第35話:『ロマリア市街ウェアタイガー抹殺作戦』
都市の外壁に設えられた関所を通って大都市に足を踏み入れて、開口一番に出た言葉は「綺麗」ではなく「騙された」だった。
何故なら。
「何ですか通行料一人20ルーロって?!三人で入ったから60ルーロも取られたんですけど!!」
報酬でもらえる金額が2ペレル(約5,000円)。
通行料が三人で60ルーロ(約1,500円)。
やはり大都市圏というのもあって、通行料、土地代、物価も高いようで、市場に並んでいる果物や衣類の値段もガオバーロとは大違いである。
「美味い話には裏がある、ってことだね……。結局、1ペレルと40ルーロ分しか儲からないってこと?」
「一日で終わらないなら宿代、食事代もかかります。このままだと損益がどんどん膨れ上がっていきますね」
市場に山積みにされている果物を見て苦い顔をする。
ドリード村ならば安く売られているような果物類や野菜類も、この都市では2~3倍くらいの値段になっている。2ペレルという大金に食いついたのはいいもの、このままでは最悪の場合、経費が2ペレルを超えてしまう可能性だって十分に考えられる。
「どうしようどうしようこれ?!大都市の中で野垂れ死になんて嫌だよ?!みんなに愛されるルナティちゃんには似合わない最期だよ?!」
「ふっふっふ。心配することなかれ!!」
現在Cランクの冒険者となった金髪の女神が偉そうに胸を張る。
「こういう時、【マジックマスター】が役に立つんですよ!!絵理華さん、『スペシファイ』魔法を使いましょう!!」
「っ!!なるほど」
ルナティの表情が一気に明るくなる。
『スペシファイ』とは、設定した対象の位置を表示する光属性の魔法なのだという。
つまり、『スペシファイ=ウェアタイガー』と設定すれば、例え大陸一の人口を抱える大都市であっても、設定した対象を容易に発見することができるのだ。
「煌然と佇む神域の天秤よ。私に正誤善悪を示せ!」
『スペシファイ』は光属性の魔法なので、光属性の準備魔法を詠唱。
「天から俯瞰する神よ。私をウェアタイガーのもとへと導け!スペシファイ=ウェアタイガー!」
その後、探したい対象を設定して『スペシファイ=ウェアタイガー』を唱える。
直後。
「わあ……」
絵理華の頭の中に地図が出現し、ウェアタイガーがいる位置と自分の場所が光点で表示された。さらに、自分たちとウェアタイガーの直線距離が数字で表示されているのだが、
「どう読むんだろ?これ?」
やはり、ヤードポンド法に慣れていない絵理華には、フィートで表示されても皆目見当が付かない。
「こういう時はサイキック=エクスプレッションですよ!自分が頭の中に思い浮かべている映像を映し出す魔法です!」
「その手があったか!!」
往来のど真ん中でやるのも邪魔になるため、大通りから一本隔てた狭い路へと移動。民家の壁を勝手に拝借して投影させる。
「直線距離で3,280フィート(約1km)ですか。相手も動き回るので何とも言えませんが、結構な距離がありますね……」
「全然動いていないみたいだね?そこに住んでいるのかな?」
「それとも、誰かにやられて死んじゃったとか?」
ルナティは冗談めかして言っているみたいだが、絵理華たちが【テイム】しようとしているのはウェアタイガー。人間の姿をして人間社会に溶け込み、人間を襲って喰い殺す危険なモンスターだ。偶然遭遇した他の冒険者たちに退治されていてもおかしくない。
「とにかく急ごうか」
最悪の事態になってなければいいのだが。
時折壁に地図を映して位置を確認しながら、三人はロマリアの街並みを駆ける。
☆★☆★☆
ここで少し、ウェアタイガーについて述べておこう。
ウェアタイガーとは、中国・インドなどの主にアジア圏で古くから存在すると信じられていたモンスターだ。
その名の通りウェアウルフの虎バージョンで、人間が巨大な虎の姿、あるいは、半人半獣の姿や獣人のような姿に変身する能力を持ち、人間を襲って喰い殺す。
ウェアウルフとの大きな違いとしては、ウェアタイガーがアジアを中心とした伝承であるのに対し、ウェアウルフの伝承が東ヨーロッパを中心として古くからある伝承であることと、ウェアウルフには20世紀頃に追加された、「噛まれるとウェアタイガーになる」等の設定が存在しないことだろうか。
ちなみに、ウェアウルフを日本語で表すと「狼男」・「人狼」となり、ウェアタイガーを日本語で表すと「人虎」となる。中学校・高校などで現代文の教材として使われる、中島敦の『山月記』を例に出せば人虎はイメージしやすいだろうか。
「ここだね?」
地価の高い大都市ロマリア。
その街にある高層建築物の一つを見上げながら絵理華は呟く。
距離にして165フィート(約50m)、高さにして50フィート(約15m)。
6階建てと思しき建物の5階くらいの高さに住んでいることになる。
「こんな場所に住んでいるうえに、しかも5階くらいの高さに住んでいるってことですか?もしかして、随分と裕福な暮らしをしていらっしゃる!?」
「玉の輿玉の輿!!もし男なら結婚すれば、ルナティちゃんは裕福な生活を満喫できるってことですかなっ?!」
ふんふんと鼻息を荒くしながら意気込む獣人少女。
「とにかく行ってみようか。『スペシファイ』を定期的に使っていけば部屋も特定できるんでしょ?」
この調子だと誰かに殺害されている可能性も低そうだ。
早速建物の内部へ向かおうと身体を動かしたところで、
「待て」
背後から声を掛けられる。低い男の声だ。
「お前たちはウェアタイガーの位置を知っているな?今すぐその場所まで案内してもらおうか」
「絵理華さんっ!!」
思わずセレンが叫ぶが、その歩みはすぐに止まる。
何故なら、絵理華の背後にぴったりとくっついた黒いローブの男が、首筋にダガーナイフを宛てているのを視認できたからだ。
「……言わないって言ったらどうなるの?」
「引くだけだ。この首筋のナイフをな」
氷のように冷たい感触が首に伝わってくる。
「命が惜しいならさっさと居場所を吐け。そうすれば身の安全は約束しよう」
身の安全の約束。
これほど反故にされてきた約束があっただろうか。
「ウェアタイガーの居場所は教えないよ」
「そうか、残念だ。今すぐこの場で死んで――」
「殺せないでしょ?」
黒いローブを被った暗殺者の動きがピタリと止まる。
「私を狙ってきたということは、あなたの目的はウェアタイガーの位置を示す『スペシファイ』魔法。あなたはそれが使えなくて私を使って居場所を特定するしかないから、私を殺すことができない。違う?」
もしウェアタイガーの殺害が目的であるのなら、絵理華たちなど無視してさっさと『スペシファイ』を使って建物へと移動すればいい。
なのにそれをしないということは、男はウェアタイガーの位置を把握しておらず、把握する手段がないということだ。
そして、消耗品ではあるが、魔力を込めれば『スペシファイ』と同じ機能を持つペンデュラムが魔導具を取り扱っている店で販売されているらしいが、それを使わないということは、この男は少なくとも魔法使いではないことが分かる。
「……頭の冴える女だ。ならばこうしよう」
ナイフを持った腕を密着させたまま言葉を続ける。
「貴様らにはパーティバトルを申し込む。それでこちらが勝ったら大人しく居場所を教えてもらおうか?」
パーティバトル。
また聞き馴染みのない単語が出てきたが、断るという選択肢はこちら側に用意されていないのだろう。
「……分かった。表へ出よう」
人目を隠すためか、ナイフの位置を首筋から心臓の真後ろへと移動させた男を背後につけながら、喧噪の止まない大通りへと移動する。
バタバタしていて謝辞をすっかり忘れておりました!!「ノベルアップ」でスタンプ(計2件)をくださった方、そして、本日「なろう」にて評価ポイントを入れてくださった方、ありがとうございます!!藤井は飛び跳ねそうなほど喜んでおります!!!
「ノベルアップ」の方でスタンプをいただいたことは何回かありましたが、「なろう」にて評価をいただいたのは三作品執筆していて今回で5回目。評価や感想を貰えた瞬間、「あぁ、ついに努力が報われたのだな」と骨身に染みて感じます。
これからも本稿をよろしくお願いします!!