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アステルの王宮暮らしは数日が過ぎ、少しずつリズムに慣れてきた。
「アステル。アステル。起きてー」
朝、サフィア様に揺り起こされる。
最近、添い寝することにも耐性が出来たのか、アステルの方がよく眠っていた。
「ふわぁぁ。……サフィア様、おはようございます」
美人に起こされるのも悪くないなぁ……
なんて考える余裕が出てきた。
そして身支度を整えてからの2人での朝食。
サフィア様は忙しく、昼食や夕食は別々が多いため朝食だけは2人で食べれるように頑張って調整してくれているらしい。
「今日は一日中、国の偉い人たちと会議なんだよね。憂鬱」
サフィア様は2人きりの時は砕けた喋り方をする。
「頑張れるように頭撫でて?」
そして俺を好き好きモード全開なのも、2人きりの時だ。
王女としての威厳を保つために切り替えているのだろう。
「……」
頭を少しだけアステルの方にサフィア様が向けてきたので、アステルは照れながらもそっと撫でた。
……懐いてるネコみたい……
「フフフッ。ありがとう!」
サフィア様が満面の笑みを浮かべる。
年上の女性なのに、少女みたいだ。
2人きりの好き好きモードの時のサフィア様は半端なく可愛い。
そして午前中はエミールによる剣術の鍛錬を受ける。
ようやくバテずにこなすことが出来るようになってきた。
「もっと強くならないと、サフィア王女様の足元にも及ばないぞ」
調子に乗っているとエミールから喝が飛ぶ。
「でも上手くなってきてるね。今度第一騎士団の若手たちとの訓練に参加する?」
近くで見ていたウィリアムがそう誘ってくれた。
「……はい!」
アステルはなんだかんだで勉強よりは体を動かす剣術の方が好きだった。
ちょっとずつ上手くなっているのも楽しい理由だった。
午後はクラリッサ先生の授業だ。
勉強の方は……うん、普通。
けれど、クラリッサ先生の教え方が上手なのか苦では無い。
でも今の授業内容である自国の領地と貴族の話しは難しい……
そのあとは王族としての振る舞いやマナーを学ぶ。
物腰柔らかな目尻に笑い皺があるオスカー先生が教えてくれている。
最近は夕食を一緒にとって、実践しながら食事の作法を学んでいた。
というふうに、着々とアステルの王族への育成計画が進んでいた。
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クラリッサ先生の授業の時に、たまに時間が出来たサフィア様が代わりにアステルに教える時があり、今日がその日だった。
2人がけのソファに横並びに座り、授業が進む。
サフィア様から甘い良い匂いがして少し集中力が途切れていることは本人に言えない。
「この大陸の歴史は王国に深く関わっていて……」
サフィア様が机に広げている世界地図を指差しながら説明してくれる。
俯き加減の彼女の髪の毛がサラサラ流れた。
どことなく楽しげな雰囲気のサフィア様を思わずポーっと見つめる。
「……話し聞いてる?」
サフィア様がフフッと口元に手を当てて笑っていた。
サフィア様は本当に綺麗で可愛くて、俺が隣に立つにはとても恐れ多い人だ。
たまに顔を表す愛の重さに引いてしまう時があるが。
その時、誰かが部屋をノックした。
「サフィア王女様、ローズ様から言伝を預かっております」
「……お母様からだわ。何だろう?」
サフィア様がアステルに勉強を中断することを一言断ってから、扉を開けに行った。
そして入ってきたメイドと何やら喋っている。
「……アステル、お母様に渡さなくてはいけないものを自室に取りに行ってきますわ」
サフィア様がそう言って部屋を出て行った。
この宮殿内にある自室なので、そうかからないだろう。
従者に取りに行かせることが出来ない物なのか、王女みずから足を運んだ。
「アステル様、発言を許してもらえるでしょうか?」
扉の所で立っているメイドがアステルに頭を下げる。
「……許可……します」
あー、俺仮にも王族なんだった!
アステルの周りにはここまで王族扱いしてくれる人があまりいないので、面を食らった。
「ありがとうございます。わたくしはローズ様のメイド頭です。幼いころからのサフィア様を存じております。本日は……」
ローズ様のメイドさんが顔をあげて喋り出した。
「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」
アステルは慣れない扱いに思わず悲鳴を上げた。
「……では、サフィア様と話す感じで喋らせていただきますね」
メイドさんはアステルの発言にニッコリ笑ってから喋り出した。
「サフィア様はアステル様がここに来るまではあまり眠らなかったのをご存じですか?」
「……いいえ」
「……サフィア様は夜眠る時にたまに悪夢を見てうなされていました。幼いころからそうでした。だからどこか眠ることに怯えていました」
「……」
アステルは驚いて言葉が出なかった。
スヤスヤ猫のように丸まって眠るサフィア様しか見たことがない。
サフィア様が先に起きる日でも、悪夢を見てうなされていたような感じは無い。
「アステル様がいらして、心穏やかに過ごせているんだと思います。サフィア様はとても元気になりました」
メイドさんがまるでサフィア様の姉のような慈悲深い微笑みを浮かべる。
そして「本当にありがとうございます」と言って深々とアステルに頭を下げた。
「……」
サフィア様はわざと威圧感のある格好をしたり、人一倍努力をして知恵と力を身につけたり、王族らしい王族だと最近分かってきた。
その反動なんだろうか?
夜に悪夢を見ていたのは……
「いいえ、俺で役に立てるのなら嬉しいです」
アステルは苦笑しながら素直な気持ちをメイドさんに伝えた。
しばらくして、サフィア様が戻ってきた。
「ありましたわ」
部屋に入り扉をパタンと閉める。
そして何か箱をメイドさんに渡した。
「サフィア様、少し息が乱れていますね……走りました?」
メイドさんが怪訝そうな目線をサフィア様に送る。
「……ちょっとだけ……」
「……サフィア様、淑女たるものが物を取りに行くぐらいで走ってはいけません」
タジタジなサフィア様にメイドさんのお説教?が続く。
メイドさんは腰に手をあてて人差し指を立てる仕草をしていた。
「だって、早くアステルの所に帰ってきたかったんだもの」
サフィア様も少し口を尖らせてブツブツ言っているが、大人しく聞いていた。
なんだか本当の姉妹みたいだった。
「何を取りに行ってたんですか?」
メイドさんが帰ったあと、少し寂しそうなサフィア様の気を逸らすためにアステルは尋ねた。
2人は勉強の続きでソファに座っていた。
「ちょっとネックレスをね。お母様の故郷では娘の結婚式に、母と娘のネックレスを交換してつけると幸せになるってジンクスがあるの。私の結婚式ではそれは出来ないだろうから、明日の婚約式でしようと思ってね」
サフィア様は楽しそうに言った。
「……明日?」
アステルが聞き返す。
何かすごい単語が聞こえた気が……
「そう、明日! 婚約式をするよ。楽しみだね」
サフィア様が両手で頬杖をついてアステルを見上げた。
可愛い……
って違う違う!
……婚約式!?
明日!?
聞いてないんですけど!!
アステルは王宮に来てから何度目か分からない叫び声を心の中であげた。