001 目覚め
「亜空間航行終了。超広域惑星探査艇【オライオン・ナイン】は通常航行に移行します。船員並びに軍員のコールドスリープを解除します。皆様、おはようございます」
眠っていた頭に突然アナウンスが流れ、俺たちが眠っていたコールドスリープカプセルの蓋が開き始める。それと同時に何かの薬品が体内に注入され、意識を強制的に覚醒状態へ変化させた。意識の強制的覚醒の激しさたるや、飛び起きた瞬間に胃液を床にぶちまけた。
『シオン、おはようございます。よい目覚めですね』
頭の中、ではなく、耳につけている無線インカムから懐かしい声が聞こえた。
「……ジーク、久しぶりだね……」
無線インカムの声の主を俺はジークと呼んでいる。正式名称は長ったらしいので覚えていないが、彼は戦闘支援システムAIだ。
俺の名は【シオン・アウレリウス】で、今現在は宇宙空間にいる。ここは宇宙艦の中で、宇宙艦の名は超広域惑星探査艇【オライオン・ナイン】という。俺は軍人としてオライオン・ナインに搭乗しており、戦闘支援システムAI【ジーク】は俺の戦闘をサポートする相棒である。まぁ戦闘以外でもジークは俺を助けてくれている。
「ジーク、前の宙域を離れどれくらい経った?」
『およそ十光年というところでしょうか』
「十光年……。ずいぶん遠いところまで来たもんだな」
『亜空間航行、いわゆるワープでもこの宙域にたどり着くまで約1年間もかかりました。しかしもうすぐ目的の惑星へ到着予定です。既にオライオンが惑星を捉えていることでしょう』
「居住可能な惑星だといいのだがな」
西暦2180年代。地球は科学技術文明により繁栄を謳歌していたが、急激な変化に耐えきれず環境は破壊された。温暖化で海面は10m近く上昇し、多くの島が、町が、大陸が海に沈んだ。地球が死にゆく中、人類は居住可能な新たな惑星を求め宇宙へ旅立つ決意をする。
西暦2195年代。問題となっていた原子力エネルギーを利用することで宇宙での航行が可能となり、12隻の宇宙艦が建造される。その艦は【オライオン】という名が付けられ、全長5kmの巨大な艦に一般人、船員、軍人、研究者など約1万人が搭乗し、人類が居住可能惑星を求めて旅立った。
地球を旅立ってから100年ほど経ったが、未だに居住可能な惑星は見つかっていない。
俺は地球を知らない。このオライオン・ナインで生まれ育ったからだ。地球の映像が艦に現存されており、それを見て知った。あれほど美しく力強い惑星を壊すとは、人類は馬鹿ばっかりだ。それでも俺は軍人として、居住可能な惑星を探す努力を怠ることはない。
『シオン、司令部より出頭命令が来ています。吐しゃ物で汚れた服は着替えて、司令部へ向かいましょう』
「了解した。行こう」
未だ周りでは突然の目覚めに困惑している者や、俺と同様に吐いている者もいるが、彼らに構っている時間はない。逃げ場がない宇宙空間においてパニックは自分で治すしかないのだ。
ジークのナビ機能を頼りに歩いていると見知った顔を発見する。
「やあ、アレックスじゃないか」
アレックスと声をかけると彼は振り向き、溢れんばかりの笑顔を俺に向ける。
「やぁシオン! 久しぶりだね!」
「久しぶり。アレックスも出頭するのかな?」
「そうだよ、ということは君も? 良かったぁ。誰も知っている人がいなかったらどうしようって考えていたところだったんだ。君も一緒なら心強いよ」
しばらく2人で歩いていたが自分の部屋に着いたので、「またあとで」と言って別れる。
約1年ぶりの自分の部屋だ。部屋の中はベッドと机と椅子とロッカー、それに数冊の本しかない。艦内での仕事が忙しく、部屋は寝起きする場所でしかなかった。それでも1年ぶりの部屋はどこか懐かしく思えた。
ベッドで一息ついた後、ロッカーから軍服を取り出す。
階級によって軍服の色は違ってくる。一番上の階級は黒、その下が赤、その下が白、その下が緑となっており、俺は白い軍服だ。白は尉官クラスとなっており、俺は少尉の地位にある。まぁ立派な肩書があってもこの艦内じゃあ下層クラスに位置しているが。
『シオン、時間です』
「わかった」
吐しゃ物まみれの服を部屋の外の篭に入れる。ここに入れておけば、掃除の巡回ロボットが自動で回収し洗濯へ回してくれる。
どこか心地悪さを感じつつも軍服に袖を通す。ロッカーに備え付けてある鏡で自分を写し不備がないか確認する。いつもの事だが、俺は白い軍服が全く似合っていない。さきほどのアレックスは金髪に童顔という女性にモテる容姿のため、この色の軍服がよく似合う。まさに王子様だ。対して俺は灰色っぽい髪の色しているため、白の軍服とは色の相性が悪い。
『シオン、そろそろ行きましょう。遅刻します』
「わかった。出よう」
部屋を出て大きな通路を通っていくと司令部に出る。軍人の居住フロアと司令部は目と鼻の先にある。俺は比較的近いほうだが、遠い人はかなり遠く司令部に辿り着くまで20分以上歩かなければならない部屋もある。
5分ほど歩くと司令部の看板を見つけた。
「認識番号FO12689、シオン・アウレリウス、司令部に出頭いたしました」
「入りなさい」
「失礼致します」
自動扉が開き中に入り敬礼する。
既に他の出頭者が整列していた。どうやら自分が最後のようだ。
部屋は広いドーム状の作りになっており、大画面スクリーンのほかに、いくつかの中サイズや小サイズのスクリーンがいくつもある。大画面スクリーンの前には6つの席があり、6人の技術士官がそれぞれの仕事に従事している。6つの席より数段高い場所に一人の女性が立っている。彼女こそ、俺たち軍人を纏める司令官、【エルザ・アウレリウス】だ。ちなみに母違いの姉でもある。
「揃ったようなので任務を説明する。大画面スクリーンに現在の状況を映して」
下の技術士官に指示を出すと、大画面スクリーンに1つの惑星が映し出される。どうやらあれが目的の惑星のようだ。
「【惑星ツーワン】と命名するわ。ツーワンは本艦の直進上に位置しており、明日には衛星軌道上に到着する。さきほど行った遠隔監視調査によれば、ツーワンは地球と同質量であり、水と植物が存在することが分かった。つまり地球と同じく酸素が存在する可能性がある。そこでここにいる12人を調査隊として派遣することが決定した。諸君は明日〇八〇〇時、【高軌道兵器アキレウス】に搭乗しツーワンへ降下後、通常通り惑星調査を行ってもらう」
大画面スクリーンには降下のスケジュールが図になって映し出されている。その図を見ると3班に分かれているようだ。
「班を分けるのですか?」
「そうだ。ツーワンは広い。効率的に調査するには4人1班を3班作りそれぞれ降下する。この後、アキレウス搭乗口へ行き、班編成及び隊長を確認するように。他に質問はある?」
「調査は惑星探査法に則って行うのでいいですか?」
「そうだ。ツーワンに文明が築かれている場合は過度な介入は禁止。武力の使用は自衛のみに限定すること。破れば軍法会議後、処刑される場合がある。心して。他にないようならこれで解散とします」
「「総員、気を付け!」」
一斉に敬礼をする。エルザも敬礼を返し解散となった。
今までは仕事だったが、これからはプライベートだ。エルザに近づきポンと肩を叩く。
「お疲れ姉さん」
「シオンもお疲れ様」
仕事上は上司と部下であるが、プライベートでは仲のいい姉弟だ。
エルザの軍服の色は黒。つまり将官クラスだ。階級は中将でオライオン・ナインの中では最高位の階級となっている。
「あなた達の調査が終わるまでの間、私達は衛星軌道上に留まるわ。調査は短ければ数カ月、長ければ数年かかる場合もある。衛星軌道上にベースとなる基地を作るつもりよ」
「わかったよ」
「長かったら数年も会えないなんて、私は心配だわ……」
あからさまにガクッと肩を落とすエルザ。凛々しく美人で軍人だけではなく、艦内でも屈指の人気者であるエルザだが、ちょっと過保護気味なところがある。これは俺しか知らない事実だ。
「姉さん、大丈夫だ。1週間に1回は通信する決まりだし。俺よりも姉さんは【ファガス】に気を付けてくれ。奴らは神出鬼没なんだから」
「そうね」
ファガスとは人類が宇宙へ進出した時に最初に出会った知的生命体だ。
未知との遭遇で人類は交信を試みたが失敗。ファガスは人類に攻撃を仕掛けてきた。12隻建造されたオライオンの内、2隻が奴らによって撃沈されたのだ。それ以来、人類は惑星を探しつつファガス殲滅も目的にして活動している。
ファガスと遭遇した際は殲滅するのが決まりとなっているが、奴らの技術力は人類よりも遥かに上にあり、なおかつ艦隊とも呼べる数で一つにまとまって行動しているため、いつも劣勢になっている。ちなみにジークのような戦闘支援システムは、ファガスと戦うために開発された。
「ま、姉さんがいればこの艦も大丈夫だろうし、俺は心置きなく調査してくるよ」
「わかったわ。あなたに星々の導きがあらんことを。さ、仕事に戻るわね」
「ああ、それじゃあ、また」
再び司令官の顔に戻ったエルザを見つめながら、俺は司令部を後にした。
その後、部屋に戻るまでに何人かの知り合いに会い、少し会話し、部屋に戻る。
惑星調査に必要な物はほとんど用意されているので、あとは下着や私服ぐらいしかない。それらをカバンに詰め込み、明日に備え早めに就寝を取ることにし、ベッドに潜る。コールドスリープから目覚めたばっかりのため少し疲れたのか、すぐに眠りに落ちた。
始めまして、冬人です。
「十光年先で俺は冒険者となる」は初投稿作品となります。
文字を書くことに、作品を作ること、に慣れていないため、更新速度はゆっくりめですが、長い目で見ていただけると幸いです。
また感想もお待ちしております。
それでは皆様、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m