12:初めての夜会
国王が主催の夜会当日、アステルたちは2人の宮殿で支度をし、会場に向かった。
パーティホールへ続く王宮の廊下をアステルのエスコートで歩いている。
気合いを入れてドレスアップしたサフィア様は本当に美しかった。
ホワイトブロンドの髪は繊細に宝石と一緒に編み込まれアップスタイルになっていた。
ひときわ輝く宝石のような青い瞳は少し潤んでおり、俺を見上げる。
「アステルの正装姿、カッコいいね」
サフィア様が持っている扇を広げて耳打ちしてくれた。
近付いた瞬間、いつもの甘い匂いがふんわりと香る。
本当になんでこんな綺麗な人が俺なんかを好きなんだろう?
アステルはそう思いながらポーっと見惚れていた。
「……サ、サフィア様も美しいですね」
アステルは照れて頬を染めながらもサフィア様に耳打ちした。
「!!!!」
パァァァ!という感じでサフィア様が笑顔を浮かべる。
「アステル、アステル!」
「な、何?」
「キスしていいですか?」
「ダメダメ、人がいます!」
2人は歩きながら器用に押し問答している。
「じゃぁ休憩室に行きましょう!」
「ダメダメ、パーティがもう始まります!」
「じゃぁこれだけは言わせて下さい!」
2人は会場の入り口の重厚で大きな扉の前に来たので一旦立ち止まった。
従者たちが左右の扉をゆっくりと開けだした。
会場の音や光が隙間から入ってきて、華やかな雰囲気を感じる。
「愛してます!」
扉が開き切った瞬間にサフィア様が叫ぶ。
おそらく近くにいたパーティ客には丸聞こえだろう。
2人は、赤面してたじたじのアステルと、その腕に抱きついてニコニコ笑っているサフィア様という状態で公の場での初お披露目という形になった。
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ヒソヒソ……ヒソヒソ……
会場に入り、アステルとサフィア様が並んで王族の席に向かっている途中、パーティ客からのヒソヒソ声が大いに聞こえた。
「あの、暗黒姫が笑っている……」
「相手の方はどうやって……」
サフィア様の満面の笑みはみんなにも分かるみたいだった。
どうやらサフィア様のちょっとした表情の変化はアステルにしか分からないらしい。
不思議。
ヒソヒソ声から分かるのが、サフィア様は普段こんなに笑ってないらしい。
その証拠に俺にずっとニコニコしているサフィア様に周りは若干引いていた。
それから国王様の挨拶があり、パーティが始まった。
俺たちはあらかじめ打ち合わせていた通りにダンスを踊る。
「こんなに楽しい夜会は初めてです」
サフィア様が大袈裟に喜ぶ。
そんな姿を見ているとアステルも嬉しくなってきた。
2人は仲睦まじく笑い合いながらダンスを楽しんだ。
そうして2曲踊り終わり席に戻ろうとした時、アステルは知らない令嬢に声をかけられた。
「わたくしはフェリテ・ドロワッサンと申します。アステル様、一曲踊ってくれませんか?」
ドロワッサンといえば有力貴族の1人……のはずだ。
授業で習った。
こーゆー場合は踊った方がいいって聞いたけど……
社交の一部だとか。
アステルはチラッとサフィア様を見た。
サフィア様は小さく頷いた。
「わたくしでよろしければ」
習った通りにアステルが紳士の礼をとる。
フェリテ令嬢もカテーシーをした。
それから何故かアステルの元に続々と踊りたいという令嬢が来た。
一瞬モテ期かと思ったが、
「あら、よろけてしまいましたわ……」
と言いながらアステルの方へ倒れてくる令嬢を受け止めたり、
「サフィア王女様よりわたくしの方が早くアステル様に会いたかった……」
とかいう、わざとらしい会話に察しのいいアステルは気づいてしまった……
これは……ハニートラップ!!
おそらく王太子派の貴族による、アステルのスキャンダルでサフィア王女を蹴落とすのが狙い?
貴族って恐ろしい……
けど女の子たちに、もてはやされるのは嬉しい。
アステルも所詮は16歳の男の子だ。
とりあえず疲れるまでは令嬢の相手をし、アステルはきりのいいところで席に帰った。
王族席にはアステル以外とは誰とも踊らなかったサフィア様がいた。
禍々しい雰囲気で。
王族の豪華な椅子の片方の肘掛けに少しもたれ、その肘掛けに頬杖をついていた。
少し気怠げな感じで。
口元は弧を描いているが、目が据わっているので怖い。
だが美人だからとっても絵になる。
誰も話しかけれる雰囲気じゃないので辺りには人が1人もいない。
「サ……フィア様?」
アステルが隣の自分の席に腰掛けながら呼びかける。
「あ、お帰りなさい」
アステルがいるのが分かると途端に禍々しい雰囲気は無くなり、いつもの王女様バージョンのサフィア様だ。
「機嫌悪い?」
アステルが小声で聞く。
もしかして、俺が他の令嬢とたくさん踊ったから?
とか少し自惚れたことを考えていた。
「夜会って男の人が話しかけてきたりダンスに誘ってきたりで……面倒ですの。だいたい、わたくしはアステルと結婚するって決めておりましたし、素敵な殿方を見つける必要が無かったですからね」
サフィア様がジト目をして遠くを見ていた。
さすが美しい王女様、アステルとはモテレベルが違いそうだ。
……いや、面倒っていう気持ちは分かるけど、王族としての社交は!?
「……いつも?」
「そうですわ」
サフィア様が〝どうしてそんな質問をするの?〟という感じでキョトンとしながらも返事をしてくれた。
……そりゃぁ暗黒姫って呼ばれるよ……
アステルはサフィア様のこういった態度からもあのあだ名がついたんだと確信した。
「そういえば王太子様は?」
アステルは辺りを見渡した。
まだ王太子様に会って無いから、この夜会で会えると思っていたのだ。
「お兄様は病弱という設定なので、夜会には滅多に参加しないのです。だから余計にわたくしに人が群がるんですわ」
サフィア様がふぅっとため息をついた。
設定?
……要するに仮病を使って夜会に参加してないってこと??
……この国の第一王子と第二王女がこんな感じで、国王様は苦労してるんだろうな……
アステルは年配の貴族達と談笑している国王様に人知れず熱い視線を送った。