1話 結婚なんて致しません。
ソフィーは十七歳になった。
世間一般には、結婚適齢期と言われる花も恥じらうお年頃。
そんな彼女の家には、日々それなりの数の釣書が届いている……らしい。
ーー興味はないが。
ソフィーは子爵家の令嬢である。
通常なら他家へと嫁入りし、女主人として家を守り、その地位を磐石とするべく社交界にせっせと顔を出したりするものだった。
しかし、子供の時分からソフィーには結婚する気などさらさらなかった。
それはもう綺麗さっぱり、これっぽっちも……。
彼女の夢は、自らの手で商会を起こし、切り盛りすることなのである。
どこぞの同等クラスの爵位の家を守っている場合ではないし、その程度の仕切りで満足など出来ないのだ。
女だってバリバリ働いてやるんだから。
目指せ、自立!
目指せ、女商会長!!
そんな常識はずれなソフィーの幼少期からの夢を、家族も尊重してくれていた。
なんと理解のある大らかな家族だろうか。
貴族としてそれでいいのか心配にもなるが、ソフィーには兄がいる為、跡取りには困らなかったのである。
寛容な家族に感謝しながら、服飾の店を開く為に勉強に勤しむ日々……。
ソフィーは服飾系の店から始め、商品を輸出、他国の布を輸入する交易によって店を軌道に乗せ、やがて大きな商会を経営するという野望を抱いていた。
子爵家の小娘にしては壮大過ぎる夢だが、バイタリティーだけは山ほど持ち合わせていたし、夢見るだけならタダなのだから。
そんなある日。
「ソフィー、すまない! どうしても断れない見合い話が来てしまったんだ。一度会いさえすれば向こうも納得するだろうし、後は断ってくれて構わない。とりあえず顔だけ出してくれないか?」
子爵の父が、焦ったようにソフィーの部屋まで駆け込んできた。
申し訳なさそうに眉が下がり、手を合わせている。
「お父様、結婚したくないというのが私のワガママだということはよくわかっておりますわ。お父様にもご迷惑をかけてごめんなさい。お会いするだけで良いのでしょう?」
「ああ、もちろん。僕だってお嫁に行かせたい訳じゃないからね。とりあえず顔だけ立ててもらえれば……」
「だったら問題ありませんわ。パッと行って、ガツンとお断りするだけですもの」
「出来れば、パッと行って、やんわりお断りで頼むよ」
「あら、仕方ありませんわね」
こうして、父の顔を立てる為だけに、ソフィーは初のお見合いの場へと赴くことになったのである。
お見合いの相手はローゼン伯爵の長男で、ライアンという。
伯爵はそろそろ隠居を考えているらしく、早く息子に所帯を持って欲しいのだとか。
しかし、ライアンにはその気が全然無く、伯爵が何度お見合いの場を設けても断り続けているらしい。
え、だったら余裕でお断り出来るじゃないの。
結婚する気がない者同士のお見合いって、なんて不毛なのかしら。
むしろあちら側からガツンと断ってくれそうね。
でもなんとなくライアンって言う名前には聞き覚えがあるような。
確か、令嬢に靡かない冷徹な男だとかなんとか……。
まあ、こちらには好都合だし、どうでもいいことだけれど。
予想以上にあっという間に片が付きそうで、ソフィーは一人部屋でほくそ笑んでいた。
お見合い当日、ソフィーは父に連れられ、ローゼン伯爵の屋敷へと向かった。
このワンピース、シルエットがいまいちなのよね。
帰ったら、いっそこの辺を大胆に切って、縫い合わせてしまおうかしら。
まだお見合いが始まる前から、すでに帰ることを考えているソフィー。
緊張感や期待などあるはずもなく、あるのはいかに早く終わらせるかということだけだった。
「ようこそ、我が家へ。手間を取らせて悪いね」
ローゼン伯爵と思われる初老の男性が迎えてくれた。
ライアンらしき若い男の人影は近くに見当たらない。
「息子はもう少ししたら帰ってくると思うんだが……」
やったわ。
お見合いが嫌過ぎて、逃げ出したと見えるわ。
このまま帰って来なければ、すぐに破談になるじゃない。
帰ってくるなー、帰ってくるなー。
ソフィーは思わず下を向いて、口がにやけるのを隠した。
今日は天気がいいからと、伯爵は庭へ案内してくれた。
ガゼボでお茶をするらしい。
香りの良い紅茶をいただき、あとはこのまま時間が過ぎるのを待つだけだと、ソフィーが呑気に構えていた時だった。
「お待たせして申し訳ありません」
頭上から、神経質そうな低い男性の声がした。
ライアンに間違いない。
あーあ、帰って来ちゃったわ。
無理に顔を出してくれなくてもいいのに……。
そう心の中でガックリと溜め息を吐きつつ、ソフィーは気合で笑顔を作って立ち上がる。
さっさと終わらせようと、ライアンらしき男性の顔を初めて瞳に映した瞬間ーー。
……!!
ソフィーは雷に打たれた気がした。
うっそ、なに、この顔!
めちゃくちゃ好みなんですけどー!!
固まったソフィーは、ライアンの顔をただ見つめることしか出来なかった。