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(5) 面会人

「おい」


 一体どれくらいの間、気を失っていたのだろう。かけられた声にふと目を開けると、横では燃え上がる火が赤く焚かれていた。


 まだぼんやりとした目で周囲を見回すと、瞳の端では取り調べの男が困ったように茶色の髪をかきあげている。


「まったく……まだ死なれるわけにはいかないというのに……強情な」


 気がつけば、さっき自分が拷問を受けていた位置よりは、随分と火の側によせて寝かせられている。ぼんやりと視線を動かすと、奥にはまだ水浸しになった灰色の床が見えた。きっと火の側に移されたのは、あのまま髪も上半身も冬の氷水で濡れたまましておいて、肺炎でも起こして死なれては不手際になると恐れたからだろう。


 ふらりと視線を取調官から動かすと、四角く区切られた炉の中では、赤い火箸が焼かれているのが見える。黒枠の炉の側には、罪人の指を切り落としたのだろう。まだ刀身に赤い血のついた偃月刀がおかれているではないか。


(次は、あれで指を切り落とされるのかしら……)


 ごくりと息を呑む。


いや、なぜかは知らないが、取調官は体にあまり傷をつけないように命じられたと言っていた。だとすれば、次は、炉で焼かれたあのこてで、全ての爪を焼かれるのかもしれない。


 一本一本。全ての爪がないのは、拷問を受けた罪人の証しだと聞いたことがある。手の爪、そして足の爪を焼き、それでも自白をしなければ、次には目玉をくりぬかれると言う。


「あ……」


 自分で思い浮かべた未来にぞっとリーゼの背筋が粟だっていく。逃げたいのに、上半身を持ち上げて見た足には重たい鎖がつけられていて、動くことさえ自由にできない。


「おい」


 きつく唇を噛みしめて考えていると、すっかり乱れてしまっていた髪を、更にぐいっと乱暴に引っ張られた。


「起きろ、お前に面会だ」


「面会……?」


(こんなところまで、一体誰が……)


 冤罪で捕らえられたと聞いた家族だろうか? 父や母や、幼い弟。それに一緒に夜会に来ていたはずのアンドリックの面影が脳裏に甦る。


「じゃなきゃあ、起こすかよ。えらく高貴な方だとさ」


「まさか……!」


(ひょっとして、私が捕まったことを聞きつけたイザークが助けに来てくれた!?)


 まさかとは思う。だけど、心の中では絶対にそうに違いないとも頷いた。


(今までも私が困った時には、いつも必ず助けにきてくれたもの……! ちょっと喧嘩していたといっても、やっぱり来てくれたんだわ)


 嬉しい。こんなところに捕まっても、まだ心配して訪ねてきてくれるイザークの心が。


 だから、少しでも元気な姿を見せようと、痛む足を我慢して立ち上がったのに、扉から現れたのは華やかなストロベリーブロンドだった。目映く輝く髪に、さっと顔色が変わる。


 こつこつと、赤いハイヒールの踵を冷たい石の床に響かせながら、カトリーレが歩いてくる。淡いストロベリーピンクの髪は、今は炉から照らす炎のせいで、まるで燃え上がる火のようだ。身に纏っているのは、髪と同じ金にピンクをまぜた色のドレス。しかし、うっすらと微笑むと、包帯を巻いた左手をかばうようにして、右手に持っていた扇をゆっくりと持ち上げる。


「ごきげんよう――――というには、おかしいかしら?」


「カトリーレ様……」


 一瞬呆然としたが、すぐにこちらを指すように持ち上げられた金色の扇を睨み返した。慌てた拷問係が、側からご機嫌をとるように笑顔を作る。


「カトリーレ様。もう歩かれましても?」


「ええ。幸い衛兵がすぐに止めに入ってくれたので、かすり傷ですみましたから」


「よくも……そんなことを……」


 絞り出す声が震えてくる。


「その傷は、あなた自身でつけたものじゃない! それなのに、よくもそんな嘘を!」


 けれど、くすっとカトリーレは金色の扇を広げる。


「あら? 助かりたいからって何を言い出したのかしら? 貴女が私の部屋で、私をナイフで刺そうとした。これは入ってきた衛兵も見ている事実だわ」


「嘘よ! あれはカトリーレ様が自分で腕を傷つけて!」


 けれど、戸惑っている牢番にもかまわず、カトリーレはくすくすと扇の向こうで笑い続けている。


「ふん。まだ諦めていないようね? 貴女のせいで、実家のシュトラオルスト子爵家がどうなってしまうか――――そんなことも考えないなんて」


 緑の瞳が、側の炎に照らされて黄金色に輝く。


 挑発的な眼差しに飲み込まれないように、リーゼは必死で震える両手をぎゅっと握りしめた。


「……すぐに、わかるわ。私は何もしていないもの!」


 そうだ。自分は誓って神にも法にも背くことは一切していない。だから。


「お父様やお母様だって、きっと私を助けようと必死に動いてくれているわ。それに、イザークだって! きっと今頃は私を助けるために行動してくれているはずよ!」


(――――そうだ。いつだって、私が困っている時にイザークは見捨てたりしなかった。あとで、少しの皮肉を言ったりはしても、最後には、いつもだから俺に頼れと言っているだろうと頭を撫でてくれたもの!)


 だから、今度もきっと自分を助けようと、あちこちを動いて手立てを探してくれているはず――――。


 けれど、祈るように手を合わせたリーゼの前で、カトリーレは面白そうに笑う。


「ああ。そのことだけど、そうね。まだ知らなかったのね」


 ストロベリーブロンドが、燃え上がる火に鮮やかな炎色に染まった。


 そして、心の外から愉快でたまらないというように、華やかに笑う。


「じゃあ、教えてあげるわ。イザークは貴女との婚約を解消したわよ」


 突然言われた言葉に、リーゼの瞳が信じられないように大きく開いた。


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