プロローグ
「やっと今日で仕事終わるね。長かったあ~」
気持ちよく背伸びをしながら植田阿弓が口を開く。
「折角なら、二人で何処かに出掛けようか?」
「お。いいじゃん。何処にする?」
「動物園とかどう?」
「……私たち、週5日で四六時中動物のことを見てるよね?さすがに、映画館とかスイーツバイキングにしない?」
「その手があったか!」
「ははは。山城さんは本当に動物が好きだね……」
植田が苦笑する。
「さ、あとは虎を展示スペースから獣舎に戻せば終わりだよっ!もう一仕事もう一仕事!!」
「って、目をキラキラさせながら言っても説得力ないっつの。本当はここぞとばかりにたいが君を独り占めしたいんでしょ?」
「えへへ……。バレちゃった?」
たいが君とは、この遮光山動物園で飼育されているオスの虎の名前だ。人懐っこい性格で、この動物園の飼育員たちにもよく慣れている。
飼育員用の出入り口を使ってゆっくりと展示スペースの中に入ると、一匹の虎が長い尻尾を静かに振りながらこちらを見ていた。
「今日もお疲れ!獣舎に戻ろうねっ!」
優しく声を掛けると静かな足取りでこちらに向かってきた。
「よしよーし。ゆっくり休もうねー」
絵理華が屈んで姿勢を低くすると、前脚をこちらの身体に乗せて体重を預けてきた。犬や猫などがよくやる行動だ。
「はぁもふもふ。癒されるぅ~」
近日身体を洗ったのもあって、まだ石鹸の香りが残っている。脇腹を撫でながらふわふわになった毛並みと石鹸のいい匂いを堪能していると、
かぷり。
絵理華の頭に優しく前歯が突き立てられる。
『じゃれ噛み』と呼ばれるもので、同じく犬や猫に当たり前のように見られる行動だ。仲のいい動物や懐いている者に対してやる行動であり、本人には悪気はない。
のだが、
「ちっ!ちょっと!!いくら何でも激しすぎないかなっ?!!」
引っ掻かれれば人肉など簡単に削ぎ落とせてしまうほどに鋭く尖った爪と、獲物の喉笛を一撃で嚙み殺せるほどの力を持った顎と牙。
例え本人が「じゃれているつもり」でも、人間にとっては致命的な力となる。
「いだだだだだ!!!植田さんっ!!園長!園長呼んできてえっ!!」
しかも相手は全長3m、体重は200kgを超える図体を持つベンガルトラ。成人女性では押し倒されて馬乗りになった状態から抜け出すのは容易ではない。
「…………っ!!」
一緒にいた女性の身体から止め処なく流れ出る赤黒い液体を見て、思わず叫び出しそうになった植田だったが、もし叫び声に興奮して他の虎が襲い掛かってきたら自分も同じ羽目になる。
明かりが少なくなった展示スペースで静かに光る双眸に背筋を凍らせながらも、静かな足取りで展示スペースを抜け出し、虎たちが逃げ出さないように扉をしっかりと閉める。
しばらくもしないうちに園長と数名のスタッフが駆け付けたが、助け出した絵理華の身体は生き物としての温もりを失っていた。
毎日新作投稿スタートです!
一か月くらいで書き上げたものなので、皆さんを満足させられる内容かどうかは少し不安ですが、お付き合いしていだだければ嬉しい限りですっ!!
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ちなみに、第1話は今日の16時頃に公開致します。よしなに!!