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第11話:赤い空と白い狼

「ねぇザッハーク」

『何だ』


『アルミラージの集会所』の敷地内に勝手に造った宮殿で玉座にふんぞり返りながら、ザッハークは返事をする。


「アジ=ダハーカって世界の終末になると現れるモンスターだよね?」

『如何にも。地上に住まう生きとし生けるモノを殺し、喰らうものなり』

「でもさ、私が仲間にしたわけじゃん?」

『不覚だがな』

「じゃあさ、どうして空が赤いままなのさ?」


 宮殿の窓から外の世界を見る。

 何処までも続く森の向こう側へと伸びる空の色は血のような赤色に染まったままで、これでは昼なのか夜なのかさえも見当がつかない。


「この空の色不気味だからさ。さっさと元に戻してくれないかな?」


 世界の終末に現れたアジ=ダハーカが空を赤く染めたのであれば、その逆に空の色を元に戻すこともできるはずなのだが、


『残念ながら、それは我にはできぬ』


 真ん中の人間の頭を横に振る。


「どうしてですか?何かできない理由でもあるのでしょうか?」

『何故なら、この空の色は我の仕業ではないからな』


 隣に立つ金髪の女神に目線を向ける。


『貴様は天界にいた身のようだな?ならば知っているだろう?スコルとハティという狼が何をする神獣なのかを』

「っ!!まさかっ!!」

『その通りだ』


 神話には全くもって疎い絵理華(えりか)を置き去りにしながらザッハークの話は続く。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()言っただろう?世界の終末が訪れていると』

「ラグナロク…………」


 口から漏れ出るようにセレンが一言呟いた。


「北欧神話における世界の終末。神と巨人による全面戦争が行われて、巨人スルトが放った炎によって世界が業火に吞まれるという、あのラグナロクが起こっているというのですか……?」

『そうだ』


 黒いガウンを纏った男は静かに頷く。


『そのラグナロクがこの世界で起こっている。それを解決しない限りはこの空は変わらないだろうな』

「どうやったら解決するの?」


 絵理華はザッハークを真っすぐ見つめる。


「ラグナロクって、いろいろな神様と巨人が戦うんでしょ?どうやったらラグナロクを収束できるの?」


 主神オーディンとフェンリル。

 軍神テュールとガルム。

 雷神トールとヨルムンガルド。

 豊穣神フレイとスルト。

 光神ヘイムダルとロキ。


 ラグナロクと言っても様々な神が様々な戦いを行うため、どれか一つを止めれば全てが止まるわけではない。


『簡単なことだ』


 玉座からゆっくりと尻を浮かすと華奢な女性の腕を指す。


『フェンリルは狼でガルムは犬、ヨルムンガルドは巨大な蛇なのだがら、貴様の【テイム】を使って平伏させればいい。このアジ=ダハーカすらも従わせるほどの力を持っているのだ。貴様なら服従させることなど造作もない』

「っ!!つまり、【テイム】を使って私が戦いを阻止すればいいんだね?!」

「フェンリルはオーディンの息子であるヴィーザルに負けて死に、ガルムは軍神テュールと、ヨルムンガルドは雷神トールと相打ちになります!決着がつく前に急がなければなりません!!」


 やることが分かったのならば善は急げだ。ザッハークの宮殿を抜けるべく駆けようとすると、


『待て』


 その背中を呼び止められる。


『貴様らが風属性魔法で飛び回るよりも、我が羽搏いた方が早いということが何故分からぬ?』


 みしっ!

 みしみしみしっ!!


 その場で身体を黒い龍へと変貌させると、大きさに耐えられなくなった宮殿が崩壊。砂煙を挙げながら穴を開けると、岩塊が雨となって降り注ぐ。


『あらゆる生物を殺すことができる我を【テイム】したのだ。その力を有効に使わずに腐らせる気か?』

「ありがとう。アジ=ダハーカ」

『くくく。むしろ例を言うのはこちらの方だ』


 鋭い牙の生えた口を動かして言葉を形にする。


『これほどの規模の諍いに首を突っ込めるのだからな!ゾロアスター教における真正の悪というものを見せてくれるわ!!』


 ばさりと一回羽搏くだけで、その巨体は不思議なほどに軽く持ち上がり、みるみるうちに地上が遠ざかっていく。



 周りに生えた森林の樹々たちが、まるで彼女たちの門出を祝福するかのように風に煽られて揺れた。



☆★☆★☆



「いました!あそこです!!」


 ラグナロクの決戦に赴くモンスターたちはどれもこれも巨大で、例えばヨルムンガルドは地球を丸ごと締め上げられるほどの大きさがあるという。

 空を舞って少し経ったところで白銀の毛並みを持つ犬系の生き物の背中を捕らえた。


「あれは?!」

「スコル?ハティ?ガルム?フェンリル?区別は付きませんが神獣なのは間違いないと思いますっ!!」


 フェンリルは狼。スコルとハティはフェンリルから生まれた犬。ガルムは地獄の番犬だ。ガルムは口元に固まった血液が付着しているという特徴があるが、それ以外はイヌ科の動物という部分で一致しているため、後ろ姿だけで判断するのは不可能である。


「どうします?魔法で攻撃して弱らせますか?」

「とりあえず近づいて【テイム】を掛けてみようか」

「さては絵理華さん、初めて遭遇したモンスターにとりあえずボールを投げるタイプですね?!」

「テレポートされたり吹き飛ばされたり自爆されるよりはましでしょ?」


 丸まった背中に沿うように滑空する黒龍の背中で、


「【テイム】!!」


 こう叫ぶ。


『……何やら羽虫が飛んでおるな?』


 白銀の毛並みを持つ賢狼(けんろう)は、こちらの存在に気づいて人語を話す。


『我が名はフェンリル。神を喰らいしものなり』


 テレパシーのような方法を使って話しているのか、牙噛(きが)まれたままの口からは滝のように鮮血が(したた)り落ちた。


 フェンリル。

 軍神テュールの腕を引き千切るほどの獰猛さと、グレイプニルで繋ぎ留めて地下深くに封印しないといけないほどの狂暴さを持つ狼型モンスターだ。

 その大きさは口を開けるだけで空を飲み込むほどの大きさを有し、口からは灼熱の炎を吐き出すという。


 ちなみに、創作の世界では勘違いされがちだが、フェンリルは種族名ではなく固有名詞であるため、フェンリルという生き物はこの一匹しか存在しない。


『次はこの大口で貴様らを飲み込んでくれよう!!』


 ラグナロクにおいて、フェンリルは主神オーディンを喰い殺すという。ならば、がばりと開けられた大口から涎と共に垂れ落ちているのはオーディンの血か。


 剣の鋒鋩(ほうぼう)のように鋭い紫電(しでん)を放つ牙の群れが天と地から襲来し、一行を丸々飲み込もうとしたところで、


「待て!!」


 犬を躾けるように右手を突き出して一言。

 途端、見えない棒を縦に差し込まれたかのように口の動きがピタリと止まる。


『な…………』


 血と涎の混じった臭い液体を頭からたっぷりと被りつつも口の中からするりと脱出し、こちらの位置が見える場所まで移動すると、


「お座り!!」


 仕込んでもいない芸を一言。

 直後、ずるずると森や建物を薙ぎ倒しながら四肢を動かし、その場に四本の脚を揃える。


『なっ!!何が起こっているというのだ?!』

『初めて制圧させられた時の我と同じ表情をしておるな?』


 薄く笑いながらフェンリルの顔の前で停滞する。


『犬っころよ。貴様はこの娘に見えない鎖で繋がれたのだ。【テイム】という鎖をな!!』

『馬鹿なっ!!だとしたらその強度は神々がドワーフに作らせたグレイプニルよりも上だぞ?!この娘は一体何者だというのだ!?』

「初めまして、フェンリル」


 渦中の女性はフェンリルの目を見ながら自らを名乗る。


「私の名前は絵理華。今日からあなたは私の仲間だよ。だから、人を傷つけたり誰かを殺したり、何かを破壊するようなことは絶対にさせないよ」

「……いい事を聞いた」


 ずうぅん――。

 ずうぅん――。


 地響きやメリメリと樹々が踏み潰される音から、圧倒的な質量を持つ『何か』が向かってくることが分かる。


「……ならば、そのまま大人しくしてもらおう。……今すぐにこの場で死んでもらうために」


 その男は大顎を開いたフェンリルをも超える図体を持っていた。

 数歩歩いただけで一気に距離を詰めると、その姿を現す。

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