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回文童話「引っ越して来た」
「四階って、『死』に通じる、とか言って、嫌がる人が多いんだってね」
と、夫。
「らしいけど、見晴らし良いじゃん」
と、妻。
若い夫婦は、引っ越して来たばかりだった。
団地の最上階の四階。
エレベーターはない。
年老いた時には、今のように両手一杯の荷物を持って上がるのは、つらいと思われた。
しかし、お寺の裏の、木々と壁に囲まれた、風呂のない平屋に住んでいた夫婦にすれば、その見晴らしの良さは新鮮だった。
「スーパーマーケットも、案外、近いしね」
十年もしない内に、そのスーパーが潰れるとは、思ってもいない若夫婦だった。
窓からは、本土と、沖合い四キロにある島とをつなぐ、巨大な架橋も見えた。
「快感だなあ、四階なのに」
「快感ねえ、四階なのに」
若い夫婦は、顔を見合わせて笑った。
怖いものは今のところ、何もなかった。
(快感よね四階か)
かいかんよね、よんかいか!
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