レアチーズケーキ
僕らが初めて出会ったのは大学のサークルだった。同学年の僕らはボランティアサークルで出会い、僕は彼女に一目ぼれをした。色白で可愛い顔立ちの彼女は当然モテていて、僕は自分の想いを隠し彼女の友人になったのだ。
彼女は大学一年から二年ほど付き合っていた男がいたというが、結局別れてしまい何故か彼女はしばらく彼氏を作らなかった。彼女に湧き近づいてくる男は数え切れないほどだったが、彼女は告白に頷くことはない。
好きなアーティストが同じことがきっかけで仲良くなった僕らは、良き友人で僕は彼女の恋愛対象ではなかったはずだった。しかし一か月ほど前、彼女から一緒に出掛けないかと誘われた。断る理由はないからという名目で了承したが、突然の出来事に僕は歓喜で満ち溢れる。
彼女に誘われた事実が信じられず、騙されているのかもしれないと疑いを持ったほどだった。そんな僕の疑心暗鬼は無駄に終わり彼女は約束通りの時間に集合場所に訪れ、僕たちは彼女が行きたいと行っていた水族館に行き、食事を共にし夕方ごろに解散した。なんと幸せな時間だろう、一生この思い出を持って生きて行こう、と意気込むが彼女の笑顔が頭から離れず帰りの電車では口を開け、あほ面を浮かべていた。
帰ってからお礼の連絡をすると、彼女は楽しかったからまた会いたいという旨の文章を僕にくれた。それを社交辞令だと感じた僕は、じゃあ来週は動物園かな、なんて調子のよい文章を送る。すると彼女は、来週も楽しみという言葉を僕に送ってくれた。
一体彼女は何を思い、僕と時間を過ごしたいと思っているのだろうか。そんな疑問を抱いたまま今日で四回目のデートだった。彼女の気持ちは分からないが、男女が二人きりで目的もなしに出かけることをデートと言うならば、これは確実にデートだが、如何せん彼女の気持ちが分からないため、僕は告白もせずにいた。
ケーキをおいしそうに頬張る彼女を見て、僕はクスリと笑う。そんな幸せと同時に訪れる煩悩と邪念の数々。傍から見れば、僕らはカップルなのだろうか。こんなかわいい子が彼女ならば、どんなに人生が幸せだろう。
しかし妄想もリアリティーを増せば怖くなる。もし告白をして彼女が僕に気がなかったら、もう僕は彼女と二人きりで会うことは出来なくなる。例え付き合えたとしても、僕は彼女に釣り合わない。きっとすぐに振られてしまうだろう。
「陸人君、食べないの?」
手を付けてないレアチーズケーキと僕を交互に見ながら、彼女は言った。
「うん、食べるよ」
フォークでひとすくいレアチーズケーキを口に運ぶと、口の中に甘ったるい香りが広がる。
「美味しい?」
首を傾げて天使のような微笑みで僕を幸せで包み込む彼女。この笑顔を十年後も見ていれたら、僕がこの世に生きている意味があるような気がする。
「うん、ちょっと甘いけど。食べる?」
嬉しそうに頷く彼女にケーキが乗った皿を差し出す。控えめにフォークでレアチーズケーキを分け、それを口に運ぶ彼女の唇は弾け飛びそうなほど豊満で、彼女の小さな舌が一瞬顔を出し、口角に付着したレアチーズケーキを口内に運ぶ。何故か彼女の舌の動きが遅く思えて目が離せない。きっと想像よりも遥かに柔らかいのだろうと思い、そしてその思考の破廉恥さに気が付くと僕はコーヒーに目を落とす。
「甘さ控えめで美味しいね。ありがとう」
レアチーズケーキが乗った皿が僕の近くに帰って来た。
「もっと食べていいんだよ?」
コーヒーを啜りながら僕は言う。すると彼女は九割ほど食べ終えた苺のタルトを見下ろす。
「分けようと思ったのに、こんなに食べちゃった。」
そう言って悲しげな表情を浮かべる彼女は、上目遣いで僕を見る。
「いいんだよ。好きなぐらい食べて」
あざとい彼女の振る舞いが例え計算している可愛さだとしても、僕に可愛いと思われたくての行動なら愛おしくて仕方ない。むしろどんどん彼女の策略にはまり、彼女の魅力に夢中になって手のひらで転がされたい。彼女に翻弄されるなら、本望だ。
「ありがとう」
またレアチーズケーキにフォークを伸ばしいたずらに笑う彼女は、世界で誰よりも可愛らしく、そして何だか遠かった。