第16話:北欧神話と『旧約聖書』における終末思想
元の大きさのままで移動してしまうと大陸のあちこちが穴だらけになってしまうので、フェンリルだけ100フィート(約30.5m)程度の大きさになり、その上に成人男性よりも少し大きいくらいの背丈となったヴィーザル・テュール・トール、サイズ感を調整したガルム・ヨルムンガルド、そして絵理華と元から成人女性よりも少し背丈が小さいくらいのセレンが並ぶ。
「よもや、一勝一敗の勝負がこのような形になるなんてな」
『互いを憎んでいた者同士が手を取り合って『平和』という一つの目標を目指す。何とも奇怪な縁だな』
殺気の消えた軍神と蛇が顔を合わせて会話する。
馬上などの激しく動く背中の上で会話とすると舌を噛む危険があるのだが、そこは神だからか、将又、ヤギを使った戦車での移動を主としていたからか、卒なく会話をしている。
「えっと、それで、後は、何を止めれば、いいん、だっけ……?」
そんな神様たちとは違って、舌を噛まないように細心の注意を払わなければならない絵理華が途切れ途切れに聞くと、
「ラグナロクは豊穣神フレイVSスルト、光神ヘイムダルVSロキの二戦だけですね」
古代ローマ風の服装をした金髪の女神が受け答える。
「……他は?」
「スコルとハティに太陽と月を吐き出させることと、ベヒモス・レヴィアタン・ジズの戦いを止めることですね」
「フレイとスルトの戦いはこのテュールが見届けましたぞ。フレイのやつが丸腰で挑んでおったからに、スルトにあっさりと負けておりましたな」
『スルトはラグナロクの全戦いが終わったのを見届けてから世界を焼くと言っておった。まだ焦土となっていないことからすると、何処かでヘイムダルとロキが戦っておるのかもしれんな』
テュールとヨルムンガルドが互いの勢力の情報を提供する。
「えっと、つまり、どうすればいいんだっけ……?」
数日前までただの動物園のスタッフだった絵理華にとって、神だの巨人だの戦争だのはあまりにも荷が重すぎる。
目を回しながら悲鳴のような疑問詞を挙げる。
「……ベヒモス・レヴィアタン・ジズとやらがどんな戦いをしているかは分からんが、まずはスルトを止めた方がいいだろう。……世界を焼かれたら元も子もないからな」
やっと昏睡状態から覚めたヴィーザルが口を開く。
スルトとは、ラグナロクでフレイを打ち負かし、この世界を焼いて新たな世界を作るとされる炎の巨人だ。
ラグナロクを最後まで生き残って世界を炎で焼くのだが、新世界の生存者には何故かスルトの名前は存在しない。
世界と共に自分の身体を焼いて死ぬのか、それとも、新世界を形成した後にヴィーザルのような生き残りたちに殺されるのか。
ラグナロクでは重要な役割を果たす巨人であるにも関わらず、他の神と戦った伝承もなく、ラグナロクの末にどのような結末を迎えたかも記録に残されていない、謎に包まれた巨人である。
「だったら、エリカが【テイム】に専念できるように別行動しようぜ。オレ様はスルトの野郎をぶっ殺してくるからさ!」
「いやいや、殺しちゃダメでしょ?!」
『殺さないと止められないだろうな』
後ろを振り向かないままフェンリルが話に加わる。
『スルトというのは巨人というよりも、溶岩の塊のようなものだからな。スライムのように明確な意思を持たないエネルギー体と言った方が正しいのだよ』
現在の研究では、スルトはアイスランドで活発に行われている火山活動を具現化したものだと考えられている。
中世やそれ以前の時代を生きていた人たちには、山から流れ出る溶岩が炎の剣や胴体に、高く上がる黒煙が巨人のシルエットに見えたのかもしれない。そう考えると、スルトの名前が『黒』に由来するのも頷ける気がする。
「そんじゃ、オレ様はぱぱっと殺ってくるぜ!軍神は軍神らしく、戦わねぇと身体が腐っちまいそうだからな!!」
ッッッドンンンンン!!!という雷が落ちるような激しい音を鳴らすと、トールは一瞬で姿を消す。
「……くっ!……先を越されたかっ!!……吾輩も武勲を立てたいというのに!!」
「相手は炎の塊だって言っていたではないか?怪力で戦うテュールとお前では何もできぬぞ?」
やる気なのはいいが、この男はどうも無鉄砲な所がある。
アンニュイな気分になって溜息を吐くテュール。
「では絵理華さん。わたしたちはヘイムダルとロキの戦いを止めに行きましょう!!」
「……どうやって止めればいいの?」
北欧神話に疎い絵理華でも、ロキの名前くらいは聞いたことがある。
確か、変身などによって神や人々を騙すのが得意な神様だった気がする。
絵理華には【マジックマスター】という強力なスキルがあるものの、相手は神もしくは神と比肩する力を持つ巨人。一介の人間如きのスキルで太刀打ちできるかどうかは怪しい。
そんな神と巨人の戦いに、どう割って入ったらいいのだろうか。
「安心してください。絵理華さんでも止められますよ!!」
セレンの言葉の意味が分からないまま時間の経過に身を委ねると、樹々に囲まれた背景が背後へと流れ去り、一気に視界が開ける。
視界の先に現れたのは――、
「海…………?」
何処の国の何という名前の海岸かは分からないが海だった。赤く染まった空の色を鏡のように映し出した赤い海が延々と続く。
その砂浜の上。
「さすがはロキ。義理とはいえオーディン様の兄弟を名乗るだけの力はある」
「ふっ。褒めたって俺は何も出さないぜ?」
五指に分かれた水掻きの付いた前脚と鰭脚と呼ばれる特殊な形状をした鰭状の後ろ脚、黒い見た目をした脂肪の塊が二つ転がっていた。
正確に言うならば。
「アザラシ?!!」
主に海上で生活する哺乳類であり、動物が好きな絵理華なら見間違えるはずのない生き物が荒い息を吐きながら睨み合っていた。
「なろう」の方でブックマークが1つ増えました!ありがとうございますっ!!
特にここ数日間でのpv数の伸びが著しく、8月10日~15日の6日間で「なろう」にて706pvとなっております!お盆の期間に本作品を読んでいただいて嬉しい限りです!!
さてここで近況報告。
現在も執筆を続け、2022年8月16日9時現在、第42話を鋭意執筆中です。このままのペースで行けば、9月の中旬頃まで毎日投稿できるかも?
どうかこれからもよろしくお願いしまっす!!