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逃避行

作者: 栗饅頭

 ふわりと風が頬を撫でた。

 目を開けて空を見上げれば、青々とした空が一面に広がっている。


『いい天気。』

 思わずつぶやいてしまった。


 前を向くと今日も私を乗せて、自転車をこぐ君がいる。


 自転車のかごには地図と水筒、そしてほんの少しの食べ物が無造作に入っている。

 たまにガタガタと揺れていていつか落ちそうで心配だ。


 しばらくその揺れ動く背中を眺めていると、不意に自転車が止まった。

 少し休憩するようだ。


 あたりを見渡すと、一本の天に突き刺さるとまでは言わないけどもそれなりに大きな木がそびえたっていた。


 君はその木のそばに自転車を立てかけるとその場に座り込んだ。少し疲れてるみたいだ。


『だから、たまには休んだほうがいいって言ったのに』


 するとポケットからスマホを取り出して、その画面を見つめながらしゃべりだした。


「なあ、けっこう遠くまで来たんじゃないか。」


『そうだね。』


「でも、お前が見たいって言ってた海はまだまだ先みたいだ。」


 そりゃそうだ。海なんて私たちの住んでいる地域からじゃあ、車で1時間ほど移動しないと見れやしない。自転車だったら3時間はかかるだろう。まだ1時間しか漕いでないんだから、海はまだまだ先だ。


「‥そろそろ行こうかな。」


 そう言ってスマホをポケットにしまうと、また自転車をこぎ始めた。


 



 




 あれから1時間ほど経っただろうか。山道のガタガタした道から少し整備された道になってきた。

なんとなく潮の香りしてきたような気がしなくもない。

海まであと少し。3時間はかかるだろうと思っていたけども、もう少し早く着きそうだ。


 だんだんへばり始めてきた背中も海が近いと感じたのだろうか、なんだか元気を取り戻したよう見える。


 あと少しだ。









 目の前にはどこまで続く、深い深い青の世界。

 海についた。

 

 見渡す限り、どこまでもどこまでも続いていくその青を見ているといつか引き込まれてしまうというような想像をしてしまうほど、初めて見るその光景は美しかった。


 ああ、本当に美しい。


 お互いしばらく無言でその青を眺めていた。


 ふと横を見てみると、君が話し始めた。


「おれさ、本当はここにお前といっしょに来たかったんだ。

いつも入院したり、退院したりしてるけどそれはいつか絶対に治るものだって、信じてたんだ。」


「馬鹿だよなあ。何の根拠もないのに絶対そうなるって思ってたんだぜ、おれ。

いや、違う。そう自分に言い聞かせてたんだ。そうやって自分が伝えたいことをまだ大丈夫だからって、後回しにしてくだらないことばっか話してさ。そんなんだから、こんなことになったんだ。」


 思いだすのは、病院にいる私とそんな私に会いに来る君。

君はいつも私といろいろな話をしてくれた。

学校の担任の頭はザビエルそっくりだ、みたいなくだらない話を会うたびに話していた気がする。


 あの日もそうなるはずだったのだろうか。

いつも通りくだらない話をして、笑って、「また今度」って、言い合ったんだろうか。

でも、そうするにはもう私の命の灯は消えかけてて、いきなり苦しくなったかと思ったらそのままあっさりと私は死んでしまった。


 短い一生だった。やりたいことも伝えたいことも何もできずに終わってしまった。

 

「だからさ、今ここで言おうと思う。

もうお前はいないはずなのに、なんだか近くにいるような気がするんだ。」


 『…なんだよ、急に改まって。

そんな顔、初めて見たんだけど。』


「お前が好きだ。

会うたびに、嬉しそうにおれに笑いかけてくれるその笑顔が好きだ。

おれのくだらない話にいつも付き合ってくれるところが好きだ。

どんなに苦しいことがあっても、未来に希望が持てなくても、人の前では絶対に泣かないその強さが好きだ。

周りに人がいないときにひっそりと泣く、そのもろさが好きだ。

そしておれがやってきた瞬間に、泣き止んで隠そうとするいじらしいところが好きだ。

それなのに、おれが少しでも疲れてたり、悲しいことがあったりすると怒ってくるところが好きだ。


 そんなお前ともっと、もっとたくさん話したり、笑ったりしたかった。

いつか海がみたいっていうお前の願いをかなえてあげたかった。

それだけじゃなくて、一緒に外国に行っていろんなものを一緒に見て、触って、感じたかった。


 いままでありがとう。」


 そういってほほ笑むと君はこちらに背を向けて歩き出した。

 家に帰るようだ。


 

 私はそのままそこに立ちすくんでいた。


 言いたいことはいろいろあった。なんで今言うのかとか。遅すぎるとか。もっと早く伝えてほしかったとか。

 私も君が好きだった、とか。


 でも、お互いそれを言うにはあまりにも遅すぎて。

私も君もどちらも臆病で、期限が迫っているのに、目を背け続けて、いつも通りの日常に甘えていた。


だから、君に文句を言う資格は私にはない。

ただ、ただ、この気持ちを私の思いを君に伝えることができないのが悔しかった。

それだけだ。


 空を見上げてみると、雲一つなかった青空がいつの間にか雲に覆われてた。












 








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