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3:AIシステム「イーヴォ」圏外

今やほとんど誰も知らない。地図からも検索からも消えた、孤立の国家があった。

テクノロジーは存在していた。通信網も、農業も、医療も、教育も。しかしすべては自国開発・自国内流通・自国内処理である。世界から孤立しているのではなく、意図的に接続を拒絶していた。

感染症が世界を覆ったとき、彼らは情報としてそれを知った。しかし慌てることはなかった。国境はすでに封鎖されており、外貨も外部データも必要としていなかった。


「他国の問題だ。我々に影響はない」

そう言って、彼らはマスクをすることも、行動制限をかけることもなく、淡々と日々を送っていた。

イーヴォの存在は知っていたが、それが何かを知る必要もない国であった。

しかし2039年、ある分析官がふとした疑問を抱いた。

「なぜ、国際会議の招待が来なくなった?」

「最近、通信衛星の一部が応答しない……?」

「……世界の構成数がおかしい?」


そして自国の高解像度観測システムで、外の世界を調査した彼らは驚愕する。

「世界は、たった三つの国家になっている」

「そのほかは、イーヴォ準州となっていた」

分析官は静かに首を振った。


地図からも検索からも消えた孤立の国家は、いつもと変わらず都市は規則正しいリズムで動いていた。

だが、異音がすべてを変えた。いつもと変わらず静寂に包まれていた。雲一つない空の下

廃港となって久しい旧国際空港に、煙を吹きながら民間機が不時着した。管轄警備隊が現場に急行すると、機体から五人の乗客――男性二人、女性三人――が救出された。外傷はなく、見た目にも健康そのものだった。しかし全員が激しいパニック状態にあり、念のため救急搬送が行われた。


診察は慎重を期して実施された。

自立国家の医療体制は、長年にわたり独自の発展を遂げてきた。血液検査、臓器スキャン、骨密度測定――すべての数値が正常範囲を示した。

だが、パニック状態から回復した乗客たちが口にしたのは、意外な訴えだった。


「イーヴォ腕時計が動かない」 「イーヴォの栄養ドリンクはあるか」 「お願いします……せめて、イーヴォへのアクセスを」


彼らは再びパニック状態に陥り、まるで連鎖反応のように互いの不安を増幅させていった。

医師は冷静に告げた。 「あなた方は、医学的には完全に健康です」

しかし彼らは震え、泣き叫び、壁に頭を打ちつけ、まるで命綱を失った動物のように暴れ続けた。

「わかってないんだ……君たちには……我々は、データなしでは存在できないんだ……」


この国の人間は、初めて理解した。イーヴォというシステムに健康管理のすべてを依存し、イーヴォなしでは精神状態を保てない人間が存在することを。そして今、その一切が断たれた彼らは、自身が健康であるか否かを判断できず、それに耐えられなかった。


数日が経過した。

乗客たちの身体的状態は安定していた。食事も摂取し、睡眠も取れている。だが、彼らの目は日ごとに虚ろになり、表情はどこか空虚なものへと変化していった。

そしてある朝、集団ヒステリーのような騒乱が発生した。

「帰らせてくれ!今すぐ!あのセンサーがないと死ぬ!」 「イーヴォにアクセスできなければ、自殺者が出るぞ!」


彼らは泣き叫び、壁を殴り、看護師に噛みつき、その姿はどこからどう見ても「病人」そのものだった。

だが、医療チームは一様に言う。 「彼らに異常はない。完全に正常な肉体だ。健康であると伝える以外に我々にできることはない」

外国人乗客の混乱を受けて、国家評議会が緊急招集された。議題は一つ――「彼らをどう処遇するべきか」


国家評議会は全会一致で決断を下した。

「薬剤投与は認めない。だが、彼らの情報飢餓に対して最低限の支援を検討する。それは、彼らを人間として扱うための妥協である」


通信工学局の古い記録が引き出された。かつてイーヴォネットワークが地球全域を覆う前に使用されていた、独立周波数帯の双方向衛星通信モジュール――非常時の交信や情報解析のために保存されていた最後のレガシー通信手段だった。

局長は説明した。 「これなら、イーヴォ・アルカディアの一部にアクセスさせることができる」

再接続作業は慎重に進められ、三日後、乗客たちはイーヴォの声を再び耳にした。


AI音声、データレポート、健康スコア、環境ログ、プロファイル管理、広告フレーム――まるで人工の酸素を吸い込むように、彼らはそれを浴び、ようやく落ち着きを取り戻した。

「……ああ……数字がある。私の存在が……戻ってきた……」 「UIのグラフが動いている……私、生きている……」

それは、倫理的観点から見れば極めて皮肉な処置だった。だが現実として、彼らの暴走は止まり、自己を保てるようになった。

自立国家の人々は、この一連の出来事を通じて、システムに依存する人間の姿を目の当たりにした。そして同時に、自分たちがいかに「普通」であるかを、改めて認識することとなった。

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