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第40話:赦し

 ゼロストは天界で言っていたではないか。


 人間の血や肉の味を覚えてしまった肉食獣は人間を襲う危険があるため、殺処分されてしまうだろうと。

 セレンの手違いのせいで殺さなければならない命が一つ増え、天界全体の予定が大きく狂ったと。


「ボクの名前はタイガ。遮光山(しゃっこうやま)動物園で飼育されていたオスのベンガルトラだよ」


 何日ぶりかの再会を祝すかのように柔らかい表情で微笑む。


「現世で一度殺されて、ゼロスト様の力でエリカと同じ性別を持つ人虎に転生させてもらったんだ」

「たいが君……?本当に、あのたいが君なの…………?」

「信じられないのも無理はないよね。現世にいた時とは性別も種族も違うんだからさ」


 右腕に絡みついた少女が上目遣いでこちらを見上げてくる。


「だったらさ、撫でてごらんよ。あの動物園でボクの世話をしていた時みたいに」

「……」


 こんなかわいらしい見た目の少女に懇願されたら、むしろ撫でない方が失礼なのではないか。

 無意識のうちに左手が伸び、茶色くてぱさぱさとした髪の毛の上に優しく置くと、


「んっ」


 少しくすぐったいような、それでいて艶めかしい吐息を漏らしながら気持ちよさそうに目を細める。


「…………」


 不思議な感触だ。

 目の前にいるのは普通の見た目をした少女のはずなのに、手から伝わってくる触感は、あの時あの動物園で撫でていたオスの虎の毛並みと全く同じ質感をしている。


「これで分かったでしょ?ボクがたいが君だって。本当は虎の姿になるのが一番分かりやすいんだけど、ここは人通りの多い市街地だからね」


 どうやら、彼女がたいが君であるのは間違いないようだ。


「も、申し訳ありませんでしたっ!!」


 往来を過ぎ行く人々が奇異の目で見つめるのにも構うことなく、金髪の女神が平身低頭する。


「わたしのせいでっ!わたしのせいで天界はあなたを殺さなければならなくなりましたっ!!このセレン、どんな報いでも受けるつもりでございます!!」


 元はと言えば、絵理華(えりか)は同じ天界に所属する神・イスガワが運転するトラックに轢かれて死ぬ予定だった。

 それをセレンが勘違いし『トラ喰う』によって殺害。その結果として絵理華を襲撃したたいが君を殺さなければならなくなったのだ。


 つまり、セレンの手違えさえなければ死ぬことはなかったし、遮光山動物園で生活する動物の一匹として何不自由ない生活を送り、天寿を全うすることが約束されていた。


「この場で殺されようが文句は言えません!どうかご判断を!!」

「そうだね……」


 カン。

 金属が石畳に打ち付けられる無機質な音を聞いて女神が肩を震わせる。


「事のあらましはゼロスト様から聞いているよ。君が勘違いをしたせいでボクは死ぬことになったんだよね」


 カン、カン。

 ぺた、ぺた。


 硬質な三叉槍(トライデント)の音と裸足の足音。

 乾と湿の異なる性質を持つ二つの音を地面に鳴らしながら、低頭する少女へとゆっくり近づいていく。


「つまり、君がいなければボクは死ぬことはなかったわけだ」

「申し訳ありません!本当に申し訳ありません!!」

「ボクの生活がこんなに大きく変わることもなかったわけだ」

(おっしゃ)る通りです!」


 ぺたり。

 足音が止まったかと思うと、金色に包まれた美しい頭の真上に穂先が構えられる。


「その償いとして君には死んでもらおうかな」

「ちょっ!ちょっと待ってよ!!」


 このまま見守っているわけにはいかない。

 絵理華が止めようとすると、


「ダメだよエリカ。これはボクと彼女の問題だ。手を出さないでもらいたい」


 左手でこれを制する。


「エリポン!こういう時こそ【テイム】じゃないの?!あの娘ってウェアタイガーなんでしょ?!動物なら【テイム】できるじゃん!!」


 珍しく正しいことを言ったルナティに心の中で感謝しつつ、【テイム】を唱えようとするも、


「じゃあね」


 次に目線を向けた時には槍が振り下ろされる瞬間だった。三本の尖った穂先はセレンの頭――をぎりぎりのところで避け、そのまま地面にさくりと突き刺さる。


 狙いを見誤ったのか。

 いや、敢えて外したのだ。


 その事実をタイガから発せられた言葉で知る。


「はい、これでおあいこ。君がボクを殺した代わりに、ボクは君の過去と罪を殺してあげた。これで過去のことはお互いに水に流そうじゃないか」

「…………赦してくれるんですか?こんなしがない女神を」

「言っただろう?事情は全てゼロスト様から聞いていると。君はエリカの動物園設営に対して、随分と献身的だそうじゃないか」


 金色の髪を揺らしながら顔を上げると、小さな左手が差し出されていた。


「確かに、ボクは君のせいで命を落とすことになった。でも、逆に言えば、君が殺してくれなければ、ボクは二度とエリカに会うことはできなかった。事故だったとはいえ、今では君に感謝しているくらいだよ?それに、」


 遠巻きからずっと見つめていた二人の女性に目配せする。


「君がいなくなると悲しむ人たちがそこにいるじゃないか。そう自分の命を無碍(むげ)にしてはいけないよ」

「……ありがとうございます」


 セレンにはタイガが女神のように見えた。

 ――女神がこう思うのもおかしいかもしれないが。



☆★☆★☆



「人虎のタイガ。よろしく」


 ギルド案内所での報告・報酬の受け取りを終えて『アルミラージの集会所』に戻ると、北欧神話の神々の前で頭を下げながら少女が挨拶をする。


「おいおい嬢ちゃん。また女の子を連れて来たのかよ?随分と同性に好かれるんだな?」

「今回はただの女の子じゃないよ?ウェアタイガーだよウェアタイガー。虎に変身できるんだよ!」

「ウェアタイガー?この小ぢんまりとしたやつがか?」


 ヨーロッパ圏では人虎の伝承はないため、一斉に頭の上に「?」を浮かべる北欧神話群の神々とは違って、アジア系の英雄であるガルシャが疑問の眼差しを向ける。


「この見た目だと、虎の姿になっても小さそうだな!6.6フィート(約2m)もないんじゃないか?」

「そういえば、まだ虎になった時の姿を見せていなかったね。ここだとお客様たちが驚いてしまうから、動物園の方に移動しようか」


 正式にオープンしているわけではないので(まば)らにしか人がいない(というか、やはり動物を観ることを面白いと感じていないのか、人がほとんど見当たらない)動物園の中を移動すると、暇を持て余していたテュールとヴィーザルも加わる。


「それじゃあいくよ」


 大事なものなのか身体を覆っていたボロ布を脱ぐと、虎の模様をしたさらしと腰巻きが顕わになった。

 そして。


「……ふんっ!」


 気合の籠った一言を放つ。


 途端、虎模様をしたさらしを中心として体毛が黄色と黒を混ぜた模様へと変化し、五指からはナイフのような鋭利な爪が伸び、頭は丸みを帯びたネコ科の形へと変わっていく。


『どう?驚いたでしょう?』


 最後に突き出された尻から蛇のように尻尾が伸び、そこには人語を話す虎が出現した。


 その全長は20フィート(約6.1m)。

 生前動物園にいた時が9.8フィート(約3m)441パウンド(約200kg)くらいだったことを考えれば、その身体のサイズは倍以上に相当する。


「デ、デカい!!ルナティちゃんおしっこ漏らしちゃいそう……っ!!」


 二階建ての一般家屋を横に倒したくらいの大きさを持つ肉食獣を見て膀胱と恐怖が決壊寸前になるルナティ。兎型獣人にとって、肉食獣は何よりも怖いものなのだ。


『役に立つようなスキルは持っていないけど、これからもよろしくねエリカ』

「えっ?!ルナティちゃんこれからも一緒に旅をするの?!!やだやだやだ怖いんですけどっ?!!…………あっ♡」


 湧水の(せせらぎ)のような音と共に、ルナティの脚と地面が濡れていく。

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