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(4)拷問部屋 

 ざばっと冷たい水に頭を沈められる。


 古びた桶に溜められた水は、きっと外の雪水を溜めたものなのだろう。まだ細かな氷の粒を残す桶の中は、息が苦しいのと同時に、つけられたリーゼの顔に刺すような痛みを伝えてくる。


(苦しい!)


 奥にはまだ大きな雪の塊も残っているようだ。押さえつけられた顔は、鼻からも口からも息ができなくて、このまま窒息してしまいそうになる。


(もうだめ!)


 そう思った瞬間、後ろからリーゼのクリーム色の髪がぐいっと持ち上げられた。今まで古びた桶の中に押さえつけられていた顔が空気の中に持ち上げられて、命拾いをした肺が必死に酸素を吸い込もうとしている。


 あれからどれくらいの時間が過ぎたのだろう。暗い地下牢では、時間の動きもわからないが、少なくとも、一日近くは経過したはずだ。


 長いクリーム色の髪の先からは、ぽたぽたと冷えた水が灰色の床にしたたり落ちる。


「吐け! 誰の命令でカトリーレ様の命を狙った!?」


 地下牢の取調官が耳元に口を寄せ、金切り声で叫ぶ。だが、元々命を狙ったりなんてしていないのだ。何度拷問を繰り返されても、吐くべき自白などどこにもあるはずがない。


「私は……して、いません……」


 だから、リーゼはもう何度目になるのかわからない言葉を、肺に取り込んだ空気を吐き出すのに合わせて告げた。


 だが、拷問部屋の取調官達が、それで頷くはずもない。


「嘘をつけ! あの時部屋にいたのは、カトリーレ様以外にはお前だけだ! お前以外に誰がいる!?」


 そして、怒りにまかせてどかっと足を踏んだ。


「うっ……」


 足の裏に激痛が走る。


「本当……です。あれは、カトリーレ様が……自分で」


「嘘をつくなら、もう少しましなものにしろ! そんなことをしてカトリーレ様になんの得があるんだ!」


 得。そんなことを言われてもリーゼにわかるはずもない。


 けれど黙ってしまったリーゼに、拷問係の怒りが収まるはずはなかった。


 更にぎりっと床へ砕くように足を踏みにじられる。


「ああっ!」


 踏み砕かれるようなあまりの痛みに、思わず耐えきれずに叫んでしまう。あまりに悲痛な声に、後ろにいた男が心配そうに拷問係に手を伸ばした。


「お、おい。体にはまだあまり傷をつけるなと言われているんだろう?」


「見えなければいいんだろうが」


 仲間が命令に逆らうことに危惧して慌てて声をかけたようだが、リーゼを苛んでいる男は鼻で笑うばかりだ。


 実際、どういう理由があってかは知らないが、カトリーレから傷つけるなという命令がなければ、もっと苛烈な拷問を加えられていたのだろう。見回した部屋の壁には、鞭や囚人を天井から逆さにして吊す鎖がかけられ、部屋の中央に焚かれた火に黒光りしている様子には、ぞっとしてしまう。


 だから、あれよりはましと、また脛を蹴られるどかっという音に、必死に唇を噛みしめて耐えた。


 痛い。今の膝立ちを強要されている姿勢からでは見えないが、きっと足の脛には黒くなりそうなほどの内出血が浮かんでいることだろう。


 けれど、唇を噛んで悲鳴を耐えたリーゼに、拷問係はいまいましそうにクリーム色の髪をねじり上げる。


「うっ……」


 頭の皮全てを引っ張られる感覚に耐えきれなくて、つい小さな呻きがこぼれてしまった。


 その声をどうやら聞きつけたらしい。更に一捻りすると、諭すように拷問係が顔に嫌らしい息を吹きかけてくるではないか。


「さあ、吐け。今回の暗殺計画。お前が実行犯として、計画は誰がたてた? まさかたった十六になったばかりのお前が、全て一人で計画したとはいうまい。父親も仲間か?」


 ぐりっと更に足で脛の後ろを踏みつけてくるのが痛い。


(だけど、ここで私が嘘を言えば、父や弟にも迷惑がかかる)


 脛には更に力をこめられて、もうすぐ骨まで砕かれそうだ。


(だけど――――)


 前髪からしたたる銀色の粒をみながら、必死に脳裏に浮かんだ人物に救いの手を求めた。


(きっと……。きっとイザークなら、今頃父親のブルーメルタール公爵に頼んで、私の疑いを晴らそうと手を尽くしてくれているはず……)


 だから、もう少しだけの辛抱よと水で冷え切った青い唇を震わせた。そして、必死に首を振り続ける。


「私は、なにも……して、いません……」


「強情な!」


 また、拷問係がねじ上げた髪を前に引っ張ると、強引にリーゼの顔を氷水につけた。皺くれた手で頭の後ろを押し込んでくるところまではさっきと同じなのに、今度はいつまでたっても水から上げられることはない。


「さっさと共犯者の名前を言って、自分がやったと認めないと本当にこのまま死ぬことになるぞ?」


 苦しい。口から息が小さな泡となって間断なくこぼれていくのに、まだ水の中から頭をあげることを許してもらえない。


(お父様! お母様! エディリス!)


  夜会に行くときに挨拶をしたきりの懐かしい家族の顔を思い出す。笑って出かける挨拶をしたのは、つい昨日のことだというのに、家で過ごした日々はなんと遠い昔のことだろう。


(だめよ。私が嘘の自白をすれば、家族にだって迷惑がかかるわ!)


 だが、たまらなく苦しい。最後の息が喉の奥から、ごぼっとこぼれた。


 最後の意識が切れる寸前、夜会で初めてキスをしたイザークの面影が脳裏を横切る。


(助けて! イザーク!)


 ここからでは決して届かない声を、思い出した面影に向かって必死に叫ぶ。


(私は何もしていないの!)



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