13
最近、アステルは第一騎士団の年が近い人たちと仲良くなった。
初めはみんな『サフィア王女の伴侶様だからどんな人だろう……』とこわごわしていたが、訓練の様子やシャングと戯れているところを見て『なんだ、普通のやつじゃん』と思われたらしい。
アステルの訓練も第一騎士団に混じって行うことも増え、休憩時間にはよくあの階段で特に仲良くなった友人たちと喋っていた。
「最近強くなってきたじゃん!」
仲良くなった騎士団のトニーがアステルに気軽に話しかける。
アステル自身も敬って接されるのは嫌なので、特に気にしていなかった。
「俺の上2人の兄さんたち強いから、俺にも才能があったのかも」
アステルが冗談半分で笑いながら言う。
「それでもオレの足元には及ばないけどなっ」
トニーとは別の仲良くなった騎士団のイーサンが偉そうに胸を張る。
「お前はそう言いながらウィリアム騎士団長にボコボコにされてたじゃん」
シャングが意地悪そうにニヤニヤ笑って突っ込む。
みんなでアハハ!と笑う。
「でもアステルはいいよなぁ。訓練が終わったらあんな美人な王女様が部屋で待ってるんだろ」
イーサンがニヤッと笑ってアステルを見る。
「本当だぜ。……で、どうなん?」
トニーがアステルの肩をガシっと組んで小声で聞いてくる。
「……どうって……まさかの猥談!?」
察しのいいアステルは照れて赤くなる。
「あーこいつ変に真面目だから、王女様に手ぇ出してないんだ」
シャングが呆れながら他の2人に伝える。
「え? まじで。もう婚約もしたのに?」
「オレは年上の王女様から優しくリードされていいなとか嫉妬までしてたのに?」
トニーとイーサンにも呆れた目線を投げつけられた。
「手を出したら後戻り出来なくなりそうで……」
アステルはこの気持ちを分かって欲しくて切ない目で3人を見る。
「後戻りってどこに戻るんだよ。戻るとこ無いじゃん」
シャングがさらに呆れた顔をして言う。
そして「戻れる場所があったらあのお姫様に潰されるぞ。きっと」と続けた。
「ひどい!! その通りだけども!!」
アステルは叫んだ。
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「もっと気合い入れろ!!」
エミールの喝が訓練場にこだまする。
「……何でオレ達まで……」
イーサンが剣は構えているが、項垂れて肩で息をしながら言う。
アステルたちはついうるさくし過ぎたのでエミールに見つかり、気が弛んでると鍛え直されていた。
〝まとめてかかってこい〟と言われたので4人で一斉にかかるが歯が立たない。
「イーサン……俺より強いって……ハァハァ……言ってたじゃん」
アステルはエミールに対峙したまま、弱っているイーサンを励ました。
「喋れるなんて余裕だな!」
エミールがアステルに向かってきて大きな一振りを振り下ろす。
アステルはそれを剣で受け止める。
くっ……!おっも!!
こーゆー時こそ、俺の中にあるって言われている鬼神の力が出てこないかなっ!!
アステルはそう思いながら、一旦後ろに下がってエミールから距離をとる。
その隙にトニーがエミールに向かっていく。
アステルは落ち着いて状況を見定め、トニーの攻撃が終わった瞬間にエミールの死角に回り込んで低い位置からの攻撃を繰り出そうとした。
よしっ!!いけそう!
当たれ!!
アステルは歯を食いしばって剣に力をこめた。
「見事に全滅してるねぇ」
4人がへばって倒れ込んでいる所にウィリアムが通りかかり呟いた。
「……ウィリアム騎士団長…………今から訓練、始めるんですか……」
シャングが弱々しい声で聞く。
休憩時間をゆうに越しているが、エミールたちが訓練場を使っていたので騎士団の他の人たちは休憩時間が延長していた。
終わったので、今から訓練再開だ。
「うん。もちろん」
ウィリアムが笑みで答える。
「うへー……」
うつ伏せで倒れ込んでいるトニーからくぐもった声が聞こえた。
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「こんにちは」
アステルは揺れているフワフワの癖っ毛の後ろ姿に向かって声をかけた。
花を植えている所でしゃがんで何やら作業をしている庭師のレーリーが振り向く。
「こんにちは。アステル様」
レーリーはフニャっとした笑顔で迎えてくれた。
2人は前にも座ったベンチに腰掛けた。
「いつも綺麗な場所ですね。ずっとレーリーさんが手入れしてるんですか?」
アステルは辺りを見渡しながら言った。
いたる所に花が植えられ、木々は美しく整えられている。
レーリーの草木に対する穏やかで優しい気持ちが現れているような園庭だった。
「そうですね。誰もがホッと心休まるような、こんな場所で過ごしたいと思える園庭を作りたくて」
レーリーがアステルにフニャっと笑って褒められたことを嬉しそうにしていた。
「……それで、どうしたんですか? 何か悩みごとでも?」
そして全てを見透かしているような赤い瞳でアステルの目を覗きこんできた。
「……いや、ちょっと、剣術の指導者に太刀打ち出来なくって、少し落ち込んでいるんです」
アステルは素直に打ち明けた。
ただ単にレーリーと喋りたくてこの園庭に来たのだが、この優しい年上の青年に悩みを聞いて貰いたかったのかもしれない。
「うーん、僕は剣術のことはよく分かりませんが、サフィア様が地面に這いつくばりながら訓練しているのを見てきました。サフィア様は体の線は細いし力も弱い。それをカバーするために素早い動きと連撃技を編み出していましたね」
レーリーは昔を思い出しているのか、軽く握った拳をアゴに当てて空をみていた。
「アステル様は何が強みですか?」
「……これといって特には……」
「……私はアステル様は人を見ることが得意なんだと思いますよ。サフィア様の感情の機微を感じられるように……」
「……はぁ。人を見る、ですか?」
「戦う時は誰でも恐怖を感じますが、目を閉じずにしっかり相手を見てみてはどうでしょう? とまぁ素人からの助言なんで当てにしないで下さいね」
レーリーがアハハと清々しく笑う。
「……いいえ、ためになりました! ありがとうごさいます」
アステルもつられるように笑った。
それからしばらくレーリーとお喋りをし、きりがいい所でアステルは立ち去った。
「……順調だねぇ……」
1人になったレーリーが誰に言うわけでもなく静かに呟いた。