第39話:ウェアタイガーの正体
「何事だ!?」
これだけの騒ぎを市街地で起こして、国家権力が嗅ぎつけないわけがない。毛並みの綺麗な白い馬に乗った重装備鎧の女性が騎士団を侍らせてこちらに近づいてくる。
「ど、どどどどどどうします絵理華さん?!これじゃあ絵理華さんがやったことがバレバレですよ?!」
「逃げちゃうのもダメでしょ?!素直に事情を説明するしかないんじゃないの!?」
「『ワープ』を使って逃げちゃいましょう?!」
「目撃者を増やすための名乗り口上だってドヤ顔で説明していたよね?!」
逃げることもできずに狼狽えているうちに到着。馬を降りた身分の高そうな女性騎士がこちらに近づいてくる。
「一体何があった?」
途中、地面に転がっている男たちを一瞥し、何かを感じ取ったかのような顔をした後に砂利を踏み鳴らし、絵理華たちの正面に立つ。
「こ、この人たちにパーティバトルを申し込まれたから、戦っていたん、です」
言い方次第では首が飛ぶ。
慎重に言葉を選びながら事情を説明していく。
「訳があってこの娘のことを探していたんですが、途中、あそこで気絶している黒いローブの男にナイフを使って脅されまして。そのまま無理やりパーティバトルをさせられていたんです」
「…………」
女性騎士は青色の綺麗な瞳で絵理華の目を少しの時間だけ覗き込むと、
「……嘘はついていないようだな」
つかつかと歩いて倒れている男の黒いローブを剥がす。
「静かなる暗殺者セロイ。指名手配されていた冒険者だな。この様子だと秘密裏にギルドを結成してということか?」
「ステータスの所属欄には『荒涼』と書かれていましたよ?指名手配されているような人がギルド登録なんてできるんですか?」
「あくまで私の憶測だが、ギルド案内所のスタッフに協力者がいたのだろう。莫大な財産と引き換えにギルド名簿への登録を請け負うようなやつがな」
名乗り口上に自分の名前ではなくゾーゴンの名前を使わせたのも、名前を公にしないためか。
「ま、そんなことはどうでもいい。続きはあちらの二人に聞くからな」
女性騎士が目線を向けた方向を見てみると、女性二人が追従した騎士たちに縄で縛られているところだった。
「あ、あのう……」
絵理華の背中に隠れていたルナティが恐る恐る口を開く。
「そのパーティバトルをした時に、街を壊しちゃったんですが、この件に関する弁償とかはどうすればいいんでしょう?」
一言も女性騎士の口からは出なかったので言わなければ良かったのだが、どうやらルナティにはそれが耐えられなかったらしい。声を震わせながら質問する。
と。
「ん?今回の損壊はパーティバトルによる影響なのだろう?こんなことは多くの冒険者が集まるロマリアでは日常茶飯事だからな。別に何とも思っていないよ」
顔を緩めて優しく微笑む。
「え……?弁償とかはしなくていいんですか……?こんなに盛大に破壊しちゃったのに…………?」
「こいつらの居場所を掴むのは私たちでも手を焼いていてな。それを無力化して身柄を引き渡してくれたのだから、むしろこちらが感謝したいくらいだよ。それに、これくらいの規模であれば、私のギルドに所属する魔法使いが直してくれるだろうから心配は要らないさ」
これくらい、と言われて改めて惨状を見回す。
近くに建っていた建物は半ばから崩れ落ちて道を塞ぎ、あちこちにクレーターが空き、精緻な造りだった石畳は捲れ上がって地面が剥き出しになっている。壊れた石畳の破片と地面に衝突して砕けた流星は大小様々な形の瓦礫となり、一部のクレーターは赤熱していた。
人力で修復するのであれば間違いなく一か月以上はかかるほどにボロボロなはずだが、どうやら凄腕の魔法使いに心当たりがあるらしい。
「首を吊る直前の死刑囚のように青褪めた顔をしているけど、今回の件で君たちを責めるようなことはしないから安心してくれ。……最も、どうしても牢屋に入りたいというのであれば話は別だけどね」
悪路でも難なく走る白馬の背中で揺られながら、同行していた騎士や縄で括られた指名手配たちと一緒に去っていった。
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「……で、この娘がウェアタイガーなの?ルナティちゃん、もっとマッチョな男をイメージしていたんだけど、何だか全然違くない?!」
ボロボロになった大通りの真ん中で立ち話をするのもアレだったので、ギルド案内所へと向かう道すがらに話す。
「ボクの姿がどんなものであろうと関係ないでしょ?そんなことよりも、ボクはエリカに逢えたのがとても嬉しいんだ」
ぎゅっ。
三叉槍を持たない左腕を絵理華に絡めてくる。
「そういえば、私に会ったのは初めてじゃない、って言っていたよね?私と君って何処かで会ったっけ?」
この異世界に来てからそれほど日が経っていないため行動範囲など限られているはずなのだが、絵理華の記憶貯蔵庫からは茶髪の少女との邂逅シーンなど出てこない。少女の側が一方的に勘違いしているだけなのであればいざしらずだが。
「ふふふ。分からなくても仕方がないよね。それじゃあヒント」
くるりと身体を翻すと、遠心力で舞い上がった布の隙間から虎模様の腰巻きが覗く。
「ボクとエリカは毎日会っていた間柄だよ?正確に言うと、会ったことがあるんじゃなくて、会っていた関係なんだ」
「???」
ドリード村での『アルミラージの集会所』の知名度も上がり、常連客も増えてきているのは確かなのだが、自分の身長よりも丈の長い三叉槍を持つ少女には心当たりはない。疑念は深まるばかりだ。
「……エリポンこんなにかわいい女の子と密かに会っていたの?このルナティちゃんというスーパーアイドルがいながら?」
「別に変な意味じゃないよ。同じ場所にいたことがあって、よく会っていたのさ。週5日間ね」
「植田、阿弓…………?」
過去に会ったことがある。
同じ場所にいたことがあった。
週5日間会っていた。
ここまでのヒントを出されて脳裡に一人の女性の名前が閃く。
植田阿弓。
生前遮光山動物園に勤務していた時の絵理華の同僚で、学生時代からの付き合いでもある女性の名前だ。
「まっ、待ってください!」
この話を聞いて口を出さずにはいられない少女が一人いる。
天界の事情を知っており、ゼロストの側近を務めていた金髪の元女神セレンだ。
「天界の事情が刻一刻と変わるので今の事情は分かりませんが、少なくともわたしが天界にいた頃は、あなたは転生する運命ではなかったはずです!なのに、どうしてその生を終えて異世界に転生してきてしまったんですか?!」
「ちょっと待ってよ。ボクはアユミだなんて一言も言ってないよ?当事者を置き去りにして話を進めないで欲しいな」
焦った女神に対して肩を竦める。
過去に会ったことがある。
同じ場所にいたことがあった。
週5日間会っていた。
植田を下の名前で呼べる間柄。
まさか。
まさか!
最後のヒントを頼りに絵理華は一つの答えに辿り着く。
「たいが君…………?」
「おっ、ようやくその名前が出たね」
肩に三叉槍を担ぎながら人虎の少女は答え合わせをする。
「ボクの名前はタイガ。遮光山動物園で飼育されていたベンガルトラだよ」