16
招待された夜会が無事に終わり、アステルとサフィアは宮殿に帰ってきた。
けれどサフィアは急ぎの確認事項で呼び出され、王宮の執務室へ出向いていった。
アステルは先にベッドにもぐり込んでいた。
しばらくはサフィアを待っていようとウトウトしながら頑張ったが、睡魔に勝てずにいつものように先に寝てしまっていた。
「ーーーーっ」
誰かの声がアステルの近くで聞こえた。
そっとアステルが目を開けると、自分の背中側にサフィアがいるのが分かった。
横たわっているアステルの視線の先には丁度よく鏡があり、その鏡に映ったサフィアが見えた。
月明かりの中、いつもと雰囲気が違うように感じた。
背中を向けて眠っていると思っているアステルに向けて、サフィアが何か語りかけている。
サフィアはベッドに腰掛けて少し体をひねり、アステルの頭の後ろを見つめていた。
髪は緩くウェーブして、少し垂れ目がちな就寝前のサフィアだった。
「……ごめんね。ムリヤリ王族にさせて。きっと嫌だよね……」
サフィアの弱々しい声が部屋に響く。
「夜会の時みたいな女の子と一緒になった方が幸せだよね……」
サフィアの瞳が揺らぎ、ハラハラと涙が落ちる。
あの幼い時に見た神秘的な涙だ。
「でも、私待ってたから。ずっと待ってたの。夜になると寂しくてたまらなかったの」
サフィアの独白が続く。
「もう2度と私を1人にしないで……」
宝石のような深い青い瞳から、涙が後から後から溢れる。
アステルは動けなかった。
こんなに弱音を吐いている王女を初めてみたからだ。
一瞬、泣いているサフィアに幼い少女が重なって見えた。
出会った時の姿が重なるのかもしれない。
夜会では〝どこにいて何をしているかなんて気にしていない〟というようなことを言っていた。
多分本心だろう。
けれどアステルが離れることに対しては酷く怯えている。
〝ずっと待っていた〟は幼い時に出会ってから待っていたから?
アステルがそんな事を考えていると、背中にサフィアがくっ付いて寝そべった。
寂しさを紛らわすための幼な子のような行為に意地らしさを感じる。
アステルは心の中で『ごめんね』と謝りながら、どうして良いか分からず寝たふりを続けてしまった。
誰よりも強いのに、誰よりも寂しがり屋の王女様。
アステルだけに気を許し、ありったけの愛情表現をする可愛いお姫様。
俺だけの…………
アステルの思考はそこで途切れて、深い眠りに入っていった。
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「おいおい、鈍ってきてるじゃないか?」
剣術の鍛錬中、エミールに言われた。
最近、社交関係の用事が増えてきて、剣術の鍛錬の時間があまり持てずにいた。
「……ハァハァ……っまだやれます」
へばって肩で大きく息をしていたアステルは剣を構え直した。
エミールと対峙して剣を交える鍛錬中だった。
くっそー!
そろそろ一撃ぐらい入れたい!
俺だって、だいぶ上手くなってきたハズなんだ。
三男だったから、貴族の嗜み程度にしか剣術を習ってなかったけど、王族になってからは鍛えることに真面目に打ち込んだんだ!
どんどん上達すると楽しかった。
けど最近伸び悩んでいる……
だからエミールという壁を超えたい!!
アステルはそう思いながら相手を見据えた。
エミールも剣を構える。
〝目を閉じずにしっかり相手を見てみてはどうでしょう?〟
以前レーリーに言われた言葉が蘇る。
アステルは一度目を閉じて呼吸を整えてからもう一度目を開けた。
そしてエミールに向かっていった。
「全然ダメだな」
アステルの初めの一撃は簡単にエミールに受け止められた。
そして弾き返される。
その動きにのせて、エミールからの横からの攻撃がくるため、アステルは剣を立てて防ぐ。
「防御ばかりしてても勝てないぞ」
エミールの攻撃が続く。
アステルは必死に防御しながらずっと冷静に観察していた。
左下からくる攻撃の時に、一瞬間があく……?
手首を捻って良い角度にするクセがあるようだ。
いや、それが分かったからってどうすれば……
でもこのままだとジリ貧だ!
アステルは剣のグリップを握る力を強めた。
そして次の左下からの攻撃を待つ……
「ここだ!!」
間があく瞬間、アステルは素早く剣を下から上に振り抜いた。
「ガキン!!」
剣同士が激しくぶつかる音がして、エミールの剣が手から離れ後方へ飛んでいった。
よし!!
一撃入った!!
アステルは心の中で歓喜した。
まぁ人への一撃じゃなくて、剣への一撃だけど……
「……ふん。ようやくだな。明日は模擬戦形式で勝負するぞ」
エミールはそう言うとアステルに背中を向けた。