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サフィア王女様は誇り高く美しい王女だ。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、前を見据えて歩く姿は絶対王者の貫禄を感じる。
サラサラの長い髪をなびかせ、強い意志を宿した瞳は宝石のように輝いている。
廊下ですれ違う者はみな、恭しく頭を下げた。
そしてそのあとに、顔を上げて首をかしげる。
サフィア王女様の隣には普段見かけない少年の姿があったからだ。
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アステルは宮殿を紹介された後、どーにかこーにか必死に理由をつけて一旦家に帰らせてもらった。
家に帰ると家族に王女との結婚の話は伝わっており、両親は承諾したあとだった。
「あのー……断ることって出来ないんですかね?」
アステルが父親に聞く。
「王命だからな」
父親がニッコリ笑いながら言った。
「我が家から王族が輩出するなんて光栄なことだ。サフィア王女様はその類い稀ない才能のため、女性でありながら王族に居続けるらしい。まぁ前にも言ったように、アステルは特別枠で王族に仲間入りするってことだ」
父親はポンポンとアステルの肩をたたいた。
そしてニコニコしてアステルの荷物をまとめるように従者に支持を出し始めた。
「俺の荷物!?」
「?? これから王宮に住むんだろ?」
無常にも家族は早く出て行けムードだった。
「そんなぁ!」
アステルは結局、次の日には王宮に連れ戻された。
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王宮に着くとサフィア王女様が待ち構えており、王女の執務室まで連れ立って歩いた。
それが冒頭のシーンである。
執務室までにすれ違う従者たちの視線が痛い!
絶対なんでいるの?って思われてるよ!
俺もそう思うよ!!
サフィア王女様の執務室に着くと、部屋に2人っきりになった。
護衛がついてきたのは扉の外までだった。
女性らしく可愛らしい調度品が適度に置かれ、質の恐ろしく良さそうなソファが置かれている。
奥には大きな執務机。
この部屋も甘くて良い匂いがする。
アステルが案外居心地の良い部屋に突っ立ったままボーっとしていると、背中に何か柔らかなものがくっ付いた。
「……エヘヘ」
顔を後ろに向けると、背中に抱きついているサフィア王女様がいた。
「!!」
「アステルが私の部屋に居るって、なんだか嬉しくって」
王女様はニコニコ笑ったままギュウギュウ抱きついていた。
しばらくして満足すると一旦アステルから離れて執務机に向かった。
そしてあらかじめ置いてあった1枚の書類を取ってきて、アステルの横にちょこんと並んだ。
「アステルには私の伴侶として、王族に必要な勉強と剣術の稽古にまず励んでもらいたいの。他のことは追い追いね」
2人並んで書類に目を通す。
「……」
アステルは先程のことで動揺しつつも一生懸命書類に目を通した。
「……これは、1週間のスケジュール?」
アステルが気恥ずかしくてサフィア王女様の方を見ないように紙に目を落としたまま尋ねた。
「うん。アステルと昨日別れてから先生たちの予定を調節して急きょ作ったの」
サフィア王女様はサラサラと流れ落ちる髪を耳にかけながらスケジュール表の項目と先生、場所といった部分を指差しながらアステルに説明してくれる。
「……コンコン」
その時、サフィア王女の執務室の扉を誰かがノックした。
王女は扉をちらりと見た。
「早速、剣術訓練のエミールが来てくれたのかな?」
そう言いながら、サフィア王女様は背伸びをしてアステルに顔を近づけた。
そしてアステルの頬っぺたに優しくキスをする。
「頑張ってね」
王女様が柔らかく微笑む。
アステルは顔を真っ赤にして頬を押さえた。
扉の外にはなぜかとても不機嫌な青年が立っていた。
アッシュグレーの短めの髪に緑色の目。
ガタイがよく、不機嫌さも相まって威圧感がある。
「約束の時刻ですので参りました」
青年はサフィア王女様に向かって礼をする。
「エミール、わざわざありがとう。アステルを頼みますわ」
そう言ってアステルが引き渡される。
その後、2人が二言三言しゃべっていたが脳内が忙しいアステルには聞こえていなかった。
……王女が……王女が可愛すぎるっ!!
何あれ?
……俺のこと好き過ぎない!?
アステルはサフィア王女様からの好き好きオーラにあてられて顔を真っ赤にしたまま参ってしまっていた。
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「いつまでニヤニヤしている」
いつの間にか騎士の訓練場に到着したらしい。
ここまで連れてきてくれたエミールがアステルを睨みながら言った。
アステルはハッとして辺りを見回す。
王宮の騎士団の人たちが訓練着を着て練習に励んでいた。
「お前は俺が直々に指導してやる。着替えてこい」
エミールが吐き捨てるように告げた。
なんだか分からないけど、エミールって人からは敵意がバンバン向けられてるんだよな……。
そう思いながらもアステルは大人しく更衣室に向かった。
「あれ? 君が噂の暗黒姫のナイト?」
更衣室に行くとサラサラな茶色の髪を揺らしながら首をかしげる優しげな青年がいた。
「……あなたは?」
「僕は第一騎士団長のウィリアム。よろしくね。分からないことがあったら何でも聞いて」
ウィリアムは優しく笑う。
線の細い男性でエミールとは正反対な感じの人だ。
「……俺の指導者に代わってくれませんか?」
アステルはつい冗談まじりの本音を喋った。
「んー、君の指導者はエミールだよね……彼は強いし良い指導者なんだけどな」
ウィリアムが困ったように笑う。
「けど、なぜか初対面から嫌われてます」
アステルは思わず眉をひそめて言った。
「あー……エミールはサフィア王女様をお慕いしているからなぁ……」
「……なるほど」
アステルは思わず頭を抱えた。
あー、あれね、好きだった女王様がいきなり連れてきた冴えない男に対して、女王の伴侶に相応しくないって怒ってる感じね……。
サフィア王女様!
何で彼が指導者なんですか!?
配役ミス?わざと?
わざとなら腹黒すぎません?
アステルは目まぐるしく変わる現状についていけずにいた。
本人が分からない内にトントン拍子に進んでいく話し。
俺は何であの怖い人から剣術の訓練を受けるんだ?
剣術の訓練も勉強もしたくない……。
けれど逃げることも出来ず、結局その日はエミールにシゴキに扱かれ、体もメンタルもボロボロになった。