第106話:ゼロスト教の『救世主』
「先日セレンから説明を受けておったな。確か、2,000年ほど前にホロ族が生み出した民間信仰から興った宗教、というところまで話したかのう。では、ゼロスト教の教義についてワシから話そう」
セレンやテルルと同じ純白のトーガを纏っているはずなのに、その内側には底知れないほどの力を内包する比喩抜きでの神は語る。
「ゼロスト教とは世界の創成と消滅について考えた終末思想に基づいた宗教なのじゃ。どのようにして神々が世界を創り出し、どのようにして世界のシステムを回し、その世界をどのようにして畳むのか。この世界の根源は何処にあり、この世界は何処へと向かっていくのか。自分たちが最盛期の真っ只中だったからこそ、自分たちが失墜するとしたらその因果となり得るものは何か、自分たちが失墜した後の世界はどうなるか。それらの不安な要素を練り固めるうちにゼロスト教は生まれたのじゃよ」
盛者必衰の理。
「平家にあらずは人にあらず」と嘯いていた平氏が滅んだように、上位に立ち続ける者たちにも必ず終焉は訪れる。
2,000年前に遥かに高度な思想を持っていた種族だったからこそ、自分たちがいずれ滅び行く存在であることを予見していたのかもしれない。
ただ普通に構えているようでありながら寸毫の隙もない男は気楽な調子で続ける。
「こうしてホロ族は、まず最初に世界を破壊する女神と世界を創造する女神を生み出し、この二人がバランスを保ちながら破壊と創造を繰り返すことで世界の均衡を保っているとした。これがセレンとテルルじゃな。そして、その二者が暴走しないように管理する存在としてワシが生み出されたのじゃ」
ここまで説明されてイメージしやすいのはゾロアスター教か。
この世界は善の神アフラマズダと悪の神アーリマンが作り出したモノが絶え間なく戦いを繰り返すことで破壊と創造を生み出す戦場で、その悪の神の究極とも言える刺客がアジ=ダハーカ・善を司る英雄がガルシャースフだ。
「しかし、ここまで考えてホロ族は疑問を抱いたのじゃ。「破壊の神と創造の神・そして、それを管理する神だけでは、あくまで世界を回しているだけ。では、自分たちをここまで繁栄させた存在とは一体何なのか」とな。そこで彼らはこう考えたのじゃ。神様は我々ホロ族や人間たちに繁栄を齎すために、正しく導いてくださる『救世主』を遣わせたのではないかとのう」
何だろう?
何だか胸がざわめき始める。
これ以上先を聞いてはいけない。
そんな拒絶感が絵理華の胸中に芽吹く。
「その『救世主』は主神の意志を人間界で代行する役割を持っていてのう、圧倒的な力を握っているが普通の人間と同じ見た目をした者が別の世界から召喚され、人間たちに繁栄を齎し、常に群衆を引っ張って正しき方向へと導くとされておる」
宗教に聡いモノであれば思い浮かぶのは海を左右に割って民衆を導く賢者の話か。大小様々な宗教が習合した結果このような教義になったのか、そもそもゼロスト教そのものがこのような教義なのかは判然としないが、絵理華がいた世界と非常に宗教観が似ている部分があるようだ。
「……ここまで聞けば、この中の誰が『救世主』に該当するかは、もう分かるじゃろう?」
「わ、たし…………?」
「そうじゃ」
動揺する絵理華を見ながら首肯すると言葉を続ける。
「しかし、そんな都合のいいモノなど本当の意味では存在しない。人間の善と悪が表裏一体であるのと同時に、繁栄と破滅も表裏一体なのじゃ。どんな薬にも副作用があるように、素晴らしい繁栄が与えられた後には、目を覆いたくなるような破滅が待っているに違いない。そう憂えたホロ族の者たちは、剣やナイフと言った純粋な恐怖や破壊よりももっと恐ろしいものを考えたのじゃが、それが何か分かるかのう?」
当然答えは返ってこないだろうと思っていたのか、少しの間を開けた後に答え合わせが始まる。
「それは、最も信頼していたモノに何の前触れもなく突然刃を向けられることじゃ。にこにこしながら料理を作っていた妻のスープを飲んだら毒が入っていた、そんな音もなく突拍子もなく訪れる破壊こそが真の恐怖なのじゃと。そうして辿り着いたゼロスト教の終末思想は、『天界から遣わされた『救世主』が牙を剥き、世界を滅ぼすこと』。世界で一番強い魔王を斃した勇者を誰も倒すことができないように、『救世主』を止める術など誰も持ち合わせておらず、為す術もないまま指を咥えているうちに世界は滅亡するんじゃよ」
「ふああ……。もういいかしら?」
口元に手を宛てて退屈そうに欠伸をしながらメイアが言葉を投げ掛ける。
「要するに、別の世界からやって来たエリカが世界に繁栄と破滅を与える『救世主』、ってことでしょ?少なくともエリカは自分の力を振り翳して他人を恐怖させるような人間ではないわ。貴方の目論見は間違っていましてよ?」
「そうであります」
今まで一緒に冒険してきた仲間が胸を張りながら追随する。
「エリカ殿は魔王軍のモノたちとは違って、誤った力の使い方など絶対にしないであります。そんな人間が世界を滅亡させるなどありえないでありますよ?」
怒りに任せて『ニューワールド=イントロダクション』でカロルを消し去る一幕があったが、あれだってメイアを殺された復讐によるものだったし、カロルがアンデッドであることを承知したうえでの選択である。絵理華がその力を乱暴に振り翳さないことは、『ライザーズ』の面々の誰もが知っていることだ。
「確かに、山城殿は【マジックマスター】と【テイム】を正しく使い、その力を以って動物園を造ろうとしておる」
その行いを天上から見守っていた神も静かに賛同すると、
「しかし山城殿も人間。完璧な人間などいないからのう。間違えることだってあるんじゃよ。例えば【テイム】で仲間にしたモンスターたちが不思議な力によって自我を失い、無差別に人を襲うようになるとかのう!!」
「っ?!!」
とん、と持っていた杖の柄で軽く地面を突く。すると、ゼロストが使う不可視の『第三の力』によって絵理華の身体が浮かび上がった。
「がっ!!あ…………」
「絵理華さんっ!!しっかりしてください絵理華さん!!」
「助けるわよ!」
「させない!」
瞬発力に優れたタイガとメイアがそれぞれの武器を構えて駆ける。
目指すはゼロスト本体。
どのような力を使っているのかは分からないが、術者を怯ませれば止まるに違いない。
少しでもダメージを与えようと『敵』と認識した生身の老人を狙おうとするが、
「なん、で…………?」
「どういうこと……?」
まるで力が入らない。泥沼にでも取られたのように足の動きが露骨に衰えると、その場で得物を落とす。
「お主たちに言っても分からんと思うが、「竹取物語」に登場する月の使者たちを知っておるかの?本当に神聖な者というのは、生き物が戦う意欲すらも奪ってしまうんじゃよ」
動け……。
動け。
動け!
動け動け動けっ!!
目の前で仲間が束縛されているというのに、それを救えなくて何がLSランクの冒険者だ。
ハロイラも盾と剣を構えて前進するが、家族に刃を向けているのではないかと紛うほどの違和感と不自然さに苛まれ、得物を構えていることそのものが何かの間違いのように感じてしまう。二人が装備を取り落としてしまうのも無理はなかった。
「みん、な…………」
精神を掌握しようとしているのか、言葉で形容できないような黒い感情が絵理華の頭の中に流れ込んで来るような感覚に襲われる。どす黒い何かに支配されて、自分というものが何処かへと消えてしまいそうだ。
「人間は神と違って不完全な生き物だから仕方がないのう。その力に目が眩んで、世界を掌握しようと間違った力を揮うことだってあるんじゃよ!!」
「あっ!ああぁあ゛あ゛!!!」
堰を切ったかのように黒い感情がドボドボと頭の中に流れ込んでくる。
「絵理華さんっ!!」
ダメだ。
このままでは自我を乗っ取られてしまう。
震える指を鞭打って動かし、指先で操作をする。
全て逃がす
【テイム】した全てのモンスターを逃がします。本当によろしいですか?
いいえ ▶はい
(少なくともこれでモンスターたちが危害を加えることはないよね)
あくまで憶測だが、ゼロストは絵理華を操作することで【テイム】したモンスターたちを服従させ、そのまま破壊行為に及ぶ気なのだろう。
アジ=ダハーカにフェンリル・ロキ・ベヒモス・ジズ・レヴィアタン。単体で世界を滅ぼすほどの力を持ったモンスターたちが操られる危険性があるくらいなら【テイム】を解除した方が安全だ。
「ちっ。【テイム】を解除しおったか。まあ良い。【マジックマスター】があれば充分じゃよ」
【テイム】は、そのモンスターと仲良くなりたいという強い気持ちがなければ成功しないため、洗脳してしまった後には役に立たないのだが、【マジックマスター】の力を存分に引き出せるのだ。世界を滅ぼすにあたって何も問題はない。
純白に包まれた老人が生み出したとは思えないほどに黒く禍々しいオーラを放ちながら、『救世主』は地上に降り立って第一声を放つ。
「私は『救世主』絵理華。破壊によりこの世界を救います」
「なろう」にていいねが1件、ブックマークが1件、評価ポイントが20くらい増えました!如何せんこんなに高い評価をもらったのが初めてなので、未だに評価ポイントシステムのことがよく分かっておりません!藤井の作品を評価してくださった方にはこの場で纏めて感謝を!!
「溺愛もの」について、ネット記事などを読んで少し勉強しました。
記事の著者や著名人の意見を参考にすると、
恋人同士の切ない恋や愛憎を描いた作品が流行っていたが、それらの作品は恋人との死別や難病との戦い、DVなどのネガティブな要素を含む作品が多い。
いつクビになるか分からない不況・不安の社会の中ではそれらの要素に対して不安に感じる人が多いため、読み手側がより安心、より安寧を求めるために、高いポテンシャルを持つ男性から溺愛されることで、絶対に手放されない安心感を得たい、という女性が急増。それにより流行ったのではないか、
とのことです。(二年くらい前に出た記事でしたが)
昔何処かで「特に苦労をしないでも強い力を手に入れる無双チートものは、何が起きるか分からない不安定な社会において、安定したポジションに着きたいという願望の現れである」みたいな話を聞いたことがあったので、つまり話を纏めるのであれば、不況による不安定な社会下において個々人が抱いている願望を具現化したものが、男性は「無双チートもの」・女性は「溺愛もの」ということになりますね!何だかようやく腑に落ちた気がします!!
いやああれですから。
藤井はかれこれ三年間ニートをやっていますが、不安に感じることは金以外特にないですからねえ。道理で読者様の求めるものが分からないわけです!!
そういえば、社会人時代に貯めた貯金がいよいよ尽きそう……。年金50万円くらい滞納してて、この三年間はバイトの類は一切やってませんからねっ!!
出版社編集者の皆さん!!物書きとして藤井を雇ってみませんかっ?!!
ではまた!これからもよろしくお願いします!!