10話 顔も性格も大好きな私の旦那様。
これにて完結です。
ソフィーとライアンの結婚が正式に決まった。
ソフィーの父は、娘を手放す予感が的中してしまい、肩を落としている。
一方、ライアンの父は有頂天で、さっさと伯爵位をライアンに譲ると田舎へ引っ込んでしまった。
ソフィーは相変わらずライアンの屋敷に部屋を借り、自分のウェディングドレスをせっせと縫っていた。
式用のレースのベールはジェーンを始めとするメイド達が編んでくれているのだが、張り切り過ぎて驚くほど繊細な造りになっていて、おかげでソフィーもドレス作りに少しも手を抜けない。
ーー抜く気もないが。
「いよいよ式までもうすぐだな。ソフィーをもう家まで送らなくて済む。これからここは二人の家だ」
ソフィーとずっと一緒に過ごせる喜びで、感慨深そうに話すライアン。
そんな彼の声を、作業部屋で手を動かしつつソフィーは聞いていた。
「そうですね。今までお手数をおかけしました。私もこの部屋に愛着が湧いてしまったので、ずっと居られて嬉しいです」
「ははっ、そうか。ソフィーにはまだこの部屋以外を案内していなかったな。これからは二人で住むのだから、私達夫婦の部屋にも慣れてもらわないと。寝室とかね」
意味深な口調とお屋敷探検の必要性がわからないソフィーは、思わず手を止めてライアンを見てしまう。
「えっと、私はこのお部屋を引き続きお借りできればそれで十分ですけど。ここで寝られますし……」
「え?」
「え?」
ライアンに驚いたように聞き返され、ソフィーも戸惑って聞き返した。
話が噛み合っていない気がする。
ようやく何かがずれていることに二人は気付いた。
「ソフィー。今更の確認なんだが、君は私と結婚するつもりはあるんだよな?」
「はい、もちろん。ライアン様のお嫁さんになりたいです」
「そうか、良かった。私もそのつもりだ。では、君の考える私達夫婦の在り方は? ソフィーは結婚後はどう過ごそうと考えている?」
「在り方? ええと、最初のお約束通り私はライアン様の邪魔をせず、この部屋で服を作ります。お屋敷の管理はジェーンさんにお任せし、ライアン様のお手隙の際にはお顔を見せていただいて……って、どうしたのですか?」
突然膝を突いて項垂れるライアンに、ソフィーは言いかけていた言葉を止めて駆け寄る。
「まさかまだあの約束のままだと思われているとは……」
呆然と呟くライアンだが、ソフィーは戸惑うばかりだ。
ライアン様は何に衝撃を受けているのかしら?
私、何か変なことを言った?
打ちひしがれている様子のライアンだったが、ガバッと勢い良く立ち上がると、改めてソフィーの前で跪き、ソフィーの手を握った。
「ソフィー、悪かった。全て私のせいだ。私は途中から本気で君に惹かれ、君を妻に迎えたいと考えていたんだ。メリットなどどうでもいい。ソフィーと本物の夫婦になりたい」
「え? 私が役に立たなくてもですか?」
「そうだ。ソフィー、私は君自身を愛している。もちろん君の能力も認めているが、途中からそんなことは関係なくなっていた。ああ、あんな馬車の中で結婚の話などするべきではなかったな。反省している。プロポーズもやり直すから、どうか私と結婚してほしい」
握られた手からライアンの本気を感じる。
商談以外の場でこんなに話す彼を見たのも初めてだった。
ソフィーはすぐさまライアンの手を握り返した。
「そんなの、結婚するに決まっています。私は一目見た時から、一日中だってライアン様を見ていたいほどあなたの顔に夢中なんですから。あ、でもお屋敷の管理は上手く出来る自信が……」
「そんなものはどうにでもなるさ。ソフィーには好きなだけ仕事をしてもらうつもりだ。私の仕事を円滑に進めるためにもね」
「でも、私にばかりいいことづくめな気がします」
「それは違う。ソフィーは私をミューズだと言ったが、私も君の働く姿が何よりも美しく見えるし、好きなんだ。自分が何でも出来そうな気にさせられる。つまり、私達はお互いがミューズなんだ。結婚するのは必然ではないか?」
お互いがミューズ……。
そんな奇跡があるかしら?
でも信じてみたい。
「ふふっ、素敵ですね。最強の夫婦になれそうです」
「はははっ。いいな、最強で無敵の夫婦だ」
二人は微笑み合い、立ち上がったライアンはソフィーを優しく抱き締めたのだった。
◆◆◆
結婚式は盛大に行われた。
『独身主義の冷徹男』と囁かれていたライアンは、愛おしげにソフィーを見つめ、穏やかに微笑んでいる。
別人のような変わりように参列者は驚き、二人の相性の良さに心からの祝福を送った。
また、ソフィーの作った二人のウェディング衣装も大きな話題となり、その後ソフィーへの注文が後を絶たなくなるのだった。
式とパーティーが終わり、二人は揃って寝室のベッドに座っていた。
「結婚したのに危うく一人寝になるところだった」
茶目っ気たっぷりにライアンに言われ、からかわれたと思ったソフィーは唇を尖らせる。
「先に契約っぽく言ったのはライアン様ですよ? 利があるとかないとか」
「悪かった。しかし、食い違ったまま今に至らなくて良かったよ。条件だけの気持ちが伴わない結婚なんて、するものじゃない」
あなたがそれを言いますか!
結婚のメリットをあんなに訊いてきたくせに。
「ライアン様はズルいです。私ばっかり最初からずっと好きで。でもその顔には勝てないし」
「好きなのは顔だけか?」
「そんなわけないに決まってるじゃないですか。あなたのその可愛い性格が大好きです!」
半分ヤケになって、ソフィーはこっそり思っていたことを白状してしまう。
「可愛いなんて初めて言われたぞ。……では、可愛いだけではないところも見せないとな」
ライアンはベッドにソフィーを優しく押し倒した。
「きゃっ。え? あの、もしかして一緒に寝たりします?」
「そりゃあね。寝るだけで済ませる気もないが。ソフィーも私の服を作ってくれたということは、つまり脱がせたかったってことだろう?」
服を贈るのは脱がせたいからだと世間では言われているらしいが、ソフィーにそんなつもりがあったはずもなくーー。
「ち、ちがっ、それは男性からの場合ですよね? 私にはそんな不純な動機は……」
「違うのか? それは残念だな。でも私には不純な気持ちが大いにあるから、もう黙って」
気付けばソフィーの唇はライアンの唇に塞がれていた。
背中を叩いても止まることはなく、実は冷徹どころか情熱的なライアンにソフィーは甘く溶かされたのだった。
翌朝、目を覚ましたソフィーは昨晩の一糸纏わないライアンを思い出し、込み上げる羞恥に一人悶えていた。
採寸はしたことあっても、脱ぐと全然違うものなのね。
逞しい裸体を見たせいで、また新たなインスピレーションが!!
またまた魅力的なデザインを思い付いてしまったソフィー。
こっそり書き留めようとするも、隣で寝ていたはずのライアンの腕に阻止され、再び抱き込まれてしまった。
「ソフィーは目を離すとすぐに仕事を始めようとするから困る。もっと傍にいてくれ」
温かいライアンの腕の中から、ソフィーは大好きな旦那様の顔を見つめる。
寝惚けてる顔もいい……。
なんでこんなに格好いいの?
もう、もっと好きにさせてどうするつもり?
するとライアンが突然クスクスと笑いだした。
「ソフィー、全部聞こえているよ。そんなに想われて光栄だ。私も愛しているよ」
唇に軽くキスが落ちた。
あの時、お見合いを断らなくて良かったわ。
この顔をいつまでも見ていられますように。
その後、ソフィーは服作りを軌道に乗せ、ライアンは妻の為にローゼン家の事業に服飾部門を増設した。
夫婦自らが広告塔となり、斬新な服をペアで着こなす二人は、他国でもすっかり有名だ。
各国を飛び回り、仕事が忙しいソフィーに代わり、屋敷はジェーン達が守ってくれている。
奥様であるソフィーの意見を尊重し、彼女の代理として完璧に管理をこなしてくれる。
これも、結婚前から使用人との信頼関係が出来ていたからに他ならない。
ソフィーは今、新たに子供服のデザインを始めた。
ライアンの子を身籠ったからである。
ライアン様が我が子を抱いている姿ーーそんなのミューズそのものじゃない!
ああ、今日もインスピレーションの嵐だわ。
手に入れた幸せを噛み締めながら、ソフィーは今日もドストライクな旦那様の顔を見つめるのだった。
お読みいただきありがとうございました!