第二話
聞き覚えのある陽気なDJの声が、ようやく梅雨が明けたね、もうすぐ夏休みだと楽しげに語り、夏にぴったりなこの曲を、とやはり陽気にタイトルコールした。
『サマーアップル サイダーガール!』
ああ、と溜息が自然にこぼれた。
軽いギターソロから始まる初恋をテーマにしたこの曲は、今、俺の一番のお気に入りだった。
「ギター、コピーしてたんだけどな」
なにげに窓に目をやると、梅雨明けのさわやかな夏空がずっと向こうまで続いていた。
あの空の下には何があるんだろうな。
珍しくセンチになって俺は思う。
病室の中でくすぶっているこんな俺の世界より、ずっと明るいものがあの空の下にはあるような気がした。
☆
ぷしゅっと空気の抜けるような音がして、俺は思わず振り返った。
人がまばらだったこともあって、俺とその人はまっすぐに目が合う。何か用があって振り返ったわけじゃないから、そのまま固まってしまった。
何せ相手は女の子だったから。
白いワンピースを着た女の子。多分、同い年くらい? いや、もっと上かな。
その彼女が片手に透明な瓶を持ち、不思議そうに俺を見返していた。
あ、そうか。さっきの音。
俺はまじまじと瓶を見る。
水色の瓶には見覚えがあった。サイダーだ。そうか、さっきの『ぷしゅっ』は、サイダーの栓を抜いた時の音か。結構、大きな音が出るんだな、ペットボトルじゃなくて瓶か、珍しいな、なんてどうでもいいことをいろいろ考えていると、不意に彼女が笑った。
「サマーアップルパイだね」
気が付くと、今度は彼女が俺の持っている包装紙につつまれたアップルパイをみつめていた。
「いいな、買えたんだ。私が来た時はもう完売だった」
「あ、うん。これがラスイチ」
「そっか。一歩、遅かったか」
名残惜しそうな彼女に、少し迷った後、俺は言った。
「良かったら……半分、食べる?」
「食べる!」
一瞬の迷いもなく彼女は返事をし、駆け寄ってきた。その時、風に乗ってふわりと、どこか懐かしいような匂いがした。
俺が半分渡した『サマーアップルパイ』を少しの遠慮もなくぺろりと平らげると、彼女は満足そうな表情で持っていたサイダーをぐいとひとくち飲んだ。短くカットした癖のない髪がさらりとゆれる。
「はーっ、おいしかった。話題になるだけのことはあるわね、サマーアップルパイ」
「ふうん。そう」
店の前に置かれているベンチに結構な至近距離で俺たちは座っている。
初対面の知らない女の子とこうして肩を並べて座って、サマーアップルパイなる流行りもののスイーツをほおばっているこの状況って、かなりぶっ飛んでいると思う。
俺は複雑な気持ちのまま、パイの最後のひとかけを口に入れると隣の彼女をそっと観察した。
小麦色に焼けた腕と清楚なワンピースの白が本来ミスマッチなはずなのにそのコントラストが意外と調和している。小柄で細身。顔もすっごく可愛いってわけじゃないけど、何だか愛嬌がある。いわゆる人好きのする顔。目はその反面、細くて凛としている。眩しそうに空を見上げるその感じがとても魅力的で、実際よりもずっと美人に見えた。
「君は気に入らなかった? サマーアップルパイ、美味しくなかった?」
不意に彼女がこちらを向いたので、おれは慌てて目を背ける。じろじろ見ていた罪悪感からぶっきらぼうに答えた。
「別に。普通に美味しかっただけだよ」
「はあ?」
細い目が見開かれる。本気で驚いているようだ。その驚きにこっちも驚く。
「え? 何だよ」
「だって、このアップルパイを食べたくてこのお店に来たんでしょ? 並んで買ったんじゃないの?」
「まあ、そうだけど」
確かに、今話題の『サマーアップルパイ』を食べるためにここに来た。
平日の午前中だからと侮っていたら、店の前には既に結構な人数が並んでいて、俺が買えたのは並び始めて一時間後。それも最後のひとつだった。
「だったらなんでそんなに薄い感想なの? そもそもサマーアップルパイがどんなパイか知ってる?」