンジョンを本当に良い場所にしたい。そのためには、ちゃんとした知識と技術が必要だと思う」
真弓が微笑んだ。「それなら、私たちも全力でサポートします」
「僕もだ」大悟も頷いた。「むしろ、息子が国家認定の専門家になるなんて、誇らしいよ」
莉子は少し考えてから言った。「お兄ちゃんがダンジョンマスターになったら、私も何か手伝える?」
「もちろん」誠は笑顔で答えた。「家族みんなでダンジョンを作っていこう」
一週間後、アメジストが再び訪れた時、紅蓮家の答えは決まっていた。
「養成課程を受けさせていただきます」
実はDジェネシスのスピンオフも作ってみている。世界感が同じで、登場人物は紅蓮誠なんの許可も取っていないのでUpするか?迷っています。アドバイスを受け付けます。
歌を作りました良かったら聞いて下さい。
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