ある惑星(ほし)にて
「もうそろそろ来られるはずじゃ」
長老は顔のまん中にある巨大な一つ目をまぶしそうに細め、その宇宙船がやって来るはずの東の空を見上げていた。
雲が少なくすきとおった空には、お日さまが二つ出ている。
白い砂浜にはたえず波が打ちよせ、海の湿気をふくんだあたたかな風がさらさらと吹いてくる。
こんな日はニグの実を干すのにちょうどよいのだが、今日ばかりはそうもいかない。
なにしろ今日は、「み使い様」がいらっしゃる日なのだから。
干し終わったニグの実をお納めする日なのだから。
歓迎の宴の準備は、もうすっかりととのっている。
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かつて銀河中を長きにわたってかけめぐり、超広域宇宙生活圏連合にその名をとどろかせた一ツ目の種族。
だが彼等は、いつしか宇宙を拓くことに疲れ、この惑星を住処と定めた。
惑星の名をとってジューブ星人と名のることにした彼等は、土をたがやしケモノを追い、魚をとるという、少し不便で心のおだやかな暮らしへと戻っていった。
今でもなお、山の中腹には彼等の宇宙船が技術的なアップデートをくり返しつつ整備されてはいる。
されてはいるのだが、彼等自身はあえてテクノロジーに背を向け、自然への感謝と祈りの日々をすごし、それを楽しんでいる。
つまりは壮大な「ごっこ遊び」をしているのだ。
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そんな彼等が唯一、他の惑星との交易に使うのがニグの実である。
ちょうどゴルフボールぐらいの大きさのニグの実は、そのまま食べるとお腹をこわす。
急に乾燥させるとひび割れてしまうので、そうならないようほどほどの湿りけの中で何日もかけてじっくりと天日干しにする。
すると皮が固くなり、割るのには苦労するが、その中身は食べられるようになる。
手間がかかるわりに、食べてもあまり美味くはない。
だが一度干してしまえば何年も保存がきくので、畑の不作の時にそなえた非常食としていつも少しだけたくわえられていた。
そんなニグの実が重要な交易品になったのは、ここ数十年ほど前のことだ。
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ある日、神々しく銀色にかがやく宇宙船にのってやって来たのは、1人のでっぷりと太った男だった。
その男は自分の種族を「地球人」だと名のり、ニグの実との交易を申し入れ、そしていくつかのカタログと商品サンプルをわたしてきた。
機械や道具のたぐいには、だれも興味を示さなかった。
当たり前だ。
山の中腹にいつもアイドリング状態で待機している彼等の宇宙船へ行けば、日常のちょっとした不便を解決する道具などいくらでもあるのだから。
だから彼等がえらんだのは食べ物、特にジューブ星には無かった農産物だった。
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最初の2~3年は、様々な農産物がニグの実と交換されていた。
だが、たとえば彼等のお気に入りのパイナップルというくだもののように、後にジューブ星でも育てることができると分かったものも多く、交換するものの種類はだんだんと減っていった。
そして今では、たった一種類、何故だかどうしてもジューブ星では育てることのできない「米」というものだけが、ニグの実と取引され続けていた。
いや、育てることができないわけではないのだが、不思議と地球人から得られるものほどには味が良くはならなかったのだ。
彼等の技術をもってしても育てることのできない美味い「米」。
そのため彼等は、「米」を「神からの恵み」、そして取引相手を「神のみ使い」としてあがめることにした。
もちろん、彼等のよくやる楽しい「ごっこ遊び」ではあるのだが。
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「まだかのう?」
長老はその大きな一つ目で空を見上げる。
村のみんなも、どこかソワソワして落ちつかない。
宇宙船がおりるための大広場の片すみには、大量のニグの実がつみあげられている。
今年は豊作であった。
だから「米」もたくさんいただけるのだろう。
とくに今の、とれたての新「米」の美味さはこたえられない。
美味すぎて、目玉が落っこちそうなほどだ。
「あっ!」
「長老、あそこ!!」
「む、お見えになられたか」
東の空に、小さく宇宙船のかがやきが見えた。