第4話:女二人のピロートーク
「タダで泊まれたの、少しラッキーでしたね」
蝋燭の灯も消え、周囲にあるのは窓から差し込んでくる月明りしか光源のない宿の一室。
ふかふかとしたベッドの感触に背中を預けながら、純白のトーガに身を包んだ金髪の少女が口を開く。
「でもいいのかな?こんなご厚意に甘えちゃって」
「良心が痛むというのであれば、洗濯や料理の下準備などを手伝ってみては如何でしょうか?」
一人暮らしをしていたため最低限の家事労働はできるが、料理はコンビニやスーパーの弁当で済ませていたのでからっきしだ。LSランクの攻撃力や体力を活かすのであれば、薪割り・水汲みなどの肉体労働の方が適性があるかもしれない。
「ところで絵理華さん。異世界での生活の一日目が終了しましたけど、どうですか?楽しいですか?」
そう言われて今日一日を振り返ってみても草原の中を延々と歩いていただけだし、【テイム】で手懐けたのもアルミラージ一匹だけだ。満足感よりも疲労感が勝る。
「まだ分かんないかな。これからいろんな動物やモンスターともっと仲良くしたいし、いろいろなところを冒険してみたいっていうのもあるしね」
「まぁそうですよね。まだ右も左も分からない状態ですし、面白いかつまらないかを判断するには早いですよね」
隣でセレンが苦笑する。
「これから何かがしたい、みたいな予定とかってあったりします?綺麗な景色が観たい、とか、絵理華さんが住んでいた世界とは全く違う文化や民俗に触れてみたい、とか」
「やっぱり、いろんな動物やモンスターを【テイム】してみたいなあ。特にルミ子みたいな逢ったことのない生き物には興味があるよ」
部屋の隅で静かに眠るアルミラージを一瞥する。
「アルミラージって角が生えた兎じゃん?私が住んでいた世界では、「ありえないもの」っていう意味を持つ言葉に「兎角」っていう単語があってさ。私って今、現実世界では「ありえないもの」を手懐けて一緒に生活しているんだなって。そう思うと、もっといろんな生物やモンスターと仲良くなって、もっと動物やモンスターについて詳しくなりたいんだ」
「素晴らしい目標ですね!」
ごそごそと身動きしながらセレンが言葉を並べる。
「でも、仲間を増やせば増やすほど大変になりますよね。ドラゴンとかスライムとかをぞろぞろ連れて各地を冒険すると、事情を知らない人たちからビックリされてしまいますし」
「何かいい手はないのかな」
犬猫用ケージのように持ち歩く手段があるのが理想的だが、その方法だって動物たちにとってはストレスになるし、様々な地域を一緒に冒険するのだって負担になるだろう。天を仰いで木目と睨み合いながら考える。
それこそ、動物園や自然公園のような【テイム】したモンスターを放し飼いできるような施設があれば理想的なのだが。
動物園や自然保護区?
「それだっ!!」
「わああっ!!」
微睡んでいたセレンが飛び起きる。
「何ですか藪から棒に!!」
「動物園を作るんだよっ!!」
隣にいる少女の目を見ながら話す。
「この宿屋の周囲には広大な土地と豊かな自然があるでしょ?だったら、そこを開拓して私が【テイム】した動物やモンスターと好きに触れ合える動物園を作ればいいんだよ!!」
「っ!!なるほど!!【テイム】した動物の置き場に困らないし、ガルシャさんの宿屋の集客にも繋がる。さらに、たくさんの動物やモンスターと触れ合うという絵理華さんの夢も叶えられます!一石三鳥ですね!!」
「よし。そうと決まったら、まずはガルシャさんに相談してみようか」
「折角なら名物とかも新しく作ると面白そうですね!『アルミラージの集会所』っていう名前ですし、アルミラージプリンとかアルミラージパイとかあったら目を引くんじゃないですか?」
宿屋の朝は早いというのに、ついつい話が盛り上がってしまった。遠くから聞こえる朝課の鐘(深夜12時を告げる時報)の音色を耳にして、慌てて床に就く。
☆★☆★☆
ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ――。
「んんっ……」
まだ寝ていたいというのにスマートフォンのバイブ音に起こされ、寝ぼけ眼を擦る。
今日は植田阿弓と遊びに行く日。
駅での待ち合わせに遅れないように、一本早めの電車に乗る。
「おはようございます絵理華さあん……」
隣で一緒に寝ていた金髪の女神も眠そうに瞼を擦る。
「おはようセレン。じゃあ行ってくるから、ルミ子のことをよろしくね!」
「っ!!まっ、待ってください絵理華さんっ!!そんな恰好して何処に行くっていうんですか?」
何処って、待ち合わせの駅に決まっているだろう?
太陽の光が眩しいくらいに差し込む部屋の中で、今日のお出かけに似合う服を探すために手探りでものを探し当てようとする。
と、もふっとした感触。
直後、
「キーッ!!」
額に生えた太い角で頭をどつかれる。
「いだだっ?!!」
予期せぬ攻撃によろよろと後ろに下がると壁に衝突。衝撃で肺に溜まった空気が一気に吐き出される。
「どうしました絵理華さん?!大丈夫ですか?!!」
寝起きでぼさぼさの髪の毛になったセレンが慌てて駆け寄ると、尻餅をついた絵理華を抱き起こす。
「あ……、そうか…………。私、異世界に来たんだっけ…………?」
「前世の記憶が蘇って混乱しているんですね」
抱き起こした姿勢のまま、セレンの腕に力が籠る。
「いきなり異世界に連れてかれて、慣れてくださいという方が無理がありますよね。少しずつでいいので慣れていきましょう」
「……ごめん。何か格好悪いところを見せちゃって」
「格好悪くたっていいじゃないですか。わたしはむしろ、絵理華さんのそういう人間らしい部分が好きですよ」
天界の住民たちは絵理華を殺す手段は間違えたわけだが、殺すことは決定していたことになる。
どうして自分が異世界に行くことになったんだろう。
どうして自分が選ばれたのだろう。
そんな疑問が脳裡を過ったが、今はそれよりもセレンの温もりと匂いを感じていたかった。静かな朝に静かな時間が流れる。