19:生誕祭
今日は王国の生誕祭であり、交流がある周辺諸国から王族や貴族などのとっても偉い人たちが招待されているらしい。
アステルたちの準備も念入りに時間をかけられた。
サフィアはチョコレートブラウンの落ち着いたドレスでがっつり開いた背中部分が繊細なレースで覆われていた。
マンダリンガーネットとゴールド系でまとめられたアクセサリーをつける。
髪は編み上げられており、シンプルなアクセサリーがアクセントとして飾られていた。
いつも以上に大人っぽい出立ちだった。
そして、なぜか少しだけピリピリしていた。
??
サフィアでも緊張しているのかな?
アステルはいつもと違うサフィアの様子に心配になったが、声をかける暇も無く慌ただしく準備が進んでいく。
そしてとうとう生誕祭である夜会が始まった。
「……疲れてる?」
アステルとサフィアがひと通り挨拶し終えて、王族の席に戻った時にアステルが尋ねた。
サフィアは普段より無表情で、元気が無さそうに見える。
「…………大丈夫」
サフィアが口元だけ弧を描いて少しだけ笑った。
「……」
やっぱり元気が無いな……
アステルはサフィアの体調不良でもう下がってもいいものなのか……
よく分からず判断できずにいた。
「サフィア王女」
その時、誰かに声をかけられた。
声がした方を見ると、背の高いがっしりした体つきの年上の男性が立っていた。
アステルとは一回りぐらい歳が違いそうだ。
威圧感のある佇まいで、どこかの王族だろうと思われた。
「……ラフベルク王子……」
サフィアが少し険しい顔をして呟いた。
ラフベルク王子は隣国の王太子であり、アステルたちの王国と同じぐらいの大きい国である。
アステルたちの王国は昔は少し小さかったので、ラフベルク王子の国の方が立場が上な雰囲気がまだ残っているらしい。
クラリッサ先生に教えてもらった部分だ。
確か、昔にあった噂では暗黒姫に1番お似合いの人だと言われたりもしていた。
ラフベルク王子はとても強くて美形な王子様だ。
実際、ラフベルク王子からサフィア王女に結婚の打診があったとか無かったとか……
サフィアとアステルは立ち上がって挨拶としての礼をする。
「婚約したそうだな」
ラフベルク王子がじっとりした目でサフィアを見ている。
「……そうですわ。わたくしの夫になるアステルです」
サフィアがラフベルク王子を極力見ないように伏し目がちに答える。
紹介されたアステルは何か喋ろうと思ったが、ラフベルク王子に鋭い目線で射抜かれた。
……!! こわっ!!
アステルがその威圧感で喋れずにいると、ラフベルク王子はまたサフィアに目線をうつした。
「オレとの結婚を断って選んだのがこいつか?」
「……お戯れを。王子はもう素敵な方と結婚しているではありませんか」
サフィアが持っている扇を広げて口元を隠す。
そしてゆっくりと視線を動かして、ラフベルク王子を真っ直ぐとらえた。
2人の出す威圧感オーラでピリピリする。
確かに2人が並んでいると、全世界を牛耳れそうな王族として頂点に立つ者の絶対的な強さを感じる。
けど……
アステルはそう思いながらサフィアを見た。
扇を持っていない方の手が微かに震えている。
おそらくそれがバレないように扇に視線が行くようにわざと広げたのだ。
……怖い?
サフィアでも恐怖を感じる相手……?
アステルはそっとサフィアの震える手を取って握った。
サフィアはハッとした目をアステルに向ける。
「……そろそろダンスが始まるよ」
アステルはサフィアに向かって満面の笑みを浮かべた。
そしてラフベルク王子の方へ向く。
「楽しみにしていたダンスが始まりますので、彼女を返してもらいますね」
ラフベルク王子にも笑顔を振りまいた。
そして、サフィアの手を引っ張ってその場から遠ざかる。
……必殺!空気が読めないふり!
普通に話してラフベルク王子と口論にでもなったら恐ろしい。
何も分かってないように振る舞ってなんとか切り抜けれた!!と思う!!
……怖かった!心臓バクバク!!
顔面蒼白なアステルが後ろを振り返ると、サフィアがパァァァァ!と喜びの表情を浮かべ目は爛々としていた。
……これはこれでヤバいかも。
アステルがそう思った時にはもう遅く、大興奮したサフィアにダンスをする場所ではなく休憩室に連れていかれた。
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「アステル! アステル!」
アステルは王族用の休憩室に押し込まれて、ソファの背もたれに軽く押し倒されサフィアに抱きつかれていた。
「ありがとう。嬉しかった!」
サフィアがそう言いながらアステルの胸に顔を埋める。
アステルも抱きしめ返す。
そうすると本当は小柄なサフィアがすっぽりとアステルに収まる。
「……ラフベルク王子、苦手なの?」
アステルがサフィアの頭に自分の顔をくっつけながら聞く。
「あいつ昔からジッと見てきて気持ち悪いの。絶対、児童愛者だよ」
サフィアの顔は見えないが、めちゃくちゃ嫌そうにしている声が聞こえた。
児童愛者?
サフィアが幼いころから付きまとわれていたからか?
「本当はあいつがいるから夜会に出たくないんだけど……生誕祭だからしょうがないのよね。出来るだけあいつの趣味じゃないように大人っぽい格好をするんだけどな」
サフィアがムクっと少しだけ起き上がり、アステルを見上げた。
サフィアにとって事前に対策をするぐらいすごく苦手な相手らしく、潤んだ瞳はまだ不安げに揺れていた。
「じゃぁまた次の生誕祭でも踊りに誘うよ」
アステルは苦笑しながら言った。
本当はもっとカッコいいことを言いたいけど、ラフベルク王子は正直対峙するだけでも怖い。
だから今はさっきの言葉が精一杯だった。
……ちょっと情けないなぁ。
けれど今日はサフィアをそんな相手から遠ざけてあげれて良かった。
アステルは腕の中にいるサフィアを抱きしめる力を強めた。
初めて怖がるサフィアを見て衝撃を受けた。
庇護欲が掻き立てられるのと同時に、王女の前に普通の女性だもんな……と当たり前のことがやっと分かった。
サフィアが顔を近付けてアステルのおでこと自分のおでこをくっつける。
そしてサフィアがそっと囁く。
「アステル、大好き。愛してる」
2人はどちらからともなく唇を重ねた。