第15話:軍神と軍神の知恵比べ
「この女は【テイム】とかいう力を使えば、オレたちアース神族に仇なすモンスターたちを自由に操れるんだろ?偽善を装ってモンスターどもを搔き集めて一気に奇襲させ、オレたちを壊滅させることだってできるんだよな?」
迸る電気は空気を焼き、周囲の樹々を炭化させていく。
操る力は雷なのに、樹々が焦げていくのは炎を使っているかのようだ。
「だったら殺すならあの蛇よりも、まずはお前だ!お前が何者かは知らねぇが、これほどに強力な力を持ってるとなると、生かしちゃおけないな!!」
トールにとって絵理華の大きさは羽虫も同然。一息吹き掛けるだけで打ち付けられた身体は粉々になり、指で抓めば跡形もなく摺り潰される。これだけの大きさの少女を殺すことなど朝飯前だ。
「オレの前に立ったことを後悔するのだな!」
「はははははは!!!トールよ!どうやら軍神としてひよっこなのは貴殿だったようだな!!」
赤熱した必中の槌を振り下ろそうとした時、もう一人の軍神が笑う。
「……どういうことだ?」
鋭く目を細めながら隻腕の神を睨む。
「貴殿はあの娘が巨人族に肩入れしていると思っているようだが、だったら何故、このテュールとガルムは無事でこの場に立っているのだ?」
ヨルムンガルドとの交戦中だと言うのに思わず後ろを振り向く。
そこには、成り行きを静かに見守るフェンリルと、その隣で静かにこちらを見ているガルム、そして、ガルムの背中に乗る金髪の女神の姿があった。
「見よ。このテュールが背中を向けているというのに、ガルムは噛み付くことも炎を吐くこともしておらぬ。本当に神族を皆殺しにしたいのだったら、今この場で殺ればいいものを、どうして殺らないというのだ?」
まるでただの犬かのように大人しく待つガルムと穏やかな目つきをしたフェンリル。
軍神であるからこそ、彼ら(?)に敵意がないことは即座に判断が着く。
「なっ!なら、ヴィーザルは何処へ行ったんだよ?!ここにヴィーザルが来ていないってのが、この女が殺したという何よりの証拠だろうが!!」
『それとはこいつのことか?異教の神よ』
赤く染まった空が影に覆われたため空を見上げる。
空には影と全く同じ色をした三つの首を持つ龍が飛んでおり、その前脚には兜で顔を覆った男か抱えられている。
『この男が白い狼を殺そうとしていたのでな、我が直々に止めてやったのよ。そうしたらこの様だ。失神して動かなくなったわい』
……本当は一度殺したのを『リヴァイヴァル』という蘇生魔法を使って復活させ、その直後に運んでいるために、ヴィーザルは自分自身が死んでいると思っているのだが、そこは1,000種類の魔法を使いこなす頭の持ち主だ。話の意図を汲み取って『殺した』の文字をあえて使わずに説明を行う。
「これで分かっただろう?この娘はヴィーザルが殺そうとしていたフェンリルを助け、さらにはテュールとガルムとの戦いも止めてみせたのだ。そんな彼女に何の意図があるというのだ?」
「よく聞いて、トール」
小指の爪の大きさにも満たない少女の口からは、想像もしないような大きな言葉が出る。
「あなたたちの世界では戦争は至極当たり前なのかもしれないけど、私が住んでいた世界では戦争とは無意味で誰も望んでいないものなんだよ。無関係な民間人が戦争に巻き込まれ、無差別に殺害され、無辜な子供や女性が何人も血を流して死んでいったんだ。自分たちが何を目的に殺されたのかも知らないままね」
生前、多くの民間人が避難しているショッピングモールにミサイルが撃ち込まれる映像を観て絵理華は思った。『戦争』という大義名分を掲げれば、人間はこんなにも残忍で冷酷になれるのだと。
戦争を仕掛けた大統領の故郷の街で巻き起こった反戦デモの映像を映像を観て絵理華は思った。戦争なんていうものは誰も望んでいないことなのだと。
人種差別だ男だ女だと毎日のように諍いや殺し合い、耳が痛くなるようなニュースが流れてくるが、そんなことを思っているのはほんの一部の人間だけで、本当は全員が全員、仲良く暮らしたと思っているのだと。
力強く拳を握りながら転生者の独白は続く。
「「郷に入りては郷に従え」なんて言うけど、例えこの世界が戦争で物事が決まる世界だったとしても、私はたくさんの人が傷つくところなんて見たくないんだよ。だから、」
結局は、この世界に馴染めないからという理由で、自分が暮らしていた世界と同じルールになるように作り変えたいだけかもしれない。
結局は、ただの自己中心主義でしかないのかもしれない。
ほんの少しの弱い気持ちを心の奥底に押し込めながら、
「私はラグナロクを終わらせたい。誰も傷つかないように、そして、世界を終わらせないように!!!」
腹の底から空気を押し出して叫ぶ。
大気圏だか成層圏だかに伸びた、目の前の男の顔に届くように。
『いい娘だな』
思わずフェンリルがそう呟いた刹那、
「……けっ。負けたよ。まさか、軍神であるオレ様がたった一人の女に根競べで負けるなんてな」
嘲笑のような声が空から反響する。
「人間は神にはないものを持っている、なんてオーディン様がよく言っていたけど、その意味がたった今分かったぜ」
膝を曲げながら空中に浮かぶ女性を目で捉える。
「エリカ、とか言ったか?随分と豊かな国に住み、恵まれた親に育てられたもんだ。生まれながらにして戦う宿命にあるアース神族とは比べ物にならないくらい、澄んだ心を持っているな」
猛々しさの消えた表情をしながらトールは語る。
「お前の言いたいことはよく分かった。このオレ様も平和とやらを作るのに協力しようじゃねぇか。……ふふふ。面白くなってきたぜ!!」
柄の短い槌を握りなおす。
目の前の敵を殺すためではなく、平和を作り出すために。