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第5話:ガルシャの使命

「動物園だあ?」


 朝の支度を終えて一息吐いていたガルシャの前にカウンター越しに立つ。


「私が捕まえてきた動物やモンスターをいつでも観られる場所を作るんだよ。そうすれば、この宿屋の集客だって見込めるでしょ?」

「……動物なんて、見て楽しいもんなのか?」


 宿に『アルミラージの集会所』なんていう名前を付けているにもかかわらず、実はガルシャは動物が嫌いなのでは、という疑問を抱いたところで絵理華(えりか)は気づく。


 遊牧民や野生動物・モンスターなどの侵入を防ぐために外周を壁で覆っているような大都市圏であれば、野生動物やモンスターを物珍しく思う人間はいるかもしれないが、この周辺に住んでいる人々は、水汲みや薪を探すために森林や川へと毎日足を運び、自分が生き残るために野生動物を狩っている身だ。野生動物やモンスターに逢うことなど日常茶飯事で、別段珍しいことではない。


「絵理華さんがいた世界で(たしな)まれていた娯楽でして、その地域では野生にはいないような動物たちを運んできて、展示したりするんですよ」

「なるほどなあ……」

「それに、実際に動物やモンスターが観られるっていうのも大きいと思うよ。モンスターについては生態について調べた資料なんかも閲覧できるようにして、モンスターの習性や弱点について共有できるようにすれば、もっと被害が少なくできると思うんだ!」

「……残念だが嬢ちゃん。この土地でやるってんなら無理だ。他を当たってくれ」

「何でですか?!」


 セレンが台を叩く。


「ガルシャさんだって「客が来ない」って嘆いていたじゃないですか?!あなたは集客のチャンスを棒に振ろうとしているんですよ?!」

「嬢ちゃんの言うことは尤もだし、素晴らしい考え方だと思うぜ。土地を持て余していることだし、開拓・伐採していけば不可能ではないだろうな」

「なら――」

「だけど、この場所じゃできねぇんだよ!」


 力強く言葉を発する。


「何があるっていうの?魔法によって呪われた土地だとか?」

「土地自体にも問題ないし、魔法によって汚染されてもいないから、ちゃんと開拓すれば動物やモンスターたちを不自由なく生活させること()できるんだよ」

「……勿体振らないで、いい加減にそのわけとやらを教えてくれませんか?」


 今にも殴り出しそうなほど肩を怒らせるセレンに対して、


「…………」


 この問題に巻き込んでもいいものかと逡巡した後にガルシャは静かに言い放つ。


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「っ!アジ=ダハーカと英雄ガルシャースプ!!まさか、あなたが英雄ガルシャースプだったなんて!!」

「???」


 セレンはひどくい驚いているが、絵理華には何言っているか微塵も分からないため、ゼロストのおかげなのか、それともカミサマパワーなのかは分からないが、電池残量が∞、通信基地局がないにもかかわらず何故か使えるスマートフォンを操作して調べてみる。


 アジ=ダハーカとは、世界最古の聖典を有する宗教・ゾロアスター教に登場する悪龍で、世界の終末が訪れると同時に目覚め、地上に存在する生物の三分の一を殺すとされている。

 また、同じく聖典『アヴェスター』によると、ペルシアの大英雄・ガルシャースプによって殺害され、残りの三分の二の生物は救われるとされている。


「この土地にはアジ=ダハーカが封印されていてな。折角の広大で豊かな自然だが、そいつが目覚めちまったら全部台無しになっちまう。だから、ここでは何もできないってわけさ」

「そんな怪物が、こんな辺鄙(へんぴ)な場所にいるっていうんですか……?」


 日本で言うならば、狐の化け物を封印したとされている殺生石(せっしょうせき)藤原道真(ふじわらのみちざね)を祀っているとされている太宰府天満宮など、分かりやすいシンボルを配置して封印・安置していることをアピールするものだが、大事になることを避けるためか、将又(はたまた)世間から秘匿するためかは定かではないが、この周辺にはそれらしいシンボルが存在しない。

 ――分かるようにアピールしていないだけなのかもしれないが。


「いくらあなたが伝説に語られるような大英雄でも、一人で悪龍を(たお)すことなんてできるんですか?!」

「できるも何もやるしかない……。いや、オレにしかできないんだよ!!」


 どのように撃退するかまでの方法は分からないが、翼を広げれば空を覆い隠すほどの大きさを持ち、1,000種類以上もの魔法を使いこなすとされている三つの首を持つ悪龍を、大英雄ガルシャースプは、その肉体と戦棍(メイス)を使って斃すのだという。激戦になることなど誰でも想像できる。


「オレが絶対に食い止めるっ!オレはその使命を達成するためにこの世界に来たんだからな」

「相手はゾロアスター教において絶対悪とされている悪龍ですよ?!いくら大英雄でも、倒せる勝算なんて何処にもないんですよ?!」

「そんなもの、やってみねぇと分かんねぇだろうが!」

「やってみてダメだったらどうするんですか?!」


 間にカウンターがなかったら一触即発の殴り合いが起こりそうなほどに二人の語調が強まってきた時、


「あのさ、ちょっといいかな」


 思いもよらなかった人物が物申す。

 伝説に語られる大英雄でもなく、天界にいたカミサマパワーを剥奪された女神でもなく、つい数日前まで動物園で勤務していた、ごく普通の女性だ。


「さっきから悪龍を斃すだオレが身を削って戦うんだとか大層なお話をしているけどさ、あるじゃん。アジ=ダハーカを斃さなくても、ガルシャが命を懸けて戦わなくても済む方法がさ」

「一体、何だってんだよ……?」


 そんな方法があるのだとしたら、それに越したことはないではないか。

 言いたいことを理解したセレンが表情を明るくする中、絵理華が切り出す。


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「…………は?」


 当然、予想もしていなかった回答だったのだろう。ガルシャの空いた口が塞がらない。


「ねぇセレン。そのアジ=ダハーカって、どんなモンスターなの?」

「確かですが、三つの頭を持つ翼の生えたブラックドラゴンです」

「姿形はどうであれ、ゴーストみたいな実体を持たない生き物じゃないんでしょ?だったら、私の【テイム】で仲間にすることだって可能だよね?」

「冗談じゃねぇ!!」


 重すぎるほどの使命を背負った大英雄は声を荒らげる。


「オレは天界からアジ=ダハーカを殺す命を受けて、わざわざこの土地に潜伏していたんだぞ?!それを「殺さなくてもよくなったから、お役目ご苦労お疲れさん」ってか?オレの苦心を何だと思ってやがる!!」


 生まれる時に魔王を倒せ、と神に命じられて勇者になった者がいたとする。

 極悪非道の魔王を倒すべく、勇者は血の滲むような努力と訓練をし、様々な葛藤や強敵と戦うことになるだろう。


 ではもし、その魔王が倒す必要のない人格者だったら、勇者は何のために生まれ、何のために力を身に着け、何のために生きているのか。

 行き場を失った勇者に用意された場所など何処にもない。


「オレがこの世界に派遣され、アジ=ダハーカが目覚め、世界の生き物の三分の一が死んで、オレが満身創痍になりながらアジ=ダハーカを斃す。全てそうなるように決まっていて、天界が決めたシナリオがあるんだよ!!それをこの世界に来たばかりの新参者に邪魔されてたまるかよ!!」


『予定運命説』という考え方がある。


 織田信長が本能寺の変で死ぬのも、コロンブスが新大陸を発見するのも、偶然や人間の心境の変化によるものではなく、(あらかじ)め書かれたシナリオ通りに事が進むように決まっていて、そうなることが決定していたという考え方だ。


 そのため、我々がどう足掻いてどう介入しようが運命は決まっていて、人間はそれに抗うことはできない。

 という考え方なのだが、


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 転生者の女性は硬い意志と共に拳を握り締める。


 アジ=ダハーカが【テイム】で仲間になることで、想定していたシナリオが破綻するのか。

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 そんなことは天界の関係者ではない絵理華には分からない。

 だからこそ。


「天界の都合だとか神様のシナリオだとか、そんな難しいこと言われても分かんないよ。だけど、誰も傷つかない傷つけさせない手段があるなら、それが一番。それだけは間違いないでしょ?」


 屈託なく微笑む女性を見る。


 昨日まで生きていたやつがモンスターに襲撃されて突然死んだ、なんてことは何も珍しいことではなく、40歳まで生きられれば長生きと言われるこの世界において、自分を犠牲にして大義を成し遂げることなど至極当たり前。そんな考え方を持っていたガルシャには想像もしなかったような意見だったが、


「……ふっ。嬢ちゃんには負けたよ」


 絵理華とガルシャでは生きてきた世界も違えば時代も違う。それだけ考え方にも大きな違いがあるということか。空気の抜けたような息を吐く。


「……なぁ嬢ちゃん。一つだけ聞いてもいいかい?」

「??」


 一件落着の方向に向かっていることに胸を撫で下ろしているセレンを後目(しりめ)に疑問を投げ掛ける。


「嬢ちゃんが生きている世界ではそういう考え方が普通なのか、それとも嬢ちゃんが他と比べて風変わりなのか、どっちだい?」


 少しだけ間を置くと、


「どちらかは分かんないけど、これが普通の考え方じゃないかな?誰かが不幸になって誰かが幸せになる。それよりも、みんな一緒でみんな幸せな方がいいもん」


 絵理華はこう返した。

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