表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

これぞ寝耳に水

 ベルキア王国第三王子ヴィルヘルム・プリンツ・フォン・アルテンブルクは、今年で十四歳になったまだまだやんちゃ盛りの少年だ。庭の木を見上げていたと思ったら、『何か良い感じじゃん』と呟いて登り始めてメイドや侍従の寿命を縮めたり。その辺にいた蛇を鷲掴み、意気揚々と母親にみせたら絶叫されたり。


 そんなやんちゃで落ち着きを母親の胎に忘れてきたヴィルヘルムであったが、しかし彼は今久しぶりに顔を合わせた父王──コルネリウス二世を呆然と見上げ、アホ面を晒した。折角の美少年が台無しである。


「え…。イルマって、エトムント兄様と婚約している、あのイルマ義姉様ですか………?」

「そのイルマで間違いない。シュワルツ公爵家の長女で、先日までエトムントの婚約者だったが、彼奴の不始末により婚約は白紙となった。それによりエトムントは継承権を失い、現時点で継承権トップのお前と婚約とする」


 腰までの栗毛を三つ編みにした碧眼の美丈夫の父が国王然として告げる。その言葉を聞いて、ヴィルヘルムは最近兄の姿を見かけない事に気付いた。じっとしているのが苦手な彼はよく王城で遊び回っているため、一日に何度か他の兄姉弟妹を見かけるのに。『兄様、もしかして謹慎でもしてるのかな』と、漸く思い至る。父親譲りの栗毛(所々に葉っぱが絡んでいる)に帝国の皇族に多いヘーゼルの瞳を持つ、見た目だけなら美少年のヴィルヘルムは不安げに尋ねた。


「それは…イルマ義姉様がこれまで兄様の婚約者として費やした時間を、無駄にしないために…ですか?」


 まだ立太子こそしていないものの、王の嫡男であるエトムントは正妃の実家の後ろ盾もあって次期国王の最有力候補とされていた。当然、その婚約者たるイルマにはそれ相応の教育が施されていた筈だ。王は頭痛を堪えている時のような顔をして、重々しい首の動きだけで肯定する。


「正妃の子は残るはハンネスのみだが、あれはまだ三歳。流石に十五年後の成人まで待ってくれとは言えないからな。相手があのリウィナ帝国の血を引く王子なら、シュワルツ公爵も一先ずは納得するだろう」


 覇権主義国家である大国リウィナ帝国の皇帝を兄に持つ元皇女ドロテアは、王の二番目の妃にして第三王子ヴィルヘルムと彼の妹第二王女エーファの母親である。帝国の血を引く王子が王位につく事を危険視する声も確かにあったが、王の子の中で件の令嬢と年齢が釣り合うのが彼しか居なかったのだ。


「成人するまで後四年。それまでに帝王学をしっかり修めなさい。それ以上は待たない」

「っ、……はい」


 イルマは今年十八歳で、この国では成人とされる。そんな令嬢をもう四年未婚のままでいさせるのだ。勉強が遅れていて立太子が難しいとなれば、イルマはますます嫁き遅れてしまい、シュワルツ公爵の怒りに油を注ぐことになるだろう。理解に至り、勉強があまり得意では無いヴィルヘルムは青くなった。


 しかし、ふと思う。『果たして、あの兄は何をしでかして継承権を剥奪されたのか』、と。顔に出ていたのだろう、王が苦い顔をした。王の横に立って黙って成り行きを見守っていた宰相が、気遣わし気に声を掛ける。


「王よ。説明は私が…」

「いや、いい。我が子ながら実に情けない話だが、兄の失態に巻き込まれたヴィルヘルムには知る権利がある」


 緩く首を振りながらため息をついてそう返した父親を、ヴィルヘルムは複雑な思いで見つめる。そう、今更ながら気付いたが、自分は巻き込まれたのだ。ヴィルヘルムとてもう十四歳。王族である以上将来を好きに選べはしないが、それでもやりたい仕事くらいあった。それを手放さなくてはならないのだ。


「ヴィルヘルムよ。お前の目から見て、二人の仲はどう映った?」

「え?…悪くは無かったと思います。手紙のやり取りも、贈り物もしていた様ですし」


 記憶の中の二人と、当人達から聞いた話を思い返して答えると、王と宰相はなんとも言い難い表情になった。


「そうだな。二人の仲は良好だった。…表面上は」

「どういう意味ですか?」


 不穏な気配を感じ取り、ヴィルヘルムは恐る恐る尋ねる。


「仲が良いのは表面上だけだったらしい。手紙は代筆、贈り物は侍従任せ。裏では密かに下位貴族の令嬢に入れ込んでいた様だ。よりにもよって、ブリューゲル伯爵家のガーデンパーティで相手の令嬢がレディ・シュワルツに嫉妬してエトムントとの関係を大声で暴露したらしい。大勢の目があったからな…すぐに公爵の耳にも入り、後は…先程説明した通りだ」


 王は、おそらくまだ十四歳の自分に配慮して至極簡単に説明したのだろう。けれども、ヴィルヘルムとて王族として十四年生きてきたのだ。エトムントの不義理とその令嬢の振る舞いは、長兄への敬愛や憧れと言った感情を、急激に翳らせていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ