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今日はアステルとサフィアが、とある有力貴族のパーティに招待されたので揃って参加していた。
夜会に参加することが増えてきたアステルは、少しずつ慣れてきていた。
相変わらずサフィアは、アステルがそばにいないと禍々しいオーラを醸し出す暗黒姫になってしまうが……
「アステル様、私と一曲踊ってくれませんか?」
アステルとサフィアが数曲ダンスを踊った後に、今日もアステルは令嬢にダンスを誘われた。
アステルは誘われるのにも慣れていった。
数名の令嬢とは顔見知りになったりもしている。
顔見知りになると、だいたいの令嬢は親に言われてアステルに接触しているだけなので「アステル様が気さくで喋りやすくて良かったですわ」という態度に変わっていく。
最近ではダンス中に恋愛相談なんかも受けたりする。
うーん……モテたい訳じゃないけど、それもそれで微妙!
とアステルは内心思っていた。
そんなことを考えながらダンスを誘ってきた令嬢の顔を見る。
「エクレール!」
アステルは思わず目の前の令嬢の名前を呼んだ。
エクレールはアステルの侯爵領の隣の領地に住んでいる幼馴染だった。
ピンクブロンドの髪を片方に流し、元気な彼女に似合う可愛いドレスを着ていた。
「久しぶりだね!」
エクレールはそう言いながらカテーシーをした。
2人は曲に合わせてダンスを始めた。
「アステルが王女様と結婚するって聞いてビックリしたよ!」
エクレールが明るい茶色の瞳をめいいっぱい開かせて言った。
「あ、アステル様だね。あ、ですわね」
エクレールが焦りながら訂正する。
「いいよ。いつもの感じで」
アステルは思わず苦笑する。
仲が良かった幼馴染に敬われると何だかくすぐったい。
「……なんか変わったね! いい男になったって感じ? 王女様のお陰かな?」
エクレールがニシシっと笑う。
その全くもって令嬢らしくない様子に思わず笑ってしまう。
「アハハ! エクレールは変わらないね」
「どーゆー意味よ!」
「良い意味だよ」
2人は昔みたいに笑いあった。
ダンスが終わっても折角久しぶりに会えたのだからと、夜会会場から続くバルコニーで飲み物を飲みながらエクレールと喋った。
お互いに近況を話し合う。
「そっかー、アステル頑張ってるんだねぇ」
「エクレールも兄さんへのアプローチ頑張ってね」
「!! もう、私のことはいーの!」
エクレールはアステルの2番目の兄のことが好きだった。
今まで指摘したことはないが、見てて分かっていたのであえて揶揄った。
次にいつ会えるか分からないし。
照れて怒ったエクレールはアステルの腕をポコポコ叩いた。
その様子は遠くから見ると仲睦まじそうに見えた。
しばらくエクレールと話してからお別れをし、アステルは夜会の会場でサフィアを探した。
誰かと話し込んでいる後ろ姿が見えたので、そっと近付く。
珍しく社交をしているので邪魔をせずに様子を伺うためだった。
「王女様の伴侶となる方が他の令嬢と何やら怪しい雰囲気でしたが、いかがなされたんでしょうかね?」
サフィアと喋っている男性の声が聞こえた。
アステルは思わず2人からは死角になる柱に隠れた。
怪しい雰囲気?エクレールと喋ってたことか!?
そんなんじゃ無いー!!
アステルは心の中で必死に否定した。
サフィアは扇を広げて口元を隠した。
そして冷ややかな視線を相手に送る。
「あなたとは違う物の見方で、わたくしはアステルを想っていますわ。どこにいて何をしているかなんて些細なことすぎて気にしておりませんわ」
「……ハッハッハッ! サフィア王女様がアステル様を溺愛していらっしゃるのは相当のようですね。……貴方の唯一の弱点と言った所でしょうか? それなのにあのように振る舞われては……。もう少しサフィア王女様の伴侶に相応しい方を考え直してみては?」
男性がそう言って扇を持っていない方のサフィアの手を取った。
次の瞬間、サフィアがバチンと大きな音を立てて扇を閉める。
「そのわたくしの大事な唯一の弱点をどうにかしようとする者が現れたら……王族に歯向かう者として容赦しませんわよ」
サフィアは目が一切笑ってない微笑みを浮かべる。
「これはこれは。もしそのような者が現れれば恐ろしいですね」
男性はビックリしてサフィアの手を離した。
「ふん……」
サフィアは顔をプイッと背けて男性から離れていった。
アステルはサフィアたちの話しが終わっても、しばらく動けないでいた。
ショックだった。
たったあれだけのことで、他の貴族に付け入る隙を与えてしまったことに。
サフィアがもしかしたら、さっきのように知らない所で戦ってくれていたことに……
貴族の世界って恐ろしい……
もう少しいろいろ気を付けよう。
アステルは人知れず反省してから、サフィアの元に戻った。
相変わらず暗黒姫状態でグラスに口を付けているサフィアに近付く。
サフィアはアステルに気がつくと暗黒姫を解除した。
「サフィア、ありがとう」
アステルはサフィアの腰を抱いて隣に立ち、小声で伝えた。
「??」
サフィアは首をかしげた。
「さっき、あの男性と話してるのが聞こえちゃって……バルコニーで話してた令嬢は幼馴染だったんだ。だから喋っていただけで……」
「……いいのよ。分かっているし、アステルの行動を制限したい訳じゃないの」
サフィアは優しく微笑んだ。
そして妖艶な微笑に変化した。
「本当にアステルに害を成そうとするものは、排除したから安心してね」
!?……排除って!?
王女様の深すぎる愛にアステルは今日も背筋に冷たいものが走った。




