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不在連絡票  作者: 狐火
西田冴
4/8

ストレスフル

「だから泊めてよ。あの家に帰りたくないの。お願い」


 私は創志の膝に手を置いて、上目遣いでそう頼んだ。はぁっと創志はまたため息をつき、膝にある私の手を払う。


「お前さっき、家に泊まらせてくれたら何でもしてあげるって言ったよな?」


「うん」


「じゃあ着いてこい、泊めてやるよ」


「え」


 創志は立ち上がりそそくさと歩き始めた。


「まじ? ほんとに?」


 私は創志の後を追いながら、そう何度も聞き続けた。


「うるせぇな。いいって言っているだろ」


 ポケットに手を突っ込み、ぶっきらぼうに答える創志。私は笑顔を浮かべ、足早に歩く創志を必死に追い続けた。


「お前、名前は?」


「西田冴。あんたは?」


「加藤創志」


「そうし? 珍しい名前」


「よく言われるよ」


「創志は何歳なの?」


「二十。てか何で呼び捨てなんだよ」


「私は今年十六歳。いいじゃん、四歳しか変わらないんだよ」


 創志は舌打ちをして振り返る。眉間にしわを寄せ、不機嫌そうな表情を浮かべていた。細眉に切れ長の目、意外にすっと伸びた鼻筋に薄い唇。いかにも不良の見た目をした創志の鋭い視線は、私に身震いさせた。気を悪くさせたならごめんなさい、そんな可愛らしい謝罪が出来るほどの頭の良さは私には無く、私は創志の眼差しに怖気づいて何も言えずにいた。


「……腹は?」


「へ?」


「腹は減ってないのか?」


 創志は視線をいつの間にか近くに現れていたコンビニの方へ目を向けていた。


「俺の家、なんもないからいつもコンビニで買うんだけど。お前もなんか食べるか?」


 怒っていないんだ、と安心し身体に入った力が抜け、地面に座り込んでしまうような感覚を覚えながら私は頷いた。


「じゃあ行くか」


 創志は足先をコンビニの方へ向け歩き出す。


「お、怒ってないの?」


「なにが?」


 暗闇に慣れた目には強すぎるコンビニの光りに目を細め、私たちはコンビニに入っていった。


「さっき舌打ちしたから」


 慣れた手つきでカゴを持ち、創志は弁当コーナーに向かう。


「舌打ち? してないけど」


 深夜だからか種類の少ない弁当コーナーの棚をじっと見つめ、創志はこちらを見ない。


「そんなことより早く夜飯選べよ」


「買ってくれるの?」


「年下に金払わせるわけないだろ」


 私は創志の顔色を疑うのをやめ、弁当コーナーを見ると自分の空腹を感じ始めた。エビチリの弁当を手に取り、創志の持つカゴに入れた。


「俺もエビチリにしようと思ってたのに」


 そう言った創志の手元を見ると、確かに創志の手にはエビチリとかつ丼があった。


「かつ丼にするわ」


 エビチリを棚に戻し、かつ丼をカゴに入れると創志は飲み物のコーナーに行った。そして缶ビールを数本手に取る。


「家に飲み物ないからなんか買えよ」


 創志の言葉で私はお酒の棚に手を伸ばすが、創志は私の手を叩き睨んだ。私は口を尖らせたのち、ジュースコーナーに行ってオレンジジュースを取った。


「お子様はそれでいいんだ」


 ニヤニヤと笑ってオレンジジュースをカゴに入れる私を見ていた。


「お子様だから、お菓子も欲しい」


 歩きながらお菓子を何袋か手に取り、私は創志に笑顔を見せた。


「大人様もお菓子は欲しいな」


 カゴを差し出した創志の、八重歯の見えた可愛げのある笑顔で私の胸は高鳴った。突然のときめきに動揺し、私は創志から目を逸らしカゴにお菓子を入れる。創志はレジに行き、本当に私にお金を出させなかった。




 コンビニから十分ほどあるいたところに創志の住むアパートがあった。築四十年位のボロボロのアパートで、お世辞にも綺麗なところとは言えなかった。二階が創志の住む部屋で、表札には「加藤」と記載されている。鍵を開けて創志は扉を開き、私を中に入るよう促した。私は恐る恐る玄関に入り、靴を脱いで部屋にあがった。靴を脱ぎ私を追い越した創志は、迷わずリビングに向かう。私はそれを追いかけた。


「ここがリビング、あっちが台所。廊下出て右にトイレと風呂があるから好きに使って」


 創志の部屋は雑多に物が置いてあったが不衛生ではなく、そこまで汚いわけではなかった。


「ありがとう」


 買ってきた荷物を背の低いテーブルに置き、お弁当を二つ取り出すと創志は台所に向かった。二人で住むには少し狭いこの部屋。あまり煙草臭くはなかった。


「そう言えば、さっき何で一回吸っただけの煙草を地面に捨てたの?」


 私は台所に向かって歩き、創志に聞いた。


「ん?」


 創志は記憶を辿るように上を向いた。


「あー。俺今禁煙しているのに、それ忘れて吸おうとしたから」


 ポケットから煙草とライターを取り出して、創志はそれをリビングのソファーに投げた。


「禁煙しているの忘れてポケットに入れて、煙草吸ってる最中に禁煙してること思い出したってこと?」


 私の言葉が正解だと言うかのように、電子レンジからチーンっと温め終了を知らせる音が鳴る。


「そう」


 アツアツのお弁当を電子レンジから取り出し、創志はそれを熱がりながらリビングの机に運ぶ。コンビニの袋を覗き、箸が入ってねぇ、と文句を言って舌打ちをする創志。印象とは違い人情味があることを知って、私はその時すでに創志のことを好きになり始めていた。


「ありがとう」


 創志の背中に向かって私は呟く。創志は私の方へ振り返り、キョトンとしていた。


「俺の家、箸ねぇけど?」


「は? 食べれないじゃん」


「竹串ならあるけど」


 リビングの端にある棚の引き出しから竹串を取り出す創志。


「……イケる?」


 創志は床に座りかつ丼の蓋を開け、竹串でそれを食べ始める。


「イケないこともない。食いづらいけど」


 創志の正面に私も腰かけ、テーブルの上に乗ったエビチリの蓋を開けると竹串でそれを食べた。


「やべぇ。スプーン欲しい」


「な」


 缶ビールを開け、創志はのど越し良く呷った。


「お酒いいな」


「オレンジジュースあるやろ」


「お酒いいな」


 オレンジジュースの入ったペットボトルを創志は私に軽く投げる。それを受け取り私は創志の真似をし、一気に飲んだ。


「酒なんてな、ノンストレスで生きてる未成年者には要らねぇんだ」


「ノンストレスじゃないもん。ストレスフルだもん」


「ストレスフルなんて言葉分かるんだな」


 創志の言葉に苛つき、私は大きな音を立てて舌打ちをした。


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