ツナ缶にはマグロの絵が描いてあるけど
「ケヒトさん!ストップ!それは猫用の餌ですよ。」
猫の絵を指で指し示して、慌てる亜美を見て、ケヒトは困惑した表情を見せた。
「ええ~、猫肉の缶詰めじゃないの?」
ケヒトが深いブルーの瞳を大きく見開き、すかさず近くに置いてあったツナ缶を手にする。
「じゃあ、マグロの絵が描かれている、これはマグロの餌?マグロ一本にだって足りない量でしょ?小さくない?」
「ケヒトさん!とりあえず、ツナ缶はマグロの餌じゃないので、オムレツにツナを使ってください!葛西臨海水族園じゃないので、マグロ飼ってる家庭もないですし…。」
オムレツの完成度を心配して、亜美が声をかけると、ケヒトは手早くツナ缶を開けて、玉葱のみじん切りとあわせて、フライパンで半熟になっている卵液で包みこんだ。
「昨日はA-COOPに買い物に行ったんだ、生肉に触りたくないから、缶詰めをいろいろ買ってみたんだ。
亜美ちゃん、後で缶詰めの棚を見てくれるかなあ、昨日、猫の他に、犬の絵もあったような気がする。」
ケヒトは申し訳なさそうな表情をしながら、危うくキャットフード入りオムレツになるところだったツナ入りオムレツやスネジャンカという固いヨーグルトのサラダなどを亜美と自分の前に並べていった。
「これは、バニツァってブルガリア人の朝食に欠かせないパイだよ、ほうれん草とチーズ、キャベツとコンビーフ、カボチャが入っているのがあるから。こっちは、スネジャンカと一緒に食べる用に焼いたピトカっていうパン。」
パンの香ばしい、香りに包まれて、亜美はうっとりと手を合わせた。
「いただきます!」
亜美と一緒に日本語の食事の挨拶をして、食べ始めた。
ケヒトは美味しそうに食べる亜美を本当に幸せそうな表情で見つめていた。
「スネジャンカとピトカって滅茶苦茶合いますね~。オムレツもバニツァもふぁあふぁあ~。ケヒトさあん、美味しくて幸せ過ぎます。」
亜美は焼きたてのバニツァとピトカの美味しさに物凄く感動していた。
亜美の母親は給食ガチ勢である。亜美は幼い頃から母親の作る給食の試作品を食べさせられた。
離乳食は土鍋でお粥を作っていた。
最高級の出し用煮干しで出しをとった味噌汁。
また、人気の料理のお店に行って食事する。
日本全国の郷土料理の食べ歩きはもちろん、美味しいお店では、美味しく作るコツを聞き出そうと粘っていたりする。
つまり、味覚の英才教育により、亜美の舌は滅茶苦茶肥えていた。
「僕が今、どんなに幸せな気持ちでいるのか、分かるかい?アミッド。」
ケヒトの呟きは、亜美には聞こえていなかった。