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三角関係と奇妙な蚊帳の外

作者: きのじ

 夏のうだるような暑さの中、高校生活を営んでいる俺はたった一人だけの部活動『文芸部』の活動を終え、いつものように部室でもある自分の教室の掃除をしていた。

 時刻は夕方だ。

 この時刻ともなれば蝉の鳴き声やグランドからの声が一旦鳴りを潜めるものの、待っていましたと言わんばかりにひぐらしの物悲しい鳴き声が響いてくる。

 掃除の手を緩めず、ふと思うことがある。

 自分がいかにこの世界にとって無害かということに。

 そのこと事態は特段恨む事もなく、誇ることもなく、自分の存在並みにどうでもいいことでしかないのだが、この立場にいることは嫌いじゃない。

 そう思っていると教室の扉が乱暴に開けられた。

 息をせき切らして入ってきたのは、同じ学年ではあるものの隣のクラスの女子であるA美さんだ。

 A美さんは目立つ存在だ。主にその大和撫子のような容姿と常に最上位の成績から。

 A美さん自身は普段は物静かであるものの、人当たりがよく、気が利く人だ。会話をすれば弾むし、流行にも聡い。

 A美さんは俺を見ると見て取れて困惑し、どうすればいいのか迷っているのが分かる。

「何か忘れ物?」と聞きながらも、俺自身、A美さんの突然の来訪には戸惑っていた。

 その所為で隣のクラスの人なのに忘れ物等と聞いてしまった。 

 A美さんは目を伏せ、「えっと、その…」と言葉に詰まっており、普段廊下や合同授業で見かける彼女との違いには何となく気付いた。

 それの事について何か思うか、と言われれば邪魔しないでおこう、ということ。

 まだ掃除が終わっていないものの荷物を纏め、カバンを担ぎ、「扉だけ閉めておいてね」と捨て台詞のように残してA美さんのいるドアとは違うドアへと向かう。

「待って!」

 A美さんが急に大声をあげたので、驚いて足を止めてしまい、恐る恐る視線を向けると、A美さんは肩を震わせながら何かを必死に言おうとしていた。

 よくよく見ると手には桃色の封筒も持っている。

 大体察しがつく。

 それにしても、見た目が大和撫子というだけあり、行動も少し古風だ。

 名は体を現わす…とは少し違うけれど、体は行動を現わすとでも表現するべきかもしれない。

「えっと、その…な、なんでもないです…」

 とうとう言葉を言い淀んでしまい、俯き彼女は駆け出してしまった。

 廊下を走っていく彼女を見送り、俺は軽く肩を竦める。

 お邪魔だったかな、と思いながらも少し悪いことをしたと反省した。

 玄関についたところで、ふとA美さんが下駄箱と睨めっこをしているのが見えた。

 見ているのは俺のクラスの下駄箱だ。

 きっと意中の相手がいるのだろうけど、話しかけるのが難しいから手紙で思いを伝えたいのだろう。

 今度こそ邪魔にならないようにそっと踵を返し、用事もないけれど一度職員室の方へと向かうことにした。

 職員室ですることはないので、向かいながらも適当に引き返そうと思っていると、廊下の曲がり角からいきなり誰かが飛び出してきた。

 慌てて避けようとしたものの、普段からインドアを気取っている俺には運動神経というものはなく、飛び出してきた人物にぶつかってしまった。

「あいた!」と相手は高い声で驚きの声をあげ、一歩後ずさった。

 俺は驚きで声を出せなかった。

 お互い尻もちをつくこともなく、俺とぶつかってきたのが、同じクラスのB子さんだと分かった。

 B子さんは空手部に所属しており、性格はボーイッシュで男勝りだ。

 だからといって、女子の中では話しにくいことはなく、気さくでハキハキした性格だ。

 B子さんは俺を見ると頭を下げ、

「わちゃー、ぶつかってごめん!じゃあ、また明日ね!」

 慌てて手を振り上げて走り去っていく。

「また明日」と短く返すと、聞こえたのか、一度振り返り、手を振って応えてくれた。

 慌ただしい人だ、と思いながらせめて彼女が廊下から見えなくなるまでは何処かで時間でも潰そうかと考えてしまう。

 いっその事、用事もないが、今から職員室に入り『文芸部』の部活動の報告でもしようかとすら考えてしまう。

「なあ…」

 不意に声を掛けられ、振り返ると職員室前にいたであろう同じクラスのC男くんが声を掛けてきた。

 学業優秀で、顔も良く、バスケ部のエース。尚且つ生徒会にも所属しているC男くんは同学年の女子にとって憧れの的だ。

「どうしたの?」と俺が聞き返すと、C男くんはらしくなく言葉を詰まらせた。

 そしてどうやら見ているのが俺ではないと分かる。

 振り返ろうとしたものの止めた。邪推はしたくないし、する必要がない。

 C男くんは軽く首を振ると、

「悪い。なんでもないんだ。それよりB子ってそそっかしいよな」

 笑顔で俺に声を掛けてくれる。俺もそれには頷く。

「うん。彼女は女を捨てている気がする」

 同じクラスにも他にもB子さんのような人はいるけれど、少なくとも部活動紹介の時に『地区大会優勝を目指しています』と決意と共に全校生徒の前で髪を切ったのは彼女くらいだと思う。

 他にも、去年のことだけど優勝にあと一歩届かなかったことから、『頭を丸めようかな』とクラスの女子と話しているのを聞いたこともある。

 C男くんの意見に同意したものの、どうやら俺の答えは余り良くなかったようで、C男君は口元を歪め。

「ああいう元気なのは…こっちまで元気になるしさ」

「そうだね。いい人だよね」

 俺が同意をすると、C男くんは今度は眉をひそめた。

 邪推しないで欲しい…とは言えない。

 結局逃げる為に、用もないのに職員室へと入ることにした。

 職員室に入ると顧問の教師は既に帰宅していたことが分かり、本当に無駄足に終わってしまった。

 職員室で時間も潰せず外に出ると、幸運なことにC男くんは既に廊下の奥へと歩いて行っていた。

 心なしか歩く速度が速いので、追い付くことはないだろう。

 追い付かないくらいの速度でゆっくりと歩き、C男くんが下駄箱から靴を取り出し、履いて外に出てから俺も自分の下駄箱へと向かう。

 下駄箱の扉を開けると、不意に何かが滑り落ちてきた。

 拾い上げると桃色の封筒であり、それがさっき教室でA美さんが持っていたものだと分かる。

 首を傾げながら裏返すと、そこには予想通りの宛先が書かれていた。

 正しい宛先に渡そうかと考え、ふと少し前のことを思い出してしまう。

 俺とは顔なじみという訳でもないし、友達という訳でもない3人。

 それでも今日見て、得た情報を整理するとどうも一筋縄ではいかなさそうだ。

 下手に触るのも嫌だ。見なかったフリをしてシュレッダーに入れる…というのも愚策だ。

 考えたもののいい案は浮かばなかった。

 結局、手紙は…




 次の日、いつものように登校し、玄関で靴箱を開け自分の上履きを取り出す。

 上履きを履いていると、

「おっはよ!」

 軽快な声と共に、同じクラスの女子…B子さんが挨拶をしてくれた。

「おはよう」と挨拶を返し、話すこともないのでクラスへと行こうとしたところで、その人に気付いてしまった。

 B子さんと一緒に登校してきたのか、A美さんがいる。

 A美さんは驚いた表情をしており、B子さんもそれに気づいた様子で「どったのA美?」と首を傾げていた。

 見てられない。

 …というか関わり合いたくないので、俺はB子さんに気付かれる前に、A美さんに声を掛けられる前にそそくさとその場を後にすることにした。

 クラスに着きカバンを降ろし、席に座ってからため息を吐いてしまう。

 昨日のことを思い出してしまう。

 アレで正解だったのか今更不安になってきた。いや、俺としては考えたのだけど、アレ以外思いつかなかった。模範解答があるなら教えて欲しい。

「どうしたんだよ。難しい顔してさ!」

 不意に声を掛けられ、振り返ると同じクラスの友人D太が俺に声を掛けてきた。

 D太は人懐っこい笑顔で、

「それよりさ、昨日のアレ見たか?」

 言われた言葉にうなずく。気が気でなかったものの、楽しみにしていたアニメだったので不安を拭う為にも齧りつくように見ていた。

「うん。見たよ。原作に忠実に作りこんでて俺としては満足かな」

 俺の言葉にD太は何度か頷き、

「さすが分かってるよな。内容はいいし、効果音も最高。だけどよ、キャラのタッチが原作とちょっと違うのが気になってよ」

 D太の言葉に俺は首を傾げながらも、その言葉の言わんとしていることは分かってしまう。確かにアニメ化に際してキャラは少し丸みを帯び、元々の美麗よりはファンシーな感じに仕上がっていた。

「そうかな?俺はあれくらいの方がいいけど?」

「いやいや、原作だったらあのヒロインの子が超絶…」

 D太が熱を上げてしゃべり始めたところで、不意に教室の扉が開いた。

 一瞬、チラリと見てしまう。そして、絶句してしまう。

 廊下から教室を覗いているのはA美さんだった。

「あ、あの…×××君っていますか?」

 おまけにそんなことを言い放った…俺の名前だったので、思わず聞こえていなかったフリをする。

 ついでに言うとクラスはザワついている。美人で人気のA美さんな上に、普段もの静かな彼女らしくない行動も目を引くのだろう。

 D太は目を丸くしながら。「お前、何かしたか?」と尋ねてくる。

 俺は必死に首を横に振ると、D太はニヤリと笑いながら茶化すように、

「もしかしてアレじゃね。デートのお誘いとか?」

 D太は俺のことを良く知っているからこういう冗談が言える。他の人に言われたら笑えないどころか腹を立てるレベルだ。

「それだけはないよ」

 ため息と共に否定すると、D太は「だよな」と分かってましたとでも言わん勢いだった。

「んじゃさ、今日の夕方空いてるか?たまには一緒に帰ろうぜ」

 D太は帰宅部なので一緒に帰ることは殆どない。

「デートのお誘い?」と今度は俺が茶化すと、「そうそう」とD太も冗談で返してくれる。

 それに、悪い誘いじゃない。嫌なことは忘れてたまには楽しいことでもしよう。

 D太の言葉に頷いて返しながら、

「いいよ。何か面白いものでも見つけたの?」

「上手そうなコンビニスイーツを見つけてさ。半分こしようぜ」

 因みに俺とD太は甘党だ。話すキッカケになったのも甘い物の話からで、その後はお互いアニメとゲームが趣味と分かり意気投合した。

「お、いいね。今月きつかったから最後の贅沢だね」

「だろ。しんどい時は甘いものだよな」

 二人して甘味の話をしていると、不意にクラスの男子が俺達のところへ来て、「A美さんが呼んでるぞ」と口を尖らせて伝えてくる。

 気付かないフリをしていたのにこれは勘弁して欲しい。

 実際、D太もそんな俺に気付いたから話を振ってくれていたのに。

 仕方なく席から立ち上がり、廊下で待つA美さんの方へ行くことにした。

 A美さんからは戸惑いの色と共に、少しだけ嬉しそうな表情をしており、見ようによっては恋する乙女にも見える。それが違うと分かるのは、相手が俺だからだろう。

「ええっと、A美さん。何か御用ですか?」

 俺が話を切り出すと、A美さんは慌てた様子を見せながらも、「あの…私、昨日…その…」と何度も言葉を詰まらせていた。

 困ったな…と言いかけた。

 物静かとは思っていたが、意外にも内気な人柄だとは知らなかった。

「えっと、放課後…その時間とかありますか?」

 その言葉に冷や汗が出る。

 多分、周りに人がいるから言いにくいのだろうけど、それこそ余計にいらない噂が立ちかねない。

 首を横に振り、「今日はD太と帰る予定だから」と友人を引き合いに出し断ると、A美さんは目を逸らしもじもじと俯いてしまった。

 これでいい…訳もなく、この後も教室に来られると面倒だ。

 今はまだクラスの皆が、俺への正当評価でもって、そういう関係ではない、とは分かってくれているものの勘違いされるとA美さんの為にもならない。

 俺もD太とのアニメやゲームの話をする時間を奪われたくない。

 俺はさっさと会話を終わらせる一言を探した結果、ようやく見つかった。

「あれのことなら気にしてないよ」

 俺の一言にA美さんは顔を上げ、「え…じゃ、じゃあ…」とそこでまた言葉に詰まったものの、真意はくみ取ってくれたらしい。

 きっと俺がああした理由も分かってくれた…と信じて。

 ふとチャイムの音が鳴り響いた。予鈴だ。

「予鈴だ。早く戻らないと怒られちゃうよ」

 俺は話を切り上げる為にもそう伝えるとA美さんは頷き、一度頭を下げ、

「あ、うん…ごめんなさい…あと、ありがとう」

 ありがとう、とそう言われて少しだけホッとした。

 ああしたのはきっと間違っていなかったと思えるから。

「どういたしまして」

 俺はそうとだけ返し、自分の席へと向かう。

 一度D太の方を見てみたものの、D太は肩を竦め、まるで『そういうこともあるって』と諦めろとでも言いたげだった。

 確かに不安や、思い通りにならないこともあるか、と俺もため息を吐く。

 これで終わってくれればいい、何も起こらなければそれでいい。そう願って。 



 授業が終わり休み時間になるといつものようにD太が俺の席へと来てくれた。

「ふぃー終わった。なんで、社会の授業ってあんなに眠くなんだろ?」

 そう言いながらD太は欠伸と共に背伸びをする。

「俺は古文の方が眠いな」

「あー、分かる!俺も古文と英語も眠たくなるからさ」

 D太は同意してくれ大きく頷いてくれる。本当に授業は眠たくなる。

 真面目に勉学に取り組んでいるつもりなのに何故だろう…というのは、深夜アニメを見ているから自業自得だろうとブーメランが返ってくるだけだ。

「授業は全部眠くなるんじゃないの?」

 俺が冗談交じりにD太に言うと、D太はへらへらと笑って見せ、

「ひでーな。そんなことないって。さすがに俺も体育は寝ないって」

「座学は?」

「体育の座学ってやべーくらい眠たくなるよな。あんなのいらねぇよ」

 それは俺も同意。

 いかに運動神経がないからと言っても、体育の授業くらい、楽しくはなくてもは起きていられる。それに、適当にこなしておいて、後はサボりながら喋っていられるから嫌いではない。むしろ好きな方だ。

 …なのに、試験前のあの座学だけは勘弁して欲しい。

 内容が全て眠りに誘ってくるあの退屈な内容はちょっとした兵器のようだ。

「ちょっと×××君!」

 大声で名前が呼ばれた。

 しかも女子から。

 何か悪いことしたかな、と恐る恐る顔を向けると、大股でB子さんがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。

 慌てて顔を逸らしたものの、B子さんが席の前に立ったところでD太に肩を叩かれた。

 B子さんは俺を見下ろし、睨みつけるような表情で、

「あんた、今から顔貸しなさいよ」

「殴るのは勘弁してね」

 思わず言葉が出てしまった。

 言動が一々怖い。しかも相手は空手部だ。本当に殴られそうだと心が叫びたがっている。

「おいおい、こいつが何かしたかよ?」

 D太はそんな俺を庇うように、B子さんに立ち向かい、いつもの軽い口調で聞き返したものの、

「自分の胸に手を当ててみたらどう?」

 その言葉に俺は背筋に嫌な汗が流れる。

 そういえば朝にA美さんとB子さんは一緒に登校していた。仲がいいのは知っていたし、もしかすると話をA美さんから聞いているのかもしれない。

 下手なことは言えないと、結果が出た。

「助けてD太…」

 思わず口から出た。D太はまかせろとでも言いたげに自信満々な様子で。

「俺は友達の味方だ。殴るなら…俺の机にしてよ」

 そう言ってD太は自分の机を指さした。そんなD太にB子さんは呆れて見せ、

「あんたねぇ…えっと」

 B子さんは何かを言おうとしたものの、言葉に詰まっており、その隙を見逃さなかったのがD太だ。

 片手を上に上げ、人差し指を伸ばし俺達の良く知るポーズを取ると、

「友達を守るのは親友の仕事だ。だからよ、寸止めするんじゃねぇぞ…」

「まって」

 拳が止まらないの?止まらない限り俺は死ぬよ。死に続けるよ。

「おっけー。ちゃんと殴るからね。覚悟はいい?」

 B子さんは手をコキコキと鳴らし、笑顔で威圧してくる。

 俺達の会話がアニメか何かのネタだとは気づいたらしく、はぐらかそうとしているのを見破っている様子だ。

 それにしても肉体言語で黙らせようとするのは勘弁して欲しい。

「準備も出来てないです。あなたを暴行罪と傷害罪で訴えます」

 俺の言葉にD太は目を輝かせ、

「慰謝料の準備もしておいてください!いいですね!」

 ネタも続けてくれた。

 こういう時に本当にD太がいてくれて良かったと思える。

 俺達のオタクな会話にB子さんは諦めた…というより呆れたのかため息を吐き、チラリと時計に視線を送った。

 つられて時計を見ると休み時間はあと少ししかないことに気付いた。

 話はあるものの諦めた様子でB子さんは考え直してくれたのか、

「ああ、もう。後で話があるから…首を洗って待っておけ、でいいのかな?」

 首を洗って…?

 余りの恐ろしい口上に血の気が引く。本当に〇されそうだ。

「足洗うからとんずらさせて」

「その口上は俺もさすがに引くわー」とD太も同意してくれた。

 B子さんは憤慨した様子を見せ、

「もう!殴らないから、真面目に答えてよ!」

 声を上げ、睨み付けられ思わず俺は俯いてしまう。

 早く休み時間が終わってくれることを願ってしまう。

 D太はいつもの軽い口調で、

「てー言われてもさー。B子ちゃんは、空手家で、しかも地区大会の準優勝者でしょ。俺らはひ弱なアニオタでゲーオタだぜ。警戒しても仕方ないっしょ」

 まるでB子さんが悪いとでもいいたげな内容ではあるけれど…そのとおりだな、と同意したい。

 俺も顔を上げて無言でB子さんを見つけると、B子さんは頭を掻き、

「もう。悪かったわよ。脅かしてごめんね」

 謝ってくれたものの、俺とD太は一度顔を見合わせ、お互いに罪悪感を感じているのを分かり合う。

 B子さんの素直な性格は、少しでも否があれば謝る…という正しい人柄なのだと思う。

 それに比べて俺とD太はなんとか逃げようと、やり過ごそうと適当に言葉を並べているに過ぎない。

「けど、あたしに言わせたらあんたらもっと体を動かしなさいよ!どうせ、萌え~とか言って真夜中にテレビでも見てるんでしょ。高校生なんだからそんなんじゃダメよ!」

 B子さんがこちらに指を差し向けて指摘してくる。正しい人柄故にその正論の暴力の威力が計り知れない。

「耳が痛い」と思わず溢してしまう。

「俺は頭痛が痛い」

 D太が弱ったとでも言わんばかりに頭を押さえるので、俺はそんなD太を指さし、

「その発言が痛い」

「いやいや、痛い発言っていうのはさ、『は~ん。ハスハス、萌え萌えのぶひ、ぶひ~』とかこういう感じじゃない?」

 D太はおどける感じで良く知るキモオタの真似をしてくれた。中々堂に入っているものの、D太がそれをするとビジュアル的に合わない。

 B子さんはため息を吐き、

「いや、もう黙って。あんたが痛いのはよく分かったから」

 痛いのはD太だけ?

 おかしいな。割と俺も痛い発言をしているはずなのに。

 それに…

 汚名を友達一人に負わせるなんて出来ない!

「じゃあ、俺も『萌え萌えキュン』…どう?」

 両手でハートを作り、行った事はないけれどメイド喫茶でやられると言うポーズをしてみると、B子さんが口元を歪めた。

「その無表情でやられるとこっちが不安になるからヤメテ」

 そんな時、ようやく救いの予鈴が鳴ってくれた。

 思わずガッツポーズを取りそうになるのを必死に堪え、B子さんに視線を送ると、彼女も諦めたのか肩を竦め。

「じゃあね」

 そうとだけ言い残して自分の席へと帰って行った。

 D太もやれやれと息を吐きながら、

「あー、ビビった…マジで」

 と安心した様子であった。俺はそんなD太に得意げな表情を見せ、

「俺は痛くないらしい」

「訂正して欲しいの?」

 聞こえていたのか、B子さんが自分の席からこちらを見て、ニヤリと笑って見せた。

「ごめんなさい」

 と思わず頭を下げるしか出来なかった。

「言われてやーんの」とD太も笑顔で自分の席へと急いでいた。


 

 科学の授業が終わり、いつものように座って待っているとD太がひょっこりと顔を出し、

「あー、終わった。終わった。理科も嫌いだー」

 D太が既にテンプレとなったような地の文と共に俺に伝えてくる。

 俺はその言葉には首を横に振り。

「俺は好きだけどね。ボルボックスとか」

 俺の言葉にD太は困ったような表情を浮かべ。

「焦点がわかんねー」

「いやいや可愛いでしょ」と俺は再確認してみたものの、相変わらずD太の反応は微妙そうだ。

「可愛いがシュレディンガー状態だよ」

 言われた言葉に今度はこっちが首を傾げてしまう。

「見ないと分からないってことか?今度、写真撮ってくるよ。」

「あれ、シュレディンガーってそうだっけ?つーか、せめて持ってくるにしても可愛い女の子の写真かイラストにしてくれよ」

 D太にボルボックスの魅力は伝わらないらしい。

 仕方なく、写真を撮れる題材を考えてみたが、知り合いで写真を撮らせてくれそうな異性は…

「女の子…妹くらいかな?」

 それか母さんだが、可愛いとは思えない。きっとD太にはお気に召さないだろう。

「そーいや、お前の妹見たことねぇな。可愛いのか?」

 D太に尋ねられ妹のことを思い浮かべてみたものの、可愛いかと言われれば何とも言えない。そういう風に見たことがない。

「俺はボルボックスの方が可愛いと思う」

「いや、どんな妹だよ。そこまで推されると俺もボルボックスに興味沸いてきたわ」

「至高だよ。可愛くて死にそう」

「妹が?」

「ボルボックスが」

 俺の言葉にD太は分からないといった雰囲気だった。

 一人っ子のD太にとって、妹や弟が分からないのも無理はないと思う。現実そんなに甘くないことも。

 D太は「とりあえず今度検索するわ」とボルボックスの話題を脇に置いてから。

「そういや昔のアニメのDVDが安くてよ。つい買っちまったんだ」

 いつものアニメの話題になったので思わず食いついてしまう。

「何買ったの?」

「いやー、気になってた奴で小さい女の子が出るヤツだよ」

 小さい女の子…と言われて始めに出てきたのは妹だ。

「小さい女の子が気になったのか?じゃあうちの妹は気に入るかも」

 D太は首を横に振りながら、

「いやいや、小さい女の子のことじゃなくてさ、気になったのはそのアニメの音楽を良く聞くからさ、内容どんなのかなーって思ってたら、これがまた、なんというか内容が結構重くてな」

 そう言ってから、真顔になり俺をジッと見つめてくる。

「あとリアルなのいきなり出すなよ。びっくりして先にボルボックスが出てきたわ」

 それは嬉しい。俺の妹がイコールでボルボックスというのは。

「合わなかったのか?」

 俺が聞き返すと「ボルボックスとお前の妹か?」と尋ねられたので、「アニメだよ」とちゃんと答える。

「いや、ハマっちまった。信者を増やそうかなって思ってる」

 そう言うと俺をチラリと見つめてくる。俺は頷き、

「貸してくれるなら見るけど?」

 俺の答えにD太は目に見えて喜んで見せ、

「お、それでこそだよな。ついでにお前の好きなゲーム…あのドマゾゲー貸してくれよ。動画見てたらやりたくなっちまった」

 成程と頷きたくなる。まさにギブアンドテイクだ。金がない高校生にとって一つのゲームやDVDを買うだけでもキツイ。なのに時間は割とある。

 その時間を埋める為に貸し借りをするのは当然だ。金がないならないだけに、やり方もあるというものだ。

「死にゲーだよ?」と俺は一応確認する。これには忠告の意味もある。

 難し過ぎて、ゲーマーを気取る俺でも2回は心が折られた。

「ドマゾで通じてるじゃん」とD太は忠告を意にも止めていない様子だった。

 ただ、言われて思い返すと頷ける。

「むぅ…確かに」

 初見で感じた難易度に、厭らしい敵配置。そして容赦なく心を折ってくるのに、何故好き好んでやり続けたのか。

 頭を押さえて画面の前で茫然としている俺に妹が「やめたら」と優しく声を掛けてきたがそれでもやり続けた。つまり…

「俺はマゾだった?」

 俺はその答えにたどり着いたところで、D太が俺の肩を叩く。真剣な瞳で俺を見つめ、

「いや趣味嗜好は人それぞれだ。誇っていいぞ。俺はお前がマゾであっても友達だ」

 優しい言葉だ。だけど、

「俺をマゾに仕立てあげたいんだな」

「バレた?」

 相変わらずの冗談の言い合いで、周りからすればくだらない話を繰り広げていると、

「なぁ、×××」

 声を掛けられ、思わず顔をしかめてしまう。

 折角、B子さんが教室におらず、A美さんも教室に来ないから平穏だと思っていたのに、C男君が声を掛けてきた。

「どうしたのC男君?」と返すと、D太が笑顔を見せ、

「もしかしてアニメに興味あり?それともドマゾ?」

 D太が茶化すとC男君は笑顔を見せ、「あはは、違うよ。」と軽く笑って流した。

 つまり…と考えた結果思わずこの場を去りたくなってしまう。

「お前さ…」とC男君が割と真面目な口調で話を切り出そうとし、察せてしまう。

 だが、その先は言葉に出来なかったようで、

「確か『文芸部』だよな。部員って新しく入ったのか?」

 あっけからんとした様子で俺とD太を交互に見てくる。

 話を逸らしてくれたのはきっとD太がいたからだと分かる。本当に俺の友達は優秀だ。

 俺は諦めた風を装い、

「全然。入る気配すらないよ」

 俺の言葉にC男君は「そうだよな…」としりすぼみな声色だった。

 聞きたいことは別にあるものの、聞いていいのかとか、友人でもないのに聞けるのか…といったのは分かる。

 俺としては『聞かないで欲しい。杞憂だから』の一言である。

 しかし、それを言うと迷惑を被るかもしれない人がいるのも事実なので、結局言えない。

「あーあ。せめて漫画オッケーだったら俺も入部すんのになー」

 D太が残念そうに声をあげた。

 これは援護かな?と思ったものの、よくよく見ると本当に残念そうな表情だ。

「先生に頼んでみるよ」

 俺の答えにD太は表情を明るくし、興奮した様子を見せ、

「マジか!?んじゃさ、あとはアニメもオッケーにならない?」

 『文芸部』の活動的に考えてみたが多分無理だとは思う。しかし、出来ればこれ程嬉しいことはない。

 アニメも芸術であることには変わりない。

「先生に頼んでみるよ」

「よっしゃ、可決したら入ってやるよ。これで二人だぜ!」

 俺達の会話にC男君は口元を歪めていた。

 二人で勝手に盛り上がってしまい悪いが、もう休み時間が終わるから聞かれるにしても手早く終わらせたい。それか時間切れで諦めて欲しい。

「あとさ…」とC男君が俺を真っすぐに見つめてくる。

 決心したのかもしれない。どう反応すればいいのか分からず、一度D太に視線を送ってみたものの、

「いや、なんでもない。」

 C男君は諦めたように肩を竦め、自分の席へと戻っていった。

 ホッと一息つける。ようやくといったところで、教室の扉が乱暴に開かれた。

 入ってきたのはB子さんだ。廊下にはA美さんもいる。

 俺はというと何が起こったのか分からない。

「あんたねぇ!」

 B子さんは、おどおどとしているA美さんを廊下に残して、怒号と共に俺とD太の方へ歩いてきた。

 俺は慌てて目線を逸らしたものの、それと同時に予鈴が鳴った。

 B子さんは一度時計に目を向け、その後にA美さんにも視線を送ったものの、俺を見つめてくる。

 B子さんが今、何処まで知っているか分からないが、それでも俺は無実だ。

 だから勘弁して欲しい。

「な、B子さん。席に戻ろうぜ」

 D太が恐る恐るといった雰囲気でB子さんを説得すると、「後で話があるから」と言い残して自分の席へと去っていった。

 ようやく解放されホッと一息つく。

 D太にアイコンタクトを送ると、D太も一息ついて席へと戻っていった。

 授業の為に前を向くと、一度C男君と目が合ったがすぐに逸らされた。

 彼もこんな状況じゃなかればきっと安心出来ただろうに、と同情すら沸いてしまう。



 お昼休みになり、いつものようにD太が俺の席へと移動してきてくれる。

 隣の席の男子もいつものようにD太に席を明け渡し、彼もD太の席へと移動し仲の良いグループで昼食を始めた。

 D太は明け渡された席から椅子だけを借り、俺と向かい合う形で座り俺達も昼食を始める。

 元々はD太が椅子だけを持ってきてくれていたのだが、次第に今の形に落ち着いた。高校生の適応力は高いのかもしれない。それでも異世界にいって平気で人の命を奪うとかは出来ないと思うけど。

「今日、弁当持ってきた?」とD太が冗談交じりに言ってきたので、俺も弁当を取り出し、

「勿論。無かったら死んでるね」

 弁当を取り出し蓋を開けてD太に見せると、

「もしかして妹の手作り弁当。ぶひ~…なんつって」

 ワザとらしくキモオタ風の感想をしてくれる。

「気に入ったのそれ?それに、俺の妹はまだ小学生だよ」

「それがいいんだって。小学生の妹がダメな高校生の兄貴を面倒見るのがさ」

 小学生の妹がダメな高校生の兄貴の面倒を見る…と言われると、ゲームをしている時はそうだなと思ってしまう。

 熱中すると大抵夕食の時間に遅れたり、風呂の時間に遅れてしまう。

 だが普段はそうでもない。あくまでゲームに熱中している時だけだ。

「むしろ俺が面倒見てるよ。朝とか中々起きないし」

「起こすときは王子様のキスとか?」

 D太が笑えない冗談を言ってくるので、それにはさすがにため息が出た。

「勘弁してくれ。なんで妹にキスしないといけないんだ」

 俺とD太が取り留めない会話をしていると、

「邪魔するわよ」

 そう言いながら、弁当箱が置かれた。そして、イスを引きずる音と共に、B子さんが席についた。

「B子さん…?」

 思わず目を見開いてしまった。D太に至っては言葉を失い、俺を見つめてくる。

「何、問題でもあるの?」

 B子さんが睨みながら俺達に尋ねてくる。

 D太は少し慌てた様子ながらもいつもの軽いノリで、

「あるよ。女子がいると…えっと…エロい話できないじゃん」

 その発言にB子さんが睨んでくる。

 思わず二人で口を塞ぎ見合わせてしまう。

「殴っていい?」

 静かに笑顔で伝えてきた。

「ごめん。俺達そういう話しない。」

 素直に謝り、D太もそれに合わせて「マジで許して」と頭を下げた。

 B子さんはため息を吐き、弁当を開き始めた。

「全く、もう」と言いながら、昼食の準備をしていく。本当にここで食べるつもりなんだ、とこっちは気が気でない。

「どういう風の吹きまわし?」

 と恐る恐る尋ねると、「何よ?悪いの?」と言い放たれ、何も言えなかった。

「友達と食いなよ」とD太も援護してくれるものの、B子さんはムスッとした表情で、

「今日は聞くこともあるし。放課後は部活があるから忙しいの」

 聞くこと…と言われても俺は関係ないのに。

 思わず胃が痛む。楽しい昼食の時間のはずなのに、どうしてこんな地獄の様相を呈してしまったのだろうか。

 D太は諦めたのか、

「あ~あ、おっかない。こんな陰キャ男子のとこに入ってくんなよ。びっくりして心臓発作起こす…」

 そこで言葉に詰まっていた。俺もだ。

 二人して凝視してしまった。

 B子さんの弁当が、所謂キャラ弁というものだったからだ。

 某国民的アニメのキャラクターの弁当に、俺とD太は顔を見合わせてしまう。

「あの…自分で詰めてるのかそれ?」

 D太が恐る恐る聞くと、B子は呆れたように肩を落とし、

「違うわよ。妹が詰めてくれるのよ。あたしはこんなだし」

 最後になるにつれ、声のトーンが下がる。もしかするとB子さんは男勝りなことを気にしているのかもしれない。

 だったら、俺に言えることは威圧しないで、といいたい。

 陰キャにとって総じて女子は怖いものだけど、B子さんの場合は直接の暴力も考えられるから怖い。

 D太はナイロン袋から数個の菓子パンを取り出し、

「羨ましいね。まぁ、俺はおふくろの味だけどな」

 B子さんはその言葉に怪訝な表情を浮かべ、

「菓子パンが?」

「そうそう。昨日のうちに買っておいてくれるんだよ」

 D太の言葉に俺も頷いておいて、「母親の愛を感じるね」と適当に答えておいた。

 こういうやり取りはいつも通りだ。

 D太がいてくれて本当によかった。彼が休んでいたらきっと今頃ストレスに耐えきれずに保健室に逃げていた。

 D太は菓子パンの袋を開けながら、

「だろ~?羨ましいなら、お前の卵焼きちょーだい」

 D太の提案に俺は口元を歪める。母親の詰めてくれる弁当の中で一番の好物だからだ。

 二切れあるものの、楽しみにしているので断ろう。

「じゃあ、ジャムパン頂戴」

「え?主食なくなっちゃうだろ」

 無理難題で返すとD太は驚いてみせ、「鬼畜」と笑顔で揶揄してくる。

 俺は「その価値はある」と力説し、B子さんを極力意識しないように昼食を摂る…

「あんたら仲いいわね。いつもそうなの?」

 …つもりなのだが、元々、社交的なB子さんは俺達の会話に平然と入ってくる。

 しかも、話しやすい内容で。

 これが友達が多い人が自然とやっていることなのだろうか?

 友達が少ないから知らない。

「友達って言えるのこいつしかいないし」

 D太が自然と俺のことを友達と言ってくれるのが少し嬉しい。改めて本当にD太には助けられてばかりだ。

「俺はもう少しいるかな?」と意地悪な答えを返すと、D太は相変わらずの軽いノリで、

「裏切り者」

「ごめん。俺を売ろうとした自称親友」

「根に持つなよ。未遂じゃん。」

 二人してそんな掛け合いをしている間、B子さんは小さく笑いながら昼食を摂っていた。

 B子さんは悪い人じゃないと分かってはいるし、クラスの女子の中ではその男子のような性格から割と好感を持てる人だ。

 こんな事に巻き込まれていなければ、だけど。

「そんでさー、今日の帰りだけどあのケーキさ」

 D太が今日の帰りのことを話し始めると、B子さんが眉を潜め、

「あんたさ、食べながら喋り過ぎじゃない?」

「それ他の女子に言えんの?」

 D太の言葉にB子さんは言葉に窮していた。

 B子さんらしくないとは思ってしまう。もしかすると、D太が喋り続ける所為で、俺から話を聞けないことに焦っているのかもしれない。

 B子さんは戸惑う様子を見せながらも、

「それより、帰り道に買い食いはダメなんじゃないの?」

 それは正論だ、と俺とD太は顔を見合わせる。

「バレなきゃいいんだよ」とD太は開き直り笑顔で答えると、B子さんは意地悪そうに笑い、

「先生に言ってやろっと」

 それが冗談だと分かる。

 思わず俺とD太は大仰に反応し、

「B子さん酷くない?」

「イジメ、ダメ、ゼッタイ」

 二人して反応すると、B子さんは笑いだし、「美味しかったら今度教えてよ」と明るい笑顔で答えてくれた。

「そうだ。ねぇ、あんたA美と…」

「何もないよ」

 B子さんの言葉に思わず、A美さんと聞いて反応してしまった。しかも食い気味に。

 気が緩んでいたところに突然だったので、こんな反応をするつもりはなかったのに。

「へ?」とB子さんは目を丸くしていたものの、俺をジトリと見つめ、

「その言い方絶対何かあったでしょ?」

「ないって」と真実を伝えたものの、B子さんは信じられないのか、訝しむように見つめてくる。

 そんな俺の肩をD太は軽く叩き、

「信じてやってくれよ。昨日は夜にアニメ見てただけだって」

 その援護は本当に助かる。本当にそれだけだから。

「そうそう。恋愛の『れ』の字もない戦争アニメ見てただけだよ」

 D太は大きく頷き、

「いや~、俺はホレるな」

「ゲイ?」と俺が聞き返すと、D太は慌てた様子を見せ、

「いやいや、女の子いたじゃん!」

 芝居がかった言い方でちゃんと冗談として受け取ってくれているのが分かる。

 俺もD太も普通に女性は好きだし恋愛の対象になる。少し趣味として二次元よりだけど。

「ああ。あんな子がいたら惚れるね。ラブレターでも書こうかな。ファンのお便りってな感じで」

 俺が頷いてみせるとD太が何かを思いついたのか一度自分の顎に手を置いた。

 そう思うと急に笑顔を見せた。

 …もしかするとD太は事の全てが分かったのかもしれない。

「そうそう。だからさ…」

「あんたらはすぐにそうやってけむに巻こうとする」

 D太の言葉をB子さんはさえぎり、不貞腐れた様子を見せた。

「もう、いいわよ!全く、こっちは友達が心配なだけなのに」

 友達が心配。

 その言葉に俺はD太を見てしまう。きっと、B子さんはA美さんのことを心から心配している。俺をどういう風に捉えているのか分からないけれど、無害だということだけは信じて欲しい。

 だからといって言えない。

 いまだにB子さんが俺から聞こうとしているということは、きっとA美さんはあの手紙のことを伝えていないのだから。それに、C男君とのこともある。だから言えない。

 それらはきっと当人同士が解決すべきことだから。

「よし」

 決心がついたので立ち上がり弁当箱を片付け始める。

 B子さんは呆気にとられたのか、目を丸くしたものの「どうしたのよ?」と俺を心配してくれる。

 答えは決まった。

「D太、あっちで食べよう」

 俺の言葉にD太は肩を竦めたものの、「あ…やっぱり。そうだな」と頷いた。

 D太もきっと事のあらましがある程度分かってしまったから、同意してくれたのだろう。

 B子さんはワンテンポ遅れてから、「はぁ!?」と声をあげる。

 慌てた様子で自分の弁当に目線を落とし、

「ちょっと待ちなさいよ。私まだ食べて…」

「いや、B子さんはそこで食べてていいよ。俺達が移動すっからさ」

 D太が少しだけ残念そうな口調でそう言うと、B子さんはD太を見返し、「なんでよ?」と聞き返していた。

 いつもの強きな口調なのに、少し悲しそうだった。

「居心地が悪い…」としか俺は言えなかった。

 事実、周りも良くは思っていない。

 俺とD太は良く知られる陰キャのアニオタのキモオタチームで、女子からは敬遠され、男子からもそこまで好かれてはいない。

 逆にB子さんはボーイッシュでありながらも社交的で、男子にも女子にも好かれる人気者。

 まさに真逆だ。

 実際、女子の中で俺達に普通に接してくれるのは、クラスではB子さんくらいだ。

 それがお情けでなく、B子さんの性格だとも分かっているが、それすらも他の女子や男子からは良く思われていない。

 少し前にあった修学旅行の班決めでも、三人一組の班分けで、男子からは俺達があぶれ、女子からはいつも4人一組で行動しているグループの女子があぶれた。

 だけど、どうしても俺達とは組みたくないとヒステリックを起こし、結果的に見兼ねたB子さんが俺達の班に入ると言い出してしまい、俺達を嫌厭する動きは加速してしまった。

 なのに、今回この騒動でB子さんが俺達のところへ来てしまった。

 事情を知っていたら友達のA美さんのことが心配なだけで、俺達が何の関係もないと分かる。

 だけど、それには…A美さんの気持ちや、C男君の気持ちを伝えないといけない。

 本来、何の害もないはずの俺がその役目を負うのは間違っている気がする。

 友情も恋愛も…そういう大事な、人との関係を、全く関係のない第三者以下の蚊帳の外にいる俺が言い、その均衡を崩すのは間違っている。

「女子と一緒に飯食うとか、やっぱしんどいっす」とD太が苦しい言い訳と共に、一度クラスを見渡した。

 クラスは俺達とB子さんを見つめ、怒りのような瞳を向けていた。

 俺もそれに気づいている。

 D太と同じく、静かな理不尽な怒りの標的にされ、恐怖が体を這ってくる。

 この覚悟もしていた。

 それを踏まえてB子さんに移動すると伝えたのだから。

 今なら、俺達だけが悪者で終わる。そして、この話もしなくていい。

 明日からまたクラスで孤立するだろうけど、それでもどっちにしろ俺の交友関係はD太くらいだから、問題はない。

「しゃーねーよな」とD太が俺には聞こえるくらいの声で言ってくれる。それが何とか俺を支えてくれる。

 俺とD太が離れようとすると、ふと腕を掴まれた。それはD太も一緒だった。

 B子さんは怒ったような、泣きそうなそんな表情で俺達を見上げ、

「まったくもう。そんなの気にしなくていいじゃない!あたしが好きであんた達とここで食べてるんだから関係ないでしょ!」

 クラスの皆に聞こえるような声だった。

 これが啖呵だというなら、きっとB子さんは俺達に理不尽な怒りを向けていたクラス全員に言ったのだと思う。

 そんな自分を貫き通す姿は格好いいな…なんて思ってしまう。

「いや俺達が気にするんで…」

 D太の言葉に、B子さんは膨れっ面になり、「あっそ!」と言いながらお弁当をかき込み始め、手を合わせ「ごちそう様!」と食べ終わらせた。

 食べ終わると、お弁当を片付け始め、

「…でも、悪かったわね。嫌な気分にさせたのなら」

 その一言は俺達に突き刺さった。

 俺は…いや、D太もB子さんのことは嫌いじゃない。

 ただ距離を開けざるを得ないだけだ。彼女を傷つけたいという気持ちは全くない。

 ましてや、そんな表情をさせる気もなかった。

「いやいや違うって!俺達はほら学年最低辺カーストのキモオタだからさ…その…なんていうの、上手く言えねぇけどさ」

 D太も狼狽を見せ、言葉を選べない様子だった。

「視線が痛い」

 俺の言葉にD太は大きく頷き、

「そうそれ!住む場所が違うからさ。B子さんは、ほら清流とかに普段いるような人だし、ここドブ川だからさ、こっちが悪い気になるっていうか…」

「清流じゃなくて激流じゃないかな?」

「そこどうでもよくね?確かに俺達にリア充の巣窟の運動部は無理だけどさ」

 二人で適当な言葉を言い合っていると、B子さんがクスリと笑ってみせた。

「あんたらって、本当に仲いいわね」

 その表情と言葉にホッとし、思わず俺とD太はお互いを見合わせた。

 D太の表情は安心しているのか、心なしか笑顔すら見える。

「あったりまえだろ。アニメの話なんてこいつくらいしか出来ないしさ!」

 D太が大きな声で俺のことを。俺はゆっくりと頷き、

「そうだよ。親友を簡単に売れるくらい仲がいいんだ」

 俺の言葉にD太は驚いてみせ、

「まだ根に持ってんのかよ。悪かったって」

 謝るD太に、「じゃあ、ジャムパン頂戴」とおねだりしてみると、D太は目を丸くし、

「いや、まじで鬼畜なんだけど。っていうかどんだけ俺のジャムパン欲しいんだよ」

「ジャムとごはんは合う」

「合わねぇよ!お前の味覚が心配になるわ!」

 二人の掛け合わせにB子さんはまたもや小さく笑い、

「本当に友達なんだね」

 俺達を見上げてそう言ってくるものの、その瞳は俺達を見ていない。憂いのある色。

 きっとA美さんを思っているのだろう。

「まぁ、今日だけだから。あんたらの漫才見てるのも楽しかったし」

 B子さんが諦めたように、弁当箱を片付け始めた。

 これでいいのだろうか。

 恋愛なんかより、友情なんかより…もっとB子さんは悩んでいる気がする。

「俺達、漫才してるつもりないんだけど」

 ふとD太が俺に話を振ってくる。

 それはらしくない気がする。

 今の状況なら、きっとD太は何も言わずにB子さんが去るのを待つのだとばかり思っていた。

 D太は割と人を良く見ている。空気を読めるだけに、読まずに行動することも出来るので、適当に話を合わせるのは上手いし、周りを呆れさせ会話を終わらせるような荒業をすることもある。

 趣味以外のことでは軽薄な物言いと共に、空気のようで掴み所がないのがD太だ。 

「生きているだけで笑えるってことかな?」

 俺が合わせると、D太は相変わらずの軽いノリで、

「それって…俺達の人生を笑われてるだけじゃね?」

「そうだね。恥の多い人生でした」

「終わろうとすんなよ。まだまだ見たりないアニメがあるんだよ!」

 D太は悔しそうに口元を歪めてみせたものの、一度B子さんへ視線を向けた。

 B子さんは席から立とうとし、「じゃあ…ごめんね」と呟いた。

「諦めようぜ」

 俺の耳に聞こえてきたのは、剃刀のような鋭い声…D太の素の声だった。

 その声は久しぶりに聞くので俺も驚いた。勿論、初めて聞いたであろうB子さんは言葉を失っていた。

 D太は観念したように頭を掻き、

「さすがによ。俺はB子さんことは嫌いじゃねぇし、それに俺達も別にB子さんを傷つけたい訳じゃないからよ」

 軽薄な物言いを捨て、人懐っこい表情も捨てて、ただ真剣にD太はB子さんを見つめる。

 その豹変ぶりにB子さんは追い付いていけないのか、まだ目を瞬かせている。

「そんで、こいつに話ってなに?」

 D太は俺に視線を送ってくる。俺もゆっくりと頷き、腹を括る。

「友達でも言えないことくらいあるよ。相談しにくいことだってあるし、友達だから言えないこともあるよ」

 そう一言置いてから、俺もB子さんを見つめる。

 聞かれたら、言えることを厳選している余裕はないから、多分、全部話すことになる。

 それで崩れる関係もあるかもしれないけれど、俺達はB子さんの泣きそうな姿なんて見たくはない。それはD太も同じだ。

 B子さんは深く息を吐き、天井を見上げた。

「ううん。そうだね。信じるしかないか」

 呆れるような、噛みしめるようなそんな表情のB子さんだが、その口元を小さく結んでいた。

「だよな!」とD太が急にいつもの軽薄さに戻り、笑いだす。

「アニメのセリフとかって結構響くよな」

 D太の豹変ぶりに今度は俺が驚かされる。本当のD太はどっちなんだろうな、とすら心配してしまう。

 それでもB子さんの心配はしているみたいで、まだ収まりきらない感情を必死に整理しているであろうB子さんを横目で見つめている。

 B子さんはゆっくりと俺達に視線を戻すと、

「あーあ!バッカみたい!」

 吹っ切れたように大きく笑って見せた。

 そして、短く切ってしまった自分の髪に触れ、

「あたしさ、こんなんだから小難しいことって分かんないの。とりあえず聞いて納得するまで問い詰めるしか出来ないから。正直、あんた達や…A美にもうざがられているって思ってさ」

 言葉の端になるにつれてB子さんは尻すぼみになり、思い悩むように、

「A美…今日、様子おかしかったの。一緒に登校しててもずっと上の空でさ。さらに登校したら急に顔を青ざめさせてたし。おまけにあんたに相談に行くし…」

 そこまで言うと、言葉に詰まっていた。きっと言いたくない一言なんだと分かる。

 それでも、その一言がB子さんを苦しめているのも多分事実だと思う。

「やっぱりウザがられてたのかな。あたしって…」

 ボーイッシュで、分かり易く真っすぐで、裏表がない。皆はそれを受け入れている。

 だけど、それと同時に本人はそんな自分を嫌厭されていないかと不安だったのだろう。

 貫き通している間は前だけを向いていられる。

 それでも、ちょっとした不安で振り返ると、迷い悩んでしまう。

 さっき聞いたA美さんの反応がB子さんを思いつめさせていたのだろう。

 そこに悪気はない。あるのは本当に恋心と友情、そして羞恥くらいだ。

 そもそも常に人生という道に迷っている俺にとってはいつも迷っているから、一つ一つの悩みについてはさしての痛みもない。正直、貫き通す方が難しい。

 だけど、B子さんは真っすぐすぎるが故に少しの悩みが大きなうねりを伴ってしまった。

 それだけなんだ。

 俺は真っすぐにB子さんを見つめる。伝える必要がある。

 真っすぐな彼女に、俺もたまには真っすぐに伝えなければならない。

「俺はB子さんのこと…」

 言いかけたものの、言おうとした言葉を考え直す。

 これは違うなと、語弊を生みそうだ。誤解を与える言葉はいけない。だから、適切な表現をすべきだ。

「何、続きは?」とB子さんが催促してくる。

「誤解しないでね」と俺が前置きをすると、B子さんは呆れるように息を吐き、

「あーもう。分かったから。察したから言ってよ」

 察したなら言う必要もないと思う。

「いやでも…必要が」

「むしろ言ってよ」

 B子さんにさらに強く言われ俺は諦める。

 一度だけD太を見てから、B子さんを真っすぐに見据え、

「俺はB子さんの…人柄は好きだよ」

 俺の言葉にD太も笑顔を見せ、

「俺もだな。陰キャとか関係なく挨拶してくれるし。班分けの時は本気で王子様かと思ったぜ」

 そして、打ち合わせていた訳でもないが。

「「怖いけど」」

 二人してそう口を揃えてしまう。

 俺達の言葉にB子さんは嬉しそうに口元を綻ばせた。

 B子さんもB子さんで、きっと俺達がどういう人間かよくわかっているのだろう。

「そっか、あんた達らしい」

 満足そうにそう告げると、ふと思い出したかのように、

「あ、そうだ。修学旅行で変な物持ってきちゃダメだからね」

 いきなり注意してきた。

 来月行く予定の修学旅行。自由散策の時間は三人一組の班であり、俺達はB子さんと組むことになっている。

 きっと俺達が携帯ゲームでも持ってくるのだと思っているのだろう。それはない。

「まかせてよ」と俺が。

「あったり前じゃん」とD太が。

 二人して自信満々に返したものの、B子さんはジトリと俺達を見つめ、

「漫画もよ」

 その一言に俺達は驚きを隠せなかった。

「「え!?」」

 そんな俺達を見てかB子さんはため息をついてみせた。

 しかしすぐに笑顔を見せ、決意するように、

「あたしと一緒の班なんだから、一緒にとことん観光するし、全力で遊ぶからね!」

 言い放たれた言葉に茫然とする。

 正直、向こうについたらB子さんと別れて、B子さんは適当な女子の班と動いて貰い、俺達は喫茶店でゆっくりしていようとさえ思っていた。

 なのに、この人は俺達を巻き込もうとしている。

「体力の違いを考えて下さいよー」

 D太が戦慄し、俺も考えただけでその光景は…

「修学旅行が地獄絵図に…」

 俺達の反応を見て満足したB子さんは真っすぐに指を差し、

「覚悟しなさい!」

 笑顔でそう言ってくれた。

 修学旅行が地獄になると宣言されても、それでも元気でいつも通りに見えるB子さんが見れて俺達はホッとしていた。

 あとはどうやって修学旅行を休むかを練るだけ、と言葉はなくてもD太と意思疎通が出来たような気がした。

 きっと俺達の意見は一致している。




 放課後になり、特徴的な見た目の部活動顧問の先生に「今日は休ませて貰います」と告げると怒っていたものの、廃部予定の『文芸部』を取り合えず一時的に救った俺には余りキツイことを言わない。

 10分程、説教を受けたものの、「勧誘してきますので」と伝えると、ビラを大量に渡された上で諦めてくれた。

 今日はこれで休みだ。D太と一緒にコンビニでスイーツを食べるのが楽しみで仕方ない。

 一旦部室である教室へと戻り、荷物を纏め、いらない勧誘チラシをどう捨てる考えていると、

「あの…×××君?」

 急に声を掛けられうんざりする。

 この声は知っている。A美さんだ。

 早くD太と一緒にスイーツを食べたいのに、と文句を言いたい…けれど、俺には無理だ。

 せめて早く終わってくれとだけ思い、振り返る。

 想像通り、A美さんがいた。これから茶道部の活動があるのか、着物を着ている。

 彼女の長い髪と合わさって良く似合っているとは思う。世間的には知らないけれど。

「どうしたの?今日はD太と一緒に帰る約束しているんだけど?」

 遠回しに時間がないよ、と伝えるとA美さんは「ごめんなさい」と一度謝ったものの帰ってくれなかった。

 元来内気なA美さんは、もじもじと指で遊ぶような仕草をしていたものの、意を決したのか、俯きながら。

「えっと、昨日のことちゃんとお礼を言ってなかったから…」

 入れ替えたことに…いや、元の持ち主のところに戻しただけなのに、お礼も何もないと思う。

「なんで気付いたの?」と言いながらも、きっとあの手紙の存在を知っていたのは俺だけだったのだろうと、時間の無駄に感じた。

 A美さんはチラリと俺を見るとまた視線を落とし、

「今日…B子と一緒に登校した時に、間違えてあなたの下駄箱に入れていたのに気づいたの。どうしようかと思ってたら、手紙は私の下駄箱に戻ってきてるし…その…」

 成程、間違えて俺のところにいれたまでは覚えていたのか、と感心した。

 俺が同じことをすることはないけれど、多分、何処にいれたかすら忘れる自信がある。

「気にしてないよ。むしろ、気にされるとこっちが困るよ」

 俺はD太との約束のことばかり考えており、やきもきしていた。早めに切り上げたい。

「あの…。ううん。ごめんなさい。そうだよね…」

 察してくれたのか、少し落ち込んだような声色になった。落ち込む必要を考えてみたけれど分からない。ただ、元々そういう性格なのだろう。

「中は見て…」

「ないよ。宛先は見ちゃったけど、代わりに本人のところに入れるのも気が引けたから」

 おずおずと告げてきた言葉に早口で返してしまった。

 本当に俺は器量のない男だなと呆れたくなる。焦っているけれど…

 ふと、D太と共にB子さんと話したことを思い出した。

 俺はA美さんという人を全くといっていいくらい知らないし、話したことも殆どない。

 だけど、人間的に嫌いなのかと問われると別に何も思わない。

 それでも、俺は彼女に冷たい態度をとる理由がない。傷付けたいとは思わない。

 考えた結果、自分の器の小ささにため息が出る。

「ごめんなさい。あと、ありがとう」

 彼女が絞り出した答えに、俺は…

「どういたしまして」

 そう答えながらも、始めてあった時とは違い、その場に立ち止まることにした。

 A美さんも動かず、俺を見つめると何かを言いたげであった。

「…どうしたの?」と聞き返すと、A美さんは少しだけその表情をやわらげ、

「ううん。何も聞いてくれないんだって思って…」

 それは分かっているんだ、と肩を竦めてしまう。

 秘密を共有したからこそ、そのことについて俺から尋ね、相談に乗ってくれる。

 …訳ではない。そういうことをA美さんは理解しているのだろう。

「相談なら君の友達のB子さんに聞いて貰った方がいいよ」

 俺の言葉にA美さんは頷き、「そうだね…うん」と噛みしめるように呟き、物思いに耽るように。

「B子…聞いてくれるかな…いつも迷惑掛けてるから」

「さてね。でも、一緒に登校するくらい仲はいいんでしょ?」

 俺の言葉にA美さんはキョトンとした。俺はその瞳をまっすぐに見つめてから、親友がいつも座る席へと視線を移す。

 きっとA美さんもそれで、知らないだろうけど俺の親友の存在を感じてくれただろう。

「俺はD太と仲がいいよ。相談もするし。でも、一緒に登校はしないよ」

 俺の言葉にA美さんは静かに口を結んだ。

 俺の言葉をどう受け取ったのかはどうでもいい。

 ただ、俺とD太より仲が良いかもしれない二人だから、それくらい出来るのだろう、というニュアンスは伝わったと思う。

 友情の大きさは杓子定規で測れないから、あくまで第三者の視点的なことだけど。

「そうだね。」とA美さんは頷き、俺が彼女に返したはずの手紙を懐から取り出してみせた。

 まだ渡してなかったのか、と肩を竦めてしまうが、それも一つの選択だと納得する。

「この手紙、出すの少しだけ待とうと思って」

「そう。自分で決めたならそれでいいんじゃないの?」

 俺が答えると、A美さんは上品に小さく笑いだした。

 嗤われるような人生ではあるけれど、まだ笑わせにはいっていないので、困惑してしまう。

 ひとしきりA美さんは笑うと、

「話したら聞いてくれるんだね」

 涙を拭いながらそんなことを言われ、俺はぐうの音も出なかった。

 相談には乗らないと決めていたのに、本質とは違うところで話を聞く羽目になってしまった。まぁ、俺は気弱な性格だから仕方ない。

「話されたらね。無視する程の度胸もないから」

 自分に呆れながら返すと、A美さんはゆっくりと頭を下げた。

「優しいんだね。ありがとう…」

 優しい…なんてこともないんだよな。

 俺はいつも自分が面倒に巻き込まれたくないと思っている。これを優しいなんて言う訳がない。

 俺なんかに比べれば、D太や、B子さんの方がずっと優しいから。

 ふと手に触れた紙が一枚舞ってしまった。

 『文芸部』の勧誘のチラシだ。それを手に取り、俺はふと思いついた。

「そうだ。よかったらこれ」

 俺はそう言ってA美さんに勧誘のチラシを差し出す。

 A美さんは受け取ると首を傾げ、「これは?」と尋ねてくる。

「『文芸部』の勧誘のチラシだよ。俺しかいないから、先生に口すっぱく勧誘活動くらいしろと言われているんだ」

 俺は先生に言われたことを思い出し呆れながら伝える。

 A美さんはチラシを見つめてから、ゆっくりと顔を上げ、

「…私が入ったら嬉しいですか?」

「茶道部だよね?」

 俺の言葉にA美さんは困ったような表情をしたものの、すぐに頷き「…はい」と力なく答えた。

「気にしないで。配ったっていうのが大事だから、こういうのは。結果を求めず、過程を結果にしておいたら問題ないよ。助けると思って一枚貰っていってよ」

 俺には配ったという実績が必要で、向こうは感謝したというならこれでつり合いは取れているはずだ。

 A美さんはチラシを眺めながら、何を思っているのかその文面に触れ、

「結果を求めず、過程を結果に…」

 俺の適当な言葉を繰り返し、まるでその意味を咀嚼するように繰り返すと、ゆっくりと頷いた。

「そうですね。いい経験になりました」

 その答えに首を傾げずにはいられない。

「そう?」と俺は本気で意味が分からなかった。

 A美さんは自分の胸に当て目を閉じると、「恋も経験」と何かの歌詞のような言葉を言うと、俺に向き直り、笑顔を見せてくれた。

「相談には乗らなくても、助言はしてくれるんですね」

 聞いてきたのはそっちなのに。

 それに、無視したらイジメているみたいになると思って答えただけだ。深い理由はない。

「俺には関係ないことだからね。踏み込まないのが吉だよ」

 これも本音。聞かれたことには答えるけど、それ以上は首を突っ込まない。

 A美さんはゆっくりといつより明るい笑顔を見せ。

「それでも、優しいんだね」

 何だか勘違いされているのは分かる。だからといって…

「それはない」

 俺はそう答え、A美さんがその後、教室から去るのを待つしかなかった。

 理由はいくつかあるものの、一番大きいのは、渡された大量のビラを処分するのを見られたくなったからだ。

 A美さんが部活へ行くのを見送った後、俺は廊下を足早に玄関へと向かう。

 A美さんの所為で遅れた…といいたいところだが、これは俺の所為だ。

 変なお節介を焼いた所為でD太を待たせてしまった。

 多分、待ってはくれていると思うけど、それでも急いでいると、

「なぁ、×××」

 玄関でC男君に声を掛けられた。

「どうしたの?」と俺が聞き返すと、C男君は俺を真っすぐに見据え、

「お前さ。その…昼間に」

 これはB子さん関連だなと辺りを付け、

「気にすることじゃないから、勘弁してよ。人を待たしてるんだ」

 俺がそう言いながらC男君の脇を通り過ぎようとしたものの、腕を掴まれてしまう。

「あ、おい!お前さ、修学旅行とか、今日の昼とか…今までだって…」

 C男君が必死の形相で俺を見つめてくる。

 勘弁してくれ。俺は何もないんだ。何も持ってないんだ。持っているものは細切れにした『文芸部』の勧誘のチラシだけなんだ。

 それに意中の相手は絶対俺なんかよりずっと君と話していると思う。

 俺はただ、あの人にとっては何でもない存在で、彼女が自分を貫き通す時にたまたま道端にいただけの人なんだ。

 だから…

「いや、違うから!D太を待たせてるんだ。B子さんには空手部があるから!」

 俺の言葉にC男君は目をしばたたかせ、

「え?B子じゃなく…いや、そうか!そうだよな」

 気が抜けたのか、本当にそれだけしか言えなくなっていた。

 恋は盲目とは言うけれど、池の鯉よりも盲目になって欲しくないな。

 少し考えれば誰だって分かる。最上位のカーストにいるB子さんに、最底辺でありキモオタの俺が特別な関係になる訳がないことを。

 ましてや3次元より2次元の方が好きな俺がまともな恋愛なんてすることもない。

 C男君が俺を解放してくれたので、俺は一度だけ見返し、

「勘違いも勘弁してよ。俺は今日、D太と帰る約束してるんだ。それに、B子さんのことを思うなら本人のところに行けばいいじゃないか」

 俺はそうとだけ告げてから、慌てて自分の靴箱から靴を取り出し、玄関から飛び出す。

 後に残されたC男君はキョトンとしていた。

 そりゃそうだよ。俺にとってのカーストは決まってるんだ。

 大和撫子な美人のA美さんよりも。

 ボーイッシュで人気者のB子さんよりも。

 なんでも出来る完璧なC男君よりも。

 それ以上に俺はD太との友情が大事なんだ。

 ただ、それだけだ。

 玄関から飛び出て、校門へと向かうと、待ちぼうけを食らっていて退屈しているD太がいた。

 D太は余程暇だったのか、携帯電話を触っており、それと同時に俺の携帯電話が鳴った。

 携帯電話を取り出し、届いたメールを見てみると、

「おっせーぞ。何分待たすんだよ!早く、スイーツ食いにいこうぜ!」

 D太がメールをした内容と同じことを俺に言ってくれた。

 俺は「悪い。手間取ったよ」そう答えるとD太は人懐っこく笑い「だろうな!」と俺の不幸ですら笑って済ませてくれた。

 帰り道で、俺はD太と一緒に歩き、

「にしても暗い顔してんな!」

 D太に指摘され俺は大きなため息をつく。

「あー…もう大変だったんだよ。」

「お前が悪い」とD太は笑顔で答え、これは傑作だとばかりに小気味よく笑う。

 そんな悪友の態度にだが、俺にも心当たりがあるから何とも言えない。今回のことを振り返ってみても、

「そうだね。俺が悪いよ」

 俺が認めると、D太は哄笑してみせた。

 そこまで笑うなよ、と俺が不服を漏らすと、「だってそうだろ。関係ないのに巻き込まれてさ」と本当に楽しそうに笑いだした。

 どうやら、本当にD太は事のあらましを推理してしまったようだ。

 俺は呆れながら、ため息をつくと、D太はニヤニヤと笑い。

「で、お前はどっち派だよ?」

 その言葉に俺の予想が外れた気になる。

「あのさ…」と声を出しかけたところで、


「C男君とあの二人が付き合うとしたら、だよ。俺達キモオタ陰キャにはそういうのは縁がないことくらい分かってるって」

 そこまで分かってたのか、とこれには被っていないが帽子を脱ぎたくなる。

「分かってるのかよ」

「当然だろ。ついでに推理も聞きたいか?」

「それはいらない。余計に胃が痛くなる」

 俺が断ると同時にD太はニヤニヤと笑いながら、

「俺はA美さんだな」

 意外だ。そう思ってしまう。

 D太なら、何だかんだと付き合いのあるB子さんを応援すると思ったのに。

「その心は?」

 俺の言葉にD太はさらに笑みを浮かべる。

 これは失敗した。試された。悪質な誘導尋問に近い。

 D太から視線を逸らすと、D太は得意げに、

「そりゃあ、B子はさ、良いヤツだけど女って感じがしないし、友達としてはいいけどよ」

 その言葉に俺は今日のB子さんを思い浮かべていた。

 ボーイッシュな彼女でも、人並みで女の子らしい繊細な悩みを持っていた。

「俺は…」と自然と口に出していた。

 そこで慌てて口を紡ぐ。

 俺はD太を見返し、「同意だね」と言ってみたが、D太に即座に「ダウト(嘘)」と返されてしまった。

 そこまで見抜かれるのは本当に辛い。

 出来過ぎた悪友を持つと苦労する。

 D太は得意げに、

「つーか、好意を持たれている方を好きになるもんなんじゃね?」

 その言葉には、

「そうかもしれないね」

 俺は同意してしまう。一途に思われることは悪くないと思う。

 それでも…

「でも、俺はB子さんだな」

 俺の答えにD太は「やっぱりな」と満足そうに答えてくれる。

 俺は何処まで見透かされているのか恥ずかしく思いながらも、

「C男君には、好きな人を諦めずに頑張ってほしいな」

 俺の答えにD太は頭の後ろで腕を組み「また平行線だな」と満足そうだ。

 実を言うと俺とD太は肝心なところで全く合わない。

 常に平行線をたどる。それでも、俺達は仲良く友達として毎日を送れている。

 思えば些細なことなんだ。小さな日常の小さな差異なんて。むしろ、全部意見が一致する方が俺には気味悪くすら思える。

 違う意見があるからこそ、その意見とぶつかれる。

 ぶつかってお互いを研磨し、時に相手を叩き潰し、へし折り、それでも研ぎ澄ませていく。これが人生の形だと俺は思っている。

 『文芸部』の顧問先生がしきりに言う『生きるとは戦うことだ』というのがある意味で正しいとさえ思える。

 だから俺は未だに『文芸部』に在籍している。

 D太は満足したように欠伸をし、

「まぁ、俺達には関係ない話だし、関係ない俺達は今日はスイーツを喰いにいこうぜ。あっちの苦い恋の三角関係なんて放っておいてさ!」

 D太らしい口上におれは頷き、

「ああ。楽しみだね」

 俺は同意し、D太と顔を合わせ合い頷き合う。

 コンビニへと向かいながらD太は嘆くように、

「にしても災難だったな。全く関係ないのに巻き込まれてよ」

 俺も本当にそう思う。

 恋のもつれとは全く関係のない…まさに蚊帳の外の俺なのに。

「本当だよ。三人の関係性から蚊帳の外のはずなのに皆に話しかけられて疲れたよ」

 俺が項垂れるとD太は俺の肩を叩き、

「まぁ、蚊帳の外に出られて良かったじゃねぇか!」

 その言葉が本当にホッとする。

 蚊帳の外という言葉は悪い意味に使われガチだけど、いざ当事者とは関係のないものがその中に入れられると疲れる以外の感想がない。

 狭い蚊帳の中で言葉や視線で痛みを負うくらいなら、外に出て、中の人からは相手にもされず、蚊に刺されて痒い立場の方がずっといい。

 掻きむしって痛んでもそれは自分の所為だから。



『おまけ』 ボルボックス


 俺とD太がコンビニに向かっていると、ふと前から誰かが俺達に気付いて足早に歩いてきた。

「あ、お兄ちゃん!」

 そう言いながら歩いてきたのは、俺の妹だ。今年から小学生になるから現在は6歳、誕生日がくれば7歳だ。

 俺とはかなり歳が離れているが、両親は「できちゃった」と言っていたものの、両親からはかなり愛されている。

 理由としては俺が変わり者に育ってしまった分、「この子には真っ当に」とのこと。

 しかも、俺に聞こえるように言ってくる両親の言葉には頭痛が痛い。

 俺と年が離れた妹は、いつも通り天真爛漫に俺の下へと駆け寄ってくる。

 ただ何かを持っているのか両手を合わせたまま走ってくるので少しハラハラする。

「あれって、お前の妹?」

 D太に尋ねられ俺は頷きながら「そうだよ」と伝えると、D太は感心するように、

「へぇ、可愛いじゃん。何がボルボックスの方が可愛いだよ。あれくらいの歳なら懐いて可愛らしいだろ?」

 そう言ったD太の言葉で俺はその真実へとたどり着いた。

「懐いてないけど可愛いよ?」

 俺がD太にそう伝えるとD太は口を歪め、

「どうみても懐いてるだろ」

 そう言ってきたが、俺にはそれが見える。

 確実にそれだと分かる。だからこそ、家での一番の癒しの到来を心待ちにしながらも、心配で仕方がない。

 妹は俺とD太の前に来たものの、少し恥ずかしいのかD太から隠れるように俺の後ろに回った。

「俺の友達でよく話すヤツだよ」と俺が妹に説明すると。妹もおずおずと顔を出し、D太の前へと出てきた。

「あの、初めまして。妹の〇〇〇です。小学1年生です」

 しっかりと頭を下げD太に挨拶し、D太もそれに応え、軽く頭を下げ、

「こりゃ丁寧にどうも。俺はお兄ちゃんの友達のD太だ。よろしくね」

 D太の返答を受けて妹は嬉しそうに頬を緩め、そして両手で持っていたものを露わにする。その姿だけで、俺は…。

「ほら、ぼるぼっくす、もあいさつして」

 妹が俺の癒しであるボルボックスに声を掛けると、ボルボックスもゆっくりとD太を見上げた。

 ふさふさの毛並みに、ぶち模様。つぶらな瞳にそしてふてぶてしくも、丸みを帯びた体…

「ぼる…って、ハムスター…?」

 D太が顔を歪めながら、俺の癒しであるボルボックスを見下ろす。

 ボルボックスは不思議そうにD太を眺めるものの、妹が軽くその頬を触れると頬ずりでもするように気持ちよさそうに体をこすり付け始めた。

 D太は困惑しながらも、ボルボックスを指さし、

「いや、なんでそんな名前に…ああ…うん何となく分かったわ」

 どうやらD太にも分かってくれたらしい。

 それが嬉しく思う。さすが親友だ。

 ボルボックスは…元はと言えば、妹が珍しく誕生日プレゼントをねだり、その時に欲しいといったのが、このハムスターだった。

 暫くは妹が別の名前を付けていたのだが、俺に「かっこいい名前がいい」と頼んできたので、ぶち模様と丸い体から俺が名付けた。

「ぶち模様と真ん丸で似ているだろ?因みに、妹は始め大福と呼んでいたよ」

 昔の妹が呼んでいた名前を教えるとD太はげんなりとしながら、

「妹ちゃんが正しいわ」

 そんな心にもないことを言ってきた。

 そんな素直になれない親友に、俺はやれやれと俺は肩を竦めながら、

「それより、どうしてボルボックスを連れ出してる?」

 俺が妹に尋ねると、妹は嬉しそうに、

「あーちゃんが見たいっていうから見せてきたの!可愛いっていってくれたよ!」

 成程。確かに前からよく聞く名前だ。そして、妹からも友達にボルボックスを紹介したいといっていたのも覚えている。

 これは俺の失敗だ。兄として教えなけれなならなかった。

「また逃げたら困るから外に出しちゃダメだろ」

 なるべく優しく諭すように注意すると、妹は落ち込みながら、

「でも…ぼるぼっくすもたまにはお外いきたいとおもって…」

 成程と俺は少しだけ納得する。だが、それで逃げられたらきっと傷つくのは妹だ。

 俺はゆっくりと屈み、ボルボックスに…じゃなくて妹の頭を撫でる。

「次こそお兄ちゃんが帰ってこなくなっちゃうぞ」

 俺の言葉に妹は少し涙を瞳に溜めながらも頷き、

「うん…ごめんなさい。気をつけるね」

 分かってくれたようで助かる。

 俺とは違い妹は賢く、聡明だ。そしてボルボックスは可愛い…いや、間違えた。

 妹は可愛い…と思う。多分…。そうであって欲しい。

「いや、どういう状況だよ?」

 D太が突っ込んできた。何が?とは思ったが、もしかして脱走した時の話かもしれないと推理し。

「前、脱走した時は俺が探したからな」

 俺の言葉に妹も大きく頷き、

「うん。お兄ちゃんがお外に探しにいっておうちに帰ってこなかったの」

 妹は相変わらずの聡明さであったことを伝えてくれる。俺が頷くと、「え、なにそれどういうこと?」とD太は困惑していた。「そのままだよ」と俺と妹が口を揃えるとD太は何かに呆れるようにため息を吐いていた。

「結局、気づいたら妹の布団で一緒に寝てたんだけどな」

「うん。あたたたくて朝起きれなかったの」

 俺もその時の事を思い出すと笑みがこぼれる。

「え?何、どっちの話?」

 どっちの話と言われても困る。

「ボルボックスだが?」

「起きれなかったはわたしだよ」

 さっきからボルボックスの話をしているのに、どっちも何もないと思う。妹が朝弱いのいつものことだ。

 にしても、あの時の俺はというと、夜の街を必死に走り回り、ひまわりの種を片手に一晩中探し回った。

 朝日が昇った頃に、絶望を胸に諦めて家に帰った時に…妹と一緒に寝ている安らかな顔をしていたボルボックスに安らぎと共に感動を感じたくらいだ。

 泣き崩れた俺を両親が腐った生ごみでも見るように見ていたのが印象的だった。

「その状況だけ聞いたら脱走したのがお前みたいになってるからな」

 俺が脱走。さもありなんだな。ボルボックスがいない生活は俺には地獄だ。

「小さい事だよ。俺も反抗期かな?」

 俺はそう言いながら押さえられない衝動に突き動かされ、ボルボックスに手を差しだす。

「ほら、ボルボックス、おいで」

 俺が声を掛けると、ボルボックスはゆっくりと口を開け、俺の指に牙を立てた。

 噛まれてしまい思わず「いたい」と言ってしまうが、これは挨拶みたいなものだ。

 いつも通り俺には触らせてくれない。

「嫌われてんじゃん」とD太が言うものの、好かれていることが全てではない。

「可愛いから。許す」

 俺の言葉に妹は同意し「そうだよね」と嬉しそうだ。

 D太はというと呆れている。理由は分からない。きっと、ボルボックスが可愛すぎるからテレ隠しだろう。

 ふとD太が顔を上げると、 

「そうだ。今からコンビニ行くんだけど、妹ちゃんも一緒に行くか?」

 その言葉に俺は思わずD太を睨んでしまう。

「おい…ボルボックスは寒いところダメなんだぞ」

 俺の言葉にD太は「そっちかよ」とまた呆れていた。

「こんなとこで会ったんだし、折角だし二つ買って分けようぜ」

 D太の提案は頷きにくいものの、妹をこのまま帰らせるのも不安だ。

 ボルボックスを抜きにしても、俺だけケーキを食べて帰るのもはばかられる。

 それに普段から我が儘を言わず、ボルボックスの面倒もしっかり見ている妹にもたまにはご褒美が必要か。同じ甘党だし。

「何かうの?」と妹は俺を見上げてくる。

「ケーキだよ」

 俺が正直に答えると妹は目を輝かせたものの一度、戸惑うように視線を逸らせた。

 俺はそんな妹に、「一緒に食べないか?」とそう尋ねると、妹はゆっくりと顔を上げ、

「いっしょにたべたい!」

 そう言ってくれた。

 上が俺という不出来で偏屈な所為で、遠慮ばかり覚える。甘えることも必要だと教えてあげなきゃいけない。

 妹の反応を見てから、D太を見ると、D太はニヤニヤと笑い。

「なんだよ。大切にしてんじゃん」

 そう言いながら、

「食べたら、家まで送ってやるよ」

 そう言いながらD太はコンビニへと向かっていく。

 俺は妹の手を取り、笑顔を見せると、

「うん!楽しみ!」

 そんな楽し気な声と共に俺と妹も歩き出す。

 ボルボックスはそんな俺達を見て一つ欠伸をしながら、邪魔しまいとしているのか、ゆっくりと妹の手の中で眠り始めた。

「さてと。ようやく窮屈な蚊帳から外に出たんだし、のびのび行こうぜ!」

 D太の掛け声と共に俺達はコンビニを目指して歩いてく。

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