3話 メリットとデメリット。
ライアンにとって、結婚するメリットとは何か。
はて?
私と結婚して、ライアン様にプラスになることなんてあるのかしら?
これは思い付くまでに時間を稼ぐ必要がありそうだ。
ソフィーは苦し紛れを隠すように、あえて余裕のある素振りで訊いてみた。
「ちなみに、ライアン様が結婚したくない理由をお聞かせ願えますか?」
「何故そんな必要が?」
「デメリットを潰していくことは、すなわちメリットに繋がりますので」
しれーっと、『当然ではなくて?』くらいの自信ありげな雰囲気で答えてみたが、時間稼ぎだということはバレているのだろう。
ライアンは溜め息を吐くと、徐に移動を始めた。
「長くなりそうだな。私は喉が乾いたから、付いてくるなら好きにしてくれ」
「もちろん付いて行きます」
やった!
とりあえずメリットについて考える時間を手に入れたわ。
……それにしても、ライアン様は後ろ姿も絵になるわね。
でも、もう少しコート丈が長い方が彼には似合うと思うのだけど。
タイの色だってもっと明るいほうが今の流行りだし、あの靴も……。
考えだしたら止まらない。
なにしろライアンの服装は可もなく不可もない、至ってノーマルなのである。
ソフィーから見れば「面白みのない格好」そのものなのだが、そこはライアン、生来の見た目の良さだけでフォローしていた。
むしろお釣りがくるほどの外見の素晴らしさである。
ソフィーはライアンの服装の改善点について考えるのが楽しくなってしまい、足を進めることを忘れていた。
ああ、こんなに飾り立てがいのある人間に今まで会ったことがないわ。
私が作れるものは全て作りたいし、頭の先から爪先まで全部をコーディネートしてみたい。
ぼーっとしていたせいで、ソフィーは気付けばライアンからかなり遅れをとっていた。
「付いて来るんじゃないのか?」
「はい、今すぐ!」
ソフィーが走って追い付くと、ライアンは温室らしき建物へ入っていく。
少しは優しいところもあるのかもしれない。
温室の中は適度に暖かく、様々な植物が植えられていた。
ソフィーが見たことのない、大きな実や花がついている植物もある。
温室の真ん中には白い木製の丸テーブルと、二脚の椅子が置かれていた。
いつか自分で理想の布を作りたいと、植物を育てて繊維にすることを考えていたソフィーは、今まで目にしたことのない植物に興奮を隠せなかった。
温室を持っているという点もポイントが高い。
ソフィーの中でライアンの評価はうなぎ上りだった。
「凄い……知らない木や花がたくさん。ライアン様が育てていらっしゃるのですか?」
「いや。普段は家を空けることが多いから、庭師に頼んでいる。確かに苗や種は私が持ち帰ったものだが」
持ち帰る……ってどこから?
絶対この国の植物じゃないわよね?
「国外から持ち帰ったのですか? ライアン様はそういったお仕事を?」
目を輝かせながら問いかけるソフィーを、ライアンが呆れたように見つめた。
「君は私のことや、この家について何も知らないと見える」
「うっ……」
その通りだった。
断る為だけにここを訪れたソフィーに、ローゼン家やライアンに対する予備知識などあるはずもない。
「君は私についてどれくらい知っているんだ?」
まさか「全然知りません。テヘッ」で誤魔化されてはくれないだろうと、ソフィーはかろうじて知っていることを思い切って話してみた。
「えーと、独身主義で、令嬢に靡かない冷徹な男の人……?」
プッと笑い声が聞こえた。
紅茶を注いでくれていた、メイドの格好をした女性の肩が震えている。
五十歳くらいだろうか、ソフィーの母よりも年上に見える。
「ジェーン、笑うな。ソフィー嬢、君は思っていた以上に率直な物言いをする女性らしい」
どうやら「全然知りません」と答えていたほうがまだマシだったらしい。
ソフィーは今更ながらテヘッと肩を竦めて誤魔化す。
「まあまあ、ソフィー様のおっしゃる通りではありませんか。わざとそう思わせているのですから、ソフィー様のせいではないでしょう」
ジェーンがソフィーを庇うように口を挟んだ。
なんとも思わせぶりな台詞である。
ということは、ライアン様はわざと冷徹なフリをしているってことかしら?
……何の為に?
首を傾げるソフィーに、上品にカップに口を付け、一息ついたライアンが言った。
「私が結婚したくない理由について話すとしよう」
ライアン様が結婚したくない理由……。
ここを突破口にしなければ。
ソフィーは手にしていたカップをソーサーに戻し、居住まいを正すと視線をライアンに向けた。
「私の母は私が幼い頃に亡くなった。父は後妻を迎えず、家の中の細かいことはそこにいるメイドのジェーンに任せてきた。不自由は一切ない。むしろ、私は今の状態を壊したくはない。よって、今更妻を迎え、口出しされるのは煩わしい。以上だ」
なるほど、妻に仕切られて環境が変わるのが嫌だということね。
思っていたよりシンプルな答えだったわ。
ライアン様は落ち着いて見えるし、きっともう二十代も半ば……。
私のような小娘に、居心地の良い屋敷を好きにされるのは確かに嫌かもしれないわ。
でもそれならーー
「あの、私は口を出すつもりはないですし、仕切りませんよ? だってそういう家のことをする時間が勿体ないから、結婚しないつもりだったくらいですもの。私なら妻にピッタリですよ? ジェーンさんに全てお任せして、ライアン様のお邪魔はしないし、お屋敷の片隅に一部屋だけ貸していただければそれで。あ、でもライアン様の顔は、定期的に見たいです」
デメリットを潰すと言いながら、ソフィーは自分のアピールをちゃっかりしていた。
顔を見たいという一番の希望を、さりげなく入れられたしバッチリね。
それにしても、私にとってなんて理想的なのかしら。
家を守らずに好きなことが出来るなんて!
「いやいや、そんなに堂々と仕切らないと宣言されても。何故君にとっての利点の話になっているんだ?」
あら、バレてた。
やっぱりそんな簡単にはいかないわよね。
「では、他にもあります? 結婚したくない理由」
ソフィーは前向きにライアンの尋ねた。
こうなったら、とことん結婚のデメリットを潰してやろうじゃないの!