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側妃からの呼び出し

(ただし呼び出されたのは王様である。)

 『今夜十時。私の部屋』


 挨拶も無い必要なことのみ書かれたとても妻が夫に書いたとは思えない簡潔な手紙を手にして、コルネリウス二世が血の気の失せた顔で硬直していた。美しい碧眼は恐怖と焦りで見開かれたまま。空は晴天、日中は僅かに汗ばむ陽気だというのに、その手紙を読んだ瞬間極寒の地に投げ出された様な心地になって思わず身震いした。


「ド、ドロテアが…ドロテアがめっちゃ怒ってる……!!」


 側近達は同時に目配せし合う。『そりゃそうだろうよ』と全員の目が語っていた。帝国出身というだけで未だに警戒されている彼の側妃が、この十四年間あらゆる悪意や陰謀から二人の子供達を守り通してきたのだ。だというのに、夫たる国王が必死に守っていた我が子を陰謀渦巻く環境のど真ん中に放り込んだ。王位継承権の順番上致し方ないが、事実を知った時の側妃の心情はまさしく怒髪天をつく、というものだろう。どうか陛下に明日がありますように。そう祈りながら、賢い彼等は気配を殺して黙々と仕事を進めた。




 ベットに腰掛けて不機嫌そうに腕を組んだ王の側妃ドロテア。長く豊かな金髪を後ろで緩く纏めて右肩に流し、息子と同じヘーゼルの双眸は今や剣呑に輝いている。『帝国の至宝』とも呼ばれ、数多の帝国貴族からの求婚を退けてまで王国に嫁いできた美姫の眼前には、予定より早く仕事を片付けてきた夫が緊張で身体を強張らせたまま、床に正座して目を泳がせていた。暫しお互い無言の攻防を続けていたが、それも唐突に終わりを告げた。ドロテアの淡い桃色の唇から、吐息と共に鈴を転がすような甘く可憐な声がゆったりと紡がれる。


「ねぇダーリン?一週間以上も前にヴィルヘルムが王太子に内定したなんて、私全く知らなかったわ。王女(エーファ)から最近あの子の元気が無いと聞いて心配になった物だから、侍女をおど…おもてなしして教えてもらったのよ。此度のヴィルヘルム立太子の件、どうして母親の私が蚊帳の外だったのかしら?」


 二児の母とは思えない程に少女と見紛う美貌で、ドロテアはそっと唇に手を当ててビクビクしている愛しい夫に微笑みかける。


「勿論、経緯も含めて教えていただけますでしょう?でないと──暫くお触り禁止ですわダーリン?」

「そっ!それは拷問に等しいのでは!?」

「お黙りダーリン。出禁にしますわよ」

「……………」


 ぐっと押し黙ってから、腹を決めたコルネリウス二世は、エトムントの失脚からヴィルヘルムが王太子に内定するまでの経緯を、掻い摘まんで説明し始めた。夫が説明を終えて口を閉ざすまで、黙って話を聞いていたドロテアは、重々しいため息をはき出した。


「ローザリンデ様の心労お察しするわ。ついでに、昔から『将来の夢は世界征服さ!え?だって面白そーじゃん!』なんてほざいていらしたお兄様(皇帝陛下)は、さぞお喜びでしょうね。きっと奇声を発しながら部屋で踊り狂い、秘蔵のワインで乾杯し挙げ句の果てに連日盛大に宴を開いては、側近達に『もう止めてくれ』と泣きつかれている事でしょう。私の妄想?そんな訳ありません、何年兄妹やっているとお思いですか」


 ぷりぷりと怒ってみせる愛妻を内心邪な目で見つめていると、ふとドロテアの瞳が不安げに揺れる。膝の上で組まれた両手に力が入った。


「お兄様はそれなりに家族思いですが、大国の主らしく野心家なのです。武力であろうと血筋であろうと、この国を侵略できればそれで良いのだから。私は…今まで以上に無粋な思惑に晒されるあの子が心配だわ…」

「解っている。それでも私は、王としてあの子を即位させるしかない。資格も素質も劣るダミアンでは駄目だ。甥が治める国を皇帝が侵略することは無いだろうし、レディ・シュワルツという人材が他国へ流れる事も防げた」


 本来継承権第二位だったヨハンは亡くなっている。ヴィルヘルムは確かに王でも手を焼く腕白少年だ。王族らしい振る舞いも畏まった場も苦手で、度々勉強をサボっては家庭教師に説教されているらしい。けれど、と息子の輝かしい笑顔を思い浮かべる。あの笑顔に惹かれる者は多いのだ。まぁ、それも最近は翳っているが。


「笑顔一つで人心を集めるカリスマ性。それもまた、王の素質だ。それに…義兄が野心家だからと言って君を手放すつもりは無いよ。愛しい私の宝玉(ドロテア)


 熱の籠もった目で真っ直ぐ見据えられて、ドロテアの心臓が跳ねる。伸ばされた手を取ると、直ぐに指を絡められて手の甲に口付けられた。それだけの行為に顔が熱くなる。


「──知っていますわ」


 初めて会った祖国での夜会で側妃にしてでも欲しいと求められた時、同じ様に側妃になってでも欲しいと思ったのだから。

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