14
アステルとサフィア様は2人の宮殿のテラスで席について朝食を食べていた。
天気もよく気持ちの良い朝だ。
「アステル、あのね。お願いがあるんだけど……」
サフィア様がアステルを伺うように眉を下げて見上げてきた。
「何ですか?」
アステルは食べてる手を止めてサフィア様を見た。
「そろそろ敬語やめて欲しいなって思って」
サフィア様が何故か照れてながら言った。
照れるサフィア様は珍しい。
「……それは恐れ多いです」
サフィア様の可愛らしいお願いを断るのは気が引けたが、アステルは素直な気持ちを伝えた。
「けど、アステルは私の夫よ。夫婦は対等だよね。私だけ敬われるのは寂しい……」
サフィア様が悲しそうに目を伏せて目線を逸らした。
「……」
相手の気持ちを汲んでしまうアステルは心が苦しくなった。
「……分かりま……分かったよ。なるべくそうする」
アステルがそう答えると、サフィア様が元気よく顔を上げた。
「……様を付けるのもやめてね」
サフィア様は有無を言わせないほどの満面の笑みで言い切った。
おそらく以前に名前呼びを強要された時に様を付けたことを根に持っていそうだった。
「……はい」
サフィア様の圧に思わず敬語で答えてしまったアステルは、呆れた目線を向けられた。
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アステルの1日のスケジュールが全て終了し宮殿へ帰っていると、珍しくサフィア様が先にいらっしゃると従者から聞いた。
こんなに早く帰ってきているのは初めてだ。
あ、朝言われた通りに敬語を辞めなきゃ……
アステルは少し気合を入れた。
「お帰りなさい」
宮殿の玄関でニコニコサフィアに出迎えてもらった。
「……ただいま」
アステルは少し照れながらも、こーゆーのもいいなぁとしみじみ思った。
それから夕食をサフィアと一緒にとり、和やかな時間を過ごした。
〝訓練が終わったらあんな美人な王女様が部屋で待ってるんだろ〟
湯浴みを済ませて自室の扉を開ける前に、以前にイーサンに言われた言葉がふと蘇る。
今日は2人とも起きてて、サフィアが部屋で待っている。
……こーゆー時は、夫婦なんだから……その、自然な流れなんだろうけど、まだ気持ちが整理できてないというか……
でも、サフィアは求めてるだろうし、それに応えないのは男としてどうよ?とは思うけど……
1人悶々としながら扉を開けて部屋に入ると、ソファに座って手紙を読み、くつろいでいるサフィアがいた。
就寝の準備が出来ており、フワフワした髪がほっそりしたサフィアの体を包んでいる。
化粧を落とした垂れ目がちな目は王女様モードの時より優しく見えるのに、今日はいつもより一層優しい眼差しで手紙を見つめていた。
「……誰からの手紙?」
アステルがサフィアの隣に座りながら聞いた。
「デマンライド国の王子と結婚した妹から。すごく幸せで私に感謝してるって」
サフィアが目を細めてゆったり笑った。
頬を赤く染めてニコニコ笑うサフィアも幸せそうだ。
「……サフィアが縁談を取りまとめたって聞いたことあるよ」
「そうなの!」
サフィアはアステルが少し詳しく知っていることが嬉しいのか、手紙から隣にいるアステルに視線を動かし見上げてきた。
「妹のタイプど真ん中の人を見つけたの。少し苦労したのよ」
サフィアからは本当に妹想いの姉の気持ちしか伝わってこない。
ここでも、世間の噂と真実は違いそうだ。
「……幼い妹君を早くから隣国に嫁がせたって悪く言う人もいるね。何でだろう。本当のサフィアは優しいのに」
「……知ってる。〝暗黒姫〟でしょ」
サフィアは何てことないようで「カッコいいあだ名だよねー」とも言ってフフッと笑う。
「別に国民や家臣に何て呼ばれようと嫌われようと、平和なら何だっていいわ」
サフィアはそう言ってアステルの頭を撫でた。
「……アステルは私の代わりに怒ってくれてるのね。ありがとう」
サフィアがそう優しく言葉を紡ぐ。
いつだってそうだ。
サフィアは誰よりも王族らしい気高い志しを持っている。
それを背負う覚悟も、苦しみも、当たり前かのように受け入れている。
そんな尊い人の心の拠り所でいつまでも有りたいとアステルは思った。
「……」
アステルは思い切ってサフィアを抱き寄せた。
「!!」
「サフィア……あ、あの……」
アステルは緊張して言葉が上手く出ず、ぎゅっと抱きしめる力を強めた。
「好きだ! だからーー」
次の言葉につながらず、沈黙が続いた。
「…………焦らなくていいよ」
サフィアがアステルを落ち着かせるようにゆっくりと抱きしめ返した。
そしてサフィアが少し体を起こしてアステルの瞳を覗きこむ。
お互いゆるく抱き合ったまま。
「アステルは、私がアステルを想ってるぐらい気持ちを返さなきゃって考えてるでしょ?」
ソフィアが意地悪く笑う。
「……」
「私と同じぐらい好きにならなきゃ、失礼だーって」
「……うん」
アステルは見透かされてるのが恥ずかしくて、目線をサフィアから逸らしながら頷いた。
けれど次の瞬間には顔をしっかりあげサフィアと目線を合わせた。
「だから……」
アステルはサフィアの両肩に手を置いて自分の方に引き寄せた。
そして唇にキスをした。
「今は、ここまでで……」
アステルはたまらず真っ赤な顔を伏せた。
「……嬉しい。アステルからのキスだ」
サフィアがお返しにというように目の前にあるアステルのおでこにキスをした。
アステルはそっと顔を上げる。
「いつまでも待ってるよ。私たちは死ぬまで一緒だから」
サフィアが穏やかに笑っていた。
サフィアらしい重い愛の言葉だ。
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翌朝、アステルが目覚めて起き上がると、アステルが動いたことで隣に眠るサフィアも同時に目覚めた。
「アステル、おはよう」
サフィアは片手で眠い目を擦りながら、もう片方の手で伸びをした。
そして伸びが終わっても目をトロンとさせたままアステルの唇にキスをした。
「!!」
アステルは驚いて赤面していたが、サフィアはそれに気付かずモソモソとベッドから出て朝の支度に向かった。
おはようのキス!?
気軽にキスするのを解禁した訳では無いんですけど!?
アステルは口元を押さえながらしばらく放心していた。