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「君がサフィア王女様のお相手かい?」
王宮の廊下を歩いていると突然、年配の男性から声をかけられた。
次の用事の場所まで移動していたアステルは歩みを止めて、その男性の方を見た。
「……」
確かこの人はヴァンデ。
この国の首相だ。
冷ややかな目でアステルを見下ろしている。
「……王女様には数多くの結婚相手の候補者がいらっしゃったのに、なぜ……」
ヴァンデはアステルを上から下まで品定めのように見てから言った。
あー、はいはい。
なんでこんな冴えない奴なんだろう?
って感じね。
アステルは思わず不機嫌な顔つきになった。
最近たまにあるのだ。
おそらく王太子派と呼ばれる人が、アステルを敵視している。
サフィア様は王太子様を蹴落として王女になる気はさらさら無さそうだ。
けれど世間で噂されているようにサフィア様が王女になりたがっていることを信じている人もいる。
その人たちからしたら、俺は次期国王の座を狙う者だ。
……国王になんて絶対なりたく無いのにな。
もう行っていいかなぁ……
王族だから、相手が名乗るまでしゃべっちゃいけないらしいし……なんなら俺、発言の許可して無いし……
そう考えだした時、ヴァンデがゆっくりと口を開いた。
「……私の息子であるルカとの結婚をあんなに勧めたのに……」
うーん、そう言われましても……
結局アステルはなかなかしゃべることが出来なかった。
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「と、いうことがありまして。クラリッサ先生」
今日の授業が終わり、恒例のクラリッサ先生とのお茶会の時にアステルは相談した。
「まぁまぁ。ルカ様のお父様の首相様に。あのお方は国のことをよく考えておりますからねぇ。少し過激なこともおっしゃっているようですし」
クラリッサ先生は紅茶のカップをソーサーの上に置いてから喋った。
「ルカ様は今サフィア様の補佐をしておりまして、2人で執務をすることもよくあります。アステル様が執務を行えるようになれば、いずれは2人で……いや、3人で? するようになるんじゃないかしら?」
クラリッサ先生が珍しく目を泳がせた。
「3人で?」
アステルは思わず聞き返した。
「……サフィア様は以前も言ったようにお勉強が少し苦手です。……アステル様と2人で力を合わせても誰かの補佐が必要でしょう」
クラリッサ先生が少し苦笑しながら教えてくれた。
あー、サフィア様と俺では執務をこなせないのね。
それはなんとなく承知。
それでルカの補佐が永遠に必要……と。
そりゃぁルカからしたら俺というお荷物が増えるだけだし、お父さんからしたら、ずっと補佐ならせめて王女の婿になって地位を上げてやりたいよなぁ。
アステルは人がどう考えて、どう思っているのかを想像し、受け入れるクセが少しあった。
「私はサフィア様とアステル様はお似合いだと思いますよ。あのサフィア様を受け入れられるアステル様は国1番の広い器をお持ちです」
クラリッサ先生がアステルを元気付けるためか、少しおどけてそう言った。
「ありがとうございます」
アステルも苦笑で返す。
確かにあの闇が深い王女様から、溢れるばかりの愛情を注がれているためか、ヴァンデにルカを宛てがいたかったとか他の人と比べられてもあまり心は傷まなくなっていた。
サフィア様の重い愛情に〝だってサフィア様に選ばれたのは俺だから〟という自信を与えてもらっている。
ちょっとは〝選ばれてしまったのはこっちだぞ!〟という被害者意識もあるが……
アステルは宮殿の窓から見える外の景色を眺めながらそう思った。
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最近たまにある授業がある。
ダンスの授業だ。
婚約式も済んだことだし、そろそろ夜会に出席しなければいけないらしい。
「アステルと踊れるなんて楽しい!」
今は練習の時間なのだが、スケジュールの空きが取れたサフィア様が練習の相手をしてくれていた。
とても楽しそうにステップを踏むサフィア様は2人きりの時のくだけた喋り方を思わずしてしまっている。
「俺そんなに上手くないんで飛ばさないで下さい! 転びますよ」
サフィア様に合わせて必死にステップを踏む。
「……ごめんなさい。舞い上がっちゃって」
シュンとしたサフィア様がなんだか可愛い。
俺より年上のお姉さんのはずなのに、子供みたいだなと苦笑する。
「ところで……夜会って俺何をすればいいですか?」
アステルは眉を下げてめちゃくちゃ困った顔をした。
侯爵家で住んでいたころにちょっとだけ参加した経験しかない。
王族だから、ジッとしておけばいいんだろうか?
「んー、私と2曲ぐらい踊ったら、あとは席に座ってて大丈夫だと思うよ。王族だから、向こうから挨拶しに来てくれるし」
サフィア様がクルクルとアドリブでターンを入れる。
「ちょっ、勝手な振り付けは禁止!」
アステルが慌てながらもサフィア様の踊りについていこうとする。
サフィア様はアハハと笑って踊り続ける。
……本番大丈夫だろうか……
アステルはこの可愛らしいお姫様に振り回される未来しか見えなかったが、楽しそうなので何も言えなかった。