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「……まずい。道に迷った……」
アステルは広い王宮内で途方にくれていた。
相変わらず、忙しい毎日を過ごしているアステルだったが、たまにスケジュールがぽっかり空く休憩時間があった。
その時に調子に乗って王宮内を探索していたら、見事に道に迷った。
どんどん進むと、広い中庭に出た。
とても手入れが行き届いており、さまざまな色の植物が咲き乱れ、真ん中には一本の立派な木が生えてあった。
美しい庭園だ。
そこでハシゴに登って剪定作業をしている庭師の青年がいた。
クルクルした癖っ毛にメガネをかけている。
穏やかにとても楽しそうに作業をしているのが印象的だった。
「あのー……外に出る道を教えて欲しいんですけど」
アステルが遠慮がちに声をかけると、庭師の青年が初めてアステルの存在に気付いた。
「……これはこれは、アステル様じゃないですか!」
庭師は何故かアステルを見て喜んだ。
優しい顔をしておりフニャっと笑う。
眼鏡の奥の赤い瞳が嬉しげに揺れていた。
それからなぜかその庭師と並んで近くのベンチに座り、話しをすることになった。
「わたくしはレーリーと申します。小さいころからここに居ましたので、サフィア様のこともよく知っております。ですから今噂のアステル様に会えたのが嬉しくって」
レーリーはそう言って本当に嬉しそうにニッコリ笑った。
笑顔が似合う人だった。
「……ありがとうございます」
初対面の人からこんなに好意を向けられたので、アステルは頬をかいて照れた。
「サフィア様に素敵なお相手が現れて本当に良かったです」
「いえいえ、そんな……今だになんで俺なんだろう? って感じです……」
アステルは気恥ずかしくて身がすくんだ。
「?? サフィア様からアステル様との出会いを何度か聞いたことがあります。王宮の東の園庭のガゼボの近くで会ったんですよね?」
レーリーが優しく笑いながら首をかしげてきた。
「……それが、あんまり覚えてなくて……多分俺が6歳の時だったんで」
アステルが忘れられない思い出として大事にしていた綺麗なお姉さんとの記憶……
サフィア様とは王宮で会っていたんだ……
「その時、サフィア様が泣いてるように見えて……声をかけると本当に泣き始めたんです」
アステルは当時の記憶をなぞりながら、ゆっくり答えた。
「!! それはそれは……サフィア様は泣かないことで有名ですからね……アステル様にはよっぽど気を許したのでしょう。サフィア様の話しでは泣いたことは聞いておりませんでした」
レーリーが目をまん丸にして驚いている。
「確か、サフィア様は〝私のことを分かってくれる人が現れた!〟と言って喜んでおりましたよ。サフィア様は感情が顔に出るのが乏しいので、分かってもらえて嬉しかったのでしょうね」
「……うーん、でも正直それだけで俺が選ばれた理由がよく分かってないんですよねぇ」
アステルが眉を下げて笑う。
何故だかレーリーには素直な気持ちをスラスラ話してしまう。
誰かに聞きたかったのかもしれない。
なぜサフィア様があんなに自分に執着するのかを。
「……サフィア様は言っていましたよ。その時にアステル様から〝悲しい気持ちにさせる全ての物から守ってあげる!〟というようなことを言われたって。サフィア様からしたら、熱烈なプロポーズだったのではないでしょうか?」
レーリーにクスクス笑いながら「何度もサフィア様が話すので覚えてしまいました」とも言われた。
アステルは、そう言われて少しだけ当時を思い出していた。
言ったよ。言った。
確かそんなこと言ったわぁ。
6歳の子供だったから、必死に泣いてる綺麗なお姉さんを励まそうとして、いろいろ偉そうなこと言ったよ……
「……そんな幼い子供の言うことを信じてずっと待ってた??」
アステルが赤面しながら呟くように言った。
「サフィア様の深い愛ですねぇ」
レーリーがニコニコと答えた。
それからレーリーに外に出る道を教えてもらった。
「またここに来てもいいですか?」
別れ際にアステルがレーリーに尋ねた。
「いいですよ。僕はだいたいここにいますので」
レーリーがニコニコしながら答えた。
アステルも微笑んで、レーリーに背を向けて教えてもらった道を進み出した。
「……」
アステルの背後で妖艶な笑みをしたレーリーが静かに見送っていた。
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「ここかぁ……」
無事に外に出て知ってる道に来たアステルは、レーリーに言われた園庭のガゼボに来ていた。
サフィア様と初めて会った場所。
ガゼボの椅子に座って辺りを見てみる。
……あまり見てもピンと来ない。
あー、ここだったかも……レベルだ。
他に人はおらず、ガゼボの近くの綺麗な園庭をしばらく眺めていた。
遠くに池に飛来した鳥たちが見える。
静かな良い場所だった。
「アステル? ここで何しているのかしら?」
しばらくすると、たまたま通りかかったというサフィア様に声を掛けられた。
今は少し時間があるのか、サフィア様もアステルの隣に座った。
アステルはサフィア様の方を向き尋ねる。
「……初めて会ったのは、ここですか?」
「……ここですわ」
サフィア様もアステルを見つめ、上目遣いの魅惑的な笑みをしてから目を細めて笑った。
アステルはその笑みを見るとやっぱり胸がキュっとする。
「俺、なれるでしょうか? サフィア様の隣に並ぶのに相応しくなれるでしょうか……」
最後の方は弱々しく消えそうな声でアステルは言った。
「わたくしはただアステルが居てくれるだけでいいのです。でも何かを守ろうとする時に無力では後悔する時が来ます。……わたくしみたいにならないように」
サフィア様はそう言って悲しそうに笑った。
……サフィア様は自分の隣に立てる相手になることを求めていたワケではないんだ。
俺のためにいろいろしてくれているんだ。
アステルは少し嬉しくなった。
わたくしみたいにならないように?
誰かを守れなかったのか?
アステルはそう思ったが悲しい話題をしたい訳ではないので深く聞かなかった。
「ありがとうございます。じゃぁ俺まずはサフィア様に守られなくてもいいように、頑張って強くなります!」
サフィア様が悲しそうなので、それを払拭したくてアステルはわざと楽しげに言った。
「フフフッ。分かりましたわ」
サフィア様も笑うと、何故かアステルのシャツのボタンに手をかけ出した。
「!?」
アステルが何が起こっているのかワケが分からず、逃げようと少し仰け反った。
何!?
襲われる!?
サフィア様はボタンを3つ外して、はだけさせるとアステルの体にそっと両手を添えて胸の中央にキスをした。
「アステルからは私と同じ力を感じるの。それが目覚めるように、おまじない」
サフィア様はそう言って、アステルの胸にコテンと顔を埋めた。
アステルが慌てて小声で叫ぶ。
「サフィア様っ! ここ外ですよ!」
「!!」
ガバッと起き上がったサフィア様が目線を逸らしながら赤面し、はだけたシャツを少し直すとアステルの隣に佇まいを直して座った。
どうやら2人きりの時のノリが出たらしい。
アステルもきちんと座りながらシャツのボタンを直した。
……ついに襲われるかと思った。
アステルの心臓はバクバクし、冷や汗もかいていた。
「……えっと、わたくしの青白い力を見たでしょう?」
サフィア様は、まだ頬を赤くしているが気を取り直して喋る。
「その力は胸の奥に宿っていますの」
サフィア様が自身の胸の中央を両手をかさねて押さえた。
「アステルもそのうち目覚めると思いますわ」
サフィア様がニコッと微笑んだ。
えー、あんなビックリな怪しい力、本当に目覚めるのか??
けど確かにサフィア様にキスされた時に、その部分が一瞬だけ熱くて痛かったような。
……気のせい?
アステルは半信半疑ながらも、大真面目なサフィア様に笑みを返した。