第12話:オーディンの子
「……ならば、このヴィーザルが亡き父を弔うために一方的に撃殺してくれよう」
数歩で距離を詰めながら男は雲を突き抜けた遥か上空にある頭から言葉を発すると、自らをこう名乗った。
先述のように、ラグナロクではフェンリルは主神オーディンを嚙み殺す。
しかし、フェンリルはその後間もなくして出現したオーディンの息子・ヴィーザルによって退治されるのだ。
その殺し方は自慢の下顎を踏み潰されたまま上顎を持ち上げられ、縦に引き裂かれて死ぬとするものと、剣などで心臓を突き刺されて死ぬとするものがあるが、手に武器らしいものを握っていないことと天まで届く図体を見れば、どちらの方法でフェンリルを殺そうとしているのかは明らかだ。
「ヴィーザル!よく聞いて!!」
本当は顔の高さまで飛んで同じ目線で話をした方がいいのだが、もしも地球と同じ構造をしているのならば、大気圏や成層圏に生身で行ったら死んでしまう。聞こえていると信じてブレ(丈の長いズボン)に包まれた膝に話し掛ける。
「私は別の世界からやってきた絵理華!この世界を終わらせたくないから、ラグナロクで目覚めたモンスターたちを宥めているの!!この子が悪いことをしないように私が躾けるから、どうか攻撃しないでくれるかなあ!!」
オーディンはフェンリルによって殺された。
だが、フェンリルは【テイム】で仲間にしたのだ。もうグレイプニルを使わなくても暴走するようなことはない。
「あなたのお父さんのを守れなかったのは申し訳ないけど、ここで引き下がってくれないかな?」
「……娘の言いたいことはしかと理解した」
ごうっ!!という風を切る音とともに、中腰になったヴィーザルの顔が現れた。
「……つまり、貴殿は我らアース神族と蛮族どもが戦わないように仕向けたいのだな?」
顔全体がファランクス兵が使うような兜に包まれているため表情は分からないが、柔和な物言いからすると話が通じたということだろうか。絵理華が明るい表情を浮かべるが、
「……ならば、汝は的外れなことをしているな!!……吾輩は父上の敵討ちをしたいのではなく、蛮族どもを倒した後に築かれる新世界の神になりたいのだ!……吾輩は犬を一匹殺すだけで天界の功労者になれるのだからな!!」
対して兜の中の声は嘲笑うかのように言葉を紡ぐ。
神族と巨人族による激しい戦いが行われるラグナロクだが、ヴィーザルのように激しい戦いを繰り広げた末に生き残り、新世界の神として君臨する者たちも存在する。
つまり、彼らにとっては武勲が挙げられなければ意味がないため、『神族と巨人族の戦争がそもそも行われない』という状況を作られるのは不都合なのだ。
「出世欲に目が眩んだクズですね!絵理華さんっ!!こうなったらヴィーザルを倒すしかないですよ!!」
「えっ?!神様を倒すの?!私が?!!」
「あなた以外に誰がいるんですか?!!」
同じ天界の関係者として恥ずかしいのか、柳眉を逆立てながら喚き散らす。
「こんな木偶の坊、【マジックマスター】を持っていれば余裕ですよ!さっさと倒してください!!」
「……聞き捨てならんな。異教の女神よ」
空気を引き裂く音を立てながら再び立ち上がると天空から声が降る。
「……父上の息子である吾輩に勝てる者がいるというのか?……冗談ならばもっと面白いことを言うがいい!!」
『ならば、その役を我が買おうではないか』
みしみしみしみしっ!!
絵理華を乗せていた黒龍が姿を大きくしたため、『フライ』を使って慌てて空中へと退避する。
『おい生娘。貴様は他のモンスターどもを鎮めなければならないのだろう?この小僧は我が成敗してやるから、さっさとフェンリルに乗って他の獣どもの元へと走るがいい!!』
「……異教のドラゴンか。……相手にとって不足はないな。……いいだろう」
天高くで腕を組んだようだが、膝のあたりの高さにいる絵理華には分からない。
「……貴様を倒して吾輩の武勲としてくれる!!」
「急ぎましょう絵理華さん!!」
魔法を掛ける暇がなかったため、絵理華の左腕に掴まれて宙吊りになったまま女神は叫ぶ。
「どちらにせよこのままでは戦いに巻き込まれてしまいます!ここはアジ=ダハーカに任せて、フェンリルに乗って移動しましょうよ!!」
「……分かった」
相手は神。
残念ながら【テイム】を使って宥めることができないため、相反する考え方を持っているのであれば倒すしかない。
「必ず勝ってよ?」
『生娘よ。我を誰だと思っている?』
二本の首を巨大な神へと向け、残りの一つの首を銀狼の背中に乗る女性へと向けながら、 黒龍は高らかに宣言する。
『我が名はアジ=ダハーカ。ガルシャースプとの決着をつけるまでは、死んでも死に切れぬわ!!こんな小僧相手になど我は絶対に負けぬから、貴様は安心して他の場所へと駆けるがいい!!』
「……ありがとう」
銀色の毛にしっかりと掴まったまま一言だけ呟くと、【テイム】の力でフェンリルを動かして大地を駆けた。
スコル・ハティ・ガルム・ヨルムンガルド。
残るモンスターは4匹だが、各々のモンスターには敵対する神たちが存在する。
果たして、モンスターたちを仲間にすることができるだろうか。
「大丈夫ですよ絵理華さん」
隣に座ったセレンが震える手の上に自身の手を重ねる。
「世界の終わりなんて誰も望んでいません。絵理華さんが話せばちゃんと通じるはずですよ」
「セレン……」
この女神と一緒でよかった。
この女神がいてくれて本当によかった。
感謝の思いを胸の中に留めつつ、絵理華は次の場所へと向かう。
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元々ローファンタジーを書く方が得意なので、ハイファンタジーである本稿にはなかなか苦戦しており、毎日あれこれ悩みながら執筆を続けておりますが、どうか最後までお付き合いいただけると嬉しいです!!
説明だけで文字数が埋まってしまうこともあり、全然場面が進んでいきませんね……。