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地獄のような剣術の訓練のあと、午後は勉強の時間だった。
少しだけ白髪が目立ち始めた年配の女性、クラリッサ先生がサフィア王女様とアステルの宮殿の一室で教えてくれる。
何でもサフィア王女様の教育係もしていたそうで、穏やかで優しい先生だった。
「はぁ。俺、勉強苦手なんですよね」
本日の授業が終わって、まったりクラリッサ先生とお茶をしながらしゃべった。
一応授業の反省会という名目だ。
「侯爵家の三男なので、貴族としての最低限の勉強しかしてないんです」
アステルは、クラリッサ先生が高望みしないように早々と自分のことを白状した。
「まぁ。そうなんですね。けれど今日授業をした感じだと普通でしたよ」
クラリッサ先生がニッコリ笑いながらそう言ってくれた。
「サフィア様も勉強は苦手なんですよ」
そしてコソッと王女様の秘密を教えてくれた。
「王女様が?」
アステルは目をまん丸にして驚いた。
サフィア王女様は卒なくなんでもこなしそうなのに……。
「ええ。サフィア様は人一倍努力家です。勉強が苦手なため、誰よりもたくさん勉強時間を取りました。剣術もそうだと聞きましたよ」
クラリッサ先生が飲んでいた紅茶のカップを一旦机の上に戻した。
「サフィア様は今でこそ何でも完璧にこなす王女様ですが、それはひとえに彼女がとてつもなく頑張ってきたからです。私はアステル様のような方が王女様を支えてくださることに安心しておりますよ」
クラリッサ先生が真っ直ぐアステルを見つめた。
サフィア王女様をお支えする……。
俺に出来るのだろうか?
アステルは前途多難な課題を突きつけられた気分になった。
クラリッサ先生の授業の後、王宮内でのルールなど基本的なことを従者から学んだ。
それで今日のスケジュールは完了だった。
1日が終わるころにはクタクタだった。
「あー、疲れたー」
アステルは今日から暮らすことになる宮殿の無駄に大きなベッドに倒れ込んだ。
そしてそのまま深い眠りについた。
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次の日、目を覚ますと隣に温かいものを感じた。
……まさか……!
アステルは飛び起きた。
隣にはサフィア王女様が少し丸まって眠っていた。
気持ちよさそうに寝ている寝顔がこれまた可愛い。
2人で暮らすって寝室も一緒!?
アステルは口元を手で押さえながら顔を真っ赤にした。
……てか、本当にサフィア王女様?
昨日から会っているのは実は偽物だったりして。
壮大なドッキリ?
また現実逃避しだしたアステルはサフィア王女様の顔を覗き込んだ。
「……ふわぁ。アステルおはよう」
アステルが不審な動きをしすぎたのか、王女様が目を覚ました。
まだ眠いのか目を閉じたままムクッと上半身を起こして両手を上に突き出し伸びをした。
それが終わり目を開くとトロンとした青い目でアステルを見つめた。
「あれ? 本当に王女様?」
アステルがサフィア王女様の顔を覗き込む。
何か雰囲気が違うような……。
「……私の名前はサフィアです」
そう言ってサフィア王女様が途端にむくれる。
「??」
王女様かどうか疑ったことを怒ってる?
「王女様じゃなくサフィアです!」
サフィア王女様はもっとむくれて、顔をプイっとそむけた。
「……!!」
怒ってはいるが、要は名前を呼べと言っているらしい。
そんな、恐れ多い。
「……サフィア……様」
「…………」
アステルが何とか名前を呼ぶと、まぁそれでしょうがないなぁという感じでサフィア様はアステルの方に向き直ってくれた。
「髪がフワフワ……」
「私の髪は元々ウェーブがゆるくかかってるの。いつもは侍女にストレートにしてもらってるのよ」
「目も何か違う……」
「どっちかって言うと垂れ目なんだけど、お化粧でキリッとさせてるの」
「背も……小さい?」
「頑張ってヒールの高い靴はいてるからね」
サフィア様はフフフッと笑う。
目の前にいるサフィア様は儚げな印象の女性だった。
「何で?って顔してるね。私は第二王女だから威厳ある格好しなきゃ」
サフィア様が胸を張って自慢げに話す。
「誰も付いてこないでしょ」
そう言ってニコッと笑った。
それからお互い身支度をし、朝食を一緒に食べる。
天気がいいので宮殿のテラスでいただいた。
テラスからは庭の噴水がよく見えた。
繊細な彫刻が施されており、優しい水音をさせていた。
サフィア様は髪を整えお化粧もバッチリなのでいつものサフィア王女だった。
「……先に寝てしまい、申し訳ありません」
アステルが気になっていたことを謝った。
寝室が一緒なのはドキドキしすぎて嫌なのだが、王女様を待たなかったのは失礼にあたる。
「いいのですよ。わたくし、いつも執務が夜遅くまでかかりますの。アステルはいろいろ初めてのことで疲れるでしょう」
サフィア様が目をスッと細めて優しく笑う。
アステルはそこでクラリッサ先生の言ったことを思い出していた。
サフィア様は実は勉強が苦手だった……。
もしかして、執務も夜遅くまでかけて頑張っているのかな?
「執務って王女様だからたくさんあるんですか?」
「そういう時もありますが、お兄様の執務も手伝っておりますの」
サフィア様のお兄様は、この国の王太子である第一王子だ。
「?? 何故ですか?」
「お兄様はいろいろ忙しい身ですから……少しでもお手伝いしたいのです」
サフィア様は少し眉を下げて笑った。
お兄さん想いの妹の顔に見える。
彼女は世間で噂されているように次期国王の座を狙っているようには見えなかった。
「サフィア様の方が王太子様より国の王に相応しい……という話しをお聞きしたことがありますが、そのような希望は無いのですか?」
アステルは少し小声で聞いた。
もし本当にサフィア様がそんな野望を持っていたら、確実に巻き込まれる。
共犯にされる。
あらかじめの心構えとして確かめておきたかった。
サフィア様は少しだけ目を見開き驚いていたが「全くありませんわ」と言い切った。
「……アステルは国の王になるのをお望みでしょうか?……アステルの為にどこかの国でも奪いましょうか?」
そう首をかしげながらニコッと笑った。
「いいえ、そちらも全くありえません」
アステルは首を左右に勢いよく振った。
たまにサフィア様からの愛が重すぎて背筋が震えるんですけど。