回文童話「大阪夏の陣異聞」
その武士は、スゲ笠に紋付羽織と袴。
手甲、脚絆。足袋に草鞋履き。
というごく普通の旅装束であった。
腰の刀には、きちんと柄袋も掛けてある。
松の並ぶ街道を歩いていると、武士に声をかける者があった。
「真田の一味、霧隠才蔵殿とお見受けいたす」
「むむっ、何奴」
足を止め、刀の柄袋を取るその武士、実は忍びの者、霧隠才蔵。
「名も無き風魔の忍び」
「これより先は行かせん」
「引き返されよ」
耳の錯覚か、声が四方八方から聞こえてきた。
やがて、目だけを出した忍び装束の者が才蔵の前に現われた。
「ふん。下忍ふぜいが。命までは取らぬ、そこを退け」
「風魔忍法、下忍影分身!」
才蔵の目の前の忍者がそう言うと、そこここの松の陰から同じ黒装束の忍者が現われた。
「笑止。どこが影分身か。背丈、恰幅がまちまちではないか」
と、才蔵が言う間にも、茂みに化けていた忍者、岩に化けていた忍者、松の枝に化けていた忍者などが続々と現われる。
気がつけば、霧隠才蔵は二百人ばかりの下忍衆に取り囲まれていた。
「よよよよかろう、今回だけは言うことを聞いてやろう!」
才蔵はそう言うと、もと来た街道を走って引き返した。
『風魔に追い返されて、大阪夏の陣に霧隠才蔵は間に合わなかった』
というのが、諸説のひとつにあるのである。
(かなわん逃げろ下忍罠か)
かなわん、にげろ! げにんわなか?!
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でしたが、在庫がほとんどなくなりましたので、
11月11日(土曜日)に111篇をもって、第一部完、として終了します。
案外、駄目でした。無念です。
また、書き溜めて再開(続のほほん)出来ればと思います。
ほな、111篇まで。
あと6篇。だったと思う。




