僕がいないと名探偵は使い物にならない
今日は商店街で美味しいオヤツを買ってもらう予定だった。
テレビで話題の松坂牛入りクッキーを買うために1時間も並んでようやく手に入る……はずだったのに、会計まであと6人というところでクロの電話から優しいクラシックの着信音が流れた。
嫌な予感しかしなかった。僕の勘はとてもよく当たる。
「もしもし……あぁ」
クロの表情は分かりにくいけど、もう5年も一緒にいる僕には手に取るように分かる。
面倒くさいって思ってる。
「面倒くさいな……今はぎんちゃんのオヤツを買わないといけないんだが、ああ、いや、……わかった」
呼ばれたの?
僕はクロの背中から声をかけた。
「ごめんな。ぎんちゃん、シロが事件に首を突っ込んだらしい。オヤツはあとでちゃんと買うから許してくれ」
またシロのせいで僕のオヤツを買えなくなった。アイツは疫病神か。やっぱり休日のショッピングに連れてきたのがダメだったんだ。
いつか見てろよ。食い物の恨みはしつこいぞ。
不機嫌な顔をしていた僕にクロは申し訳なさそうな顔を向ける。仕方ない、クロに免じて許してやるか……
クロは僕の頭をナデナデして、お店を出た。
目的地に向かう道では、通り過ぎる女の人たちがクロを見ては顔を赤らめる。
これは日常茶飯事。
ふふん。クロはカッコイイからいつも僕は鼻高々。
僕たちが辿り着いたのは商店街の大通りから少し外れた所にひっそりと佇む喫茶店だった。焦げ茶色を基調としたレトロなお店。
【オリジナルブレンド・美味しいコーヒーが自慢です】とお店の前のブラックボードに書いてある。
「あ、クロ早かったな」
「……」
喫茶店を少し離れた電柱から声をかけられた。クロは無言で近づく。
電柱の影には憎っくき男と僕が初めて見る女の人が隠れていた。女の人はクロより少し年上かな。
「ごめんね。コイツは黒緒アヤト。無愛想な奴だから気にしないでね。あ、そうだ僕の紹介がまだだったね! 僕の名前は白月アヤト。コイツと同じ名前だからシロさんって呼んでね」
シロは隣の女の人にベラベラと話している。
「あの、私は警察に……」
困ったような声のトーンだ。
他の人も困らせてるなんてシロは本当に仕方のない奴だ。
「いやいや、実はね! 僕たちは探偵事務所の人間なんだ。だから君の見た殺人が本当にあったかどうか僕たちが調べてあげるよ。だって、何もなかったり、証拠隠滅されてたら警察はまったく取り扱ってくれないよ?嘘つき呼ばわりは嫌でしょう?」
「あ、そ、そうですよね……」
「うんうん! だから僕らリバーシ探偵事務所にお任せあれ!早速だけど、さっき僕に話したことをクロにも話してくれる?」
「はい」
そう言って女の人はクロを見た。案の定顔を赤らめている。
あ、後ろの僕に気づいたみたい。
「あ、可愛い。ワンちゃんがリュックに入ってる」
「……ぎんちゃんと言う。5歳の男の子でミニチュアダックスとマルチーズのハーフ。とても頭が良くて可愛い良い子だ。特技はお願いをすることと、取ってこいもできる。ただし散歩は好きじゃない。俺たちと一緒に仕事もできる」
「まぁ、可愛い。私は花岡トモコです。ヨロシクね、ぎんちゃん」
さすがクロ、二重丸の紹介だよ。
ヨロシクね、花岡さん。
僕はクンクンと鼻を鳴らした。
「いやいや、大きなコブ以外の何者でもないでしょーが。犬なんかのことより、ね?」
シロが不機嫌そうに突っかかる。自分以外が注目されるのが余程嫌みたいだ。
まぁ僕はイケメンの余裕で嫉妬は大目に見てやるぞ。
すると、さっきまでの表情とは打って変わって花岡さんは暗い顔つきになって話し始めた。
「私、さっきそこの喫茶店の窓際の席でっ……人が殺されるのを見てしまいました。今から15分くらい前にここの前を通った時にあの小窓から……」
「どうして殺されたと断定できる?」
「すごい大きな音がしたんです。ゴツッていう感じの、それで反射的に見てみたら男の人が机に倒れてて、血が凄く出ていました……その人は眼を開けていたのにピクリとも動かなかったから、死んでしまったのかと……」
「殴った人間は見なかったのか?」
「はい。ちょうど死角になっていて、見れていません、すいませんっ」
「殺された人の年齢はどれくらいか分かるか?」
「えっと……どうでしょう、若かった気もするし、おじさんだったような気も……すいません。動転していて覚えていません」
「凶器は見たか?」
「……いえ、それも、すいませんっ」
それ以降無言になり、何かを考えているクロにもう一度彼女はすいませんと謝った。
花岡さんはちょっと消極的な人なのかも。
クロは怒ってるわけじゃないんだよ。勘違いしないでね。怖がらないでね。そう思うと、僕の鼻からはクゥーと息が漏れた。その音に花岡さんは微笑んでくれた。僕の思いが伝わったのかも知れない。
「花岡さん、あなたはなぜここの道を通ったんだ? 今日は平日だが、失礼ですが、ご職業は?」
「パティシエとして働いています。今日は休みだったのでゆっくり起きて商店街をブラブラしてました。あまり歩いたことのない場所を散歩しようかと思ったらこんなことに……」
ふむ。パティシエってことはケーキ屋さんかな。
でも、その割には花岡さんからはクリームの様な甘い匂いはしないけど。
「犯人に顔を見られた可能性は?」
「ない、と思います……全速力で走ったので。その時交番に向かっている途中、大通りでシロさんとぶつかってしまって、今回の事情をお話しした次第です」
「それはお気の毒に」
それはおきのどくに。
シロに会ったのは地獄に悪魔だ。でも安心して。クロと僕が花岡さんの不安を取り除いてあげるから。
よし、クロ、まずは喫茶店に入ってみようよ!
「ん?ああ、ぎんちゃんが喫茶店に入ろうと言っている。俺とぎんちゃんとシロで確認してくるから、花岡さんは少し離れた人通りのあるところで待っていてくれ。絶対に顔を見られてないとの確信はないからな」
「よし! と言いたいが、クロ、犬はダメってあそこに書いてあるぞ」
あ、本当だ。ブラックボードにペット入店禁止と書いてある。
しかし大丈夫。僕はペットじゃないから。
「大丈夫だ。ぎんちゃんはペットじゃなく相棒だから問題はない」
その通り!
「いや、問題大アリだろ……知らないぞ」
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喫茶店のドアを前に押し出すと上にくっついているベルが揺れてシャリリリンと乾いた金属音が鳴った。
同時にカウンターにいた老人がこっちを向いて微笑んだ。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
僕らはカウンターに座った。
喫茶店の中にはマスターを除いて3人の人間がいた。
僕たちと同じようにカウンターに座っている40代半ばの男性はメガネをかけて少し小太り、マスターと親しげに話をしている。
少し奥のテーブル席には男女2人がいた。壁を背にして女性が、僕らを背に男性が座っていて、顔を近づけて話をしている。
「じゃあオリジナルブレンドコーヒーを2つ。あと、お手洗いをお借りしても良いですか?」
「どうぞ、あちらの奥です」
シロは慣れているようにすぐ注文をし、案内された奥の扉に向かって行った。
この喫茶店にはトイレ以外の扉は見当たらない。
それにしても喫茶店ていうのは鼻に入ってくるコーヒー豆の匂いがすごい。でも、豆の匂いに混じって違う匂いもあるぞ。……あと薬品の臭いも強い。
あ、シロがトイレから帰ってきた。
クンクンと鼻を鳴らしていると、マスターは僕に気づいて驚いた。
「お、お客様! ウチはペット同伴可能ではございません。そちらはワンちゃんですよね? 申し訳ありませんが、外に繋いでおいていただけると有難いのですが……」
むむ。外に出て待っているのは嫌だぞ。
足が汚れるじゃないか。
クロ、どうする?
「まぁまぁ、マスターいいじゃない。大人しくて可愛いワンちゃんなんだから特別に許してあげなよ」
カウンターに座っていた男性が助け舟を出してくれた。僕を見てニカッと微笑む。
こんなこと、思っちゃいけないんだけど、胡散臭い笑顔だ。
「……し、仕方ありませんね。では、他の方には内緒でお願い致します」
「わかった。ありがとう」
クロと僕はお礼を言った。
周りを見渡すと店内はとてもキレイに掃除されているようでチリ一つ見当たらない。
キッチンには大きなお醤油のボトルやたくさんの野菜、缶詰も置かれていて料理にも力を入れている事が見て取れる。
床の古めかしいフローリングもツヤツヤしているし、クロの頭の横にあるレトロ調なランプまで一つ一つ丁寧に磨かれマスターの喫茶店愛をとても感じる良いお店だ。
クロ、キレイなお店だね。
「そうだな。ぎんちゃんもとても素敵な店だと言っています」
マスターは一瞬戸惑ったが、ぎんちゃんが僕だと分かると嬉しそうに目を細めた。
良かった。僕が嫌いってわけではないみたい。
程なくしてブレンドコーヒーが2人の目の前に置かれた。
「少し、聞きたいんですけど……実は先程ここで殺人事件を見たと言う人にお会いしまして、本当にあったのかなぁなんて」
シロが言った軽いジョークのような言葉にマスターの細い目は少し見開いたように見えた。
「どなたですか?そんな酷いことを言うなんて許せませんね」
笑顔とは裏腹にピリピリとした空気が僕にも伝わってくる。
「僕もこんな真っ昼間にそんな事はないと言ったんですがね、なんせ頑固な方で調べてくれと頼まれちゃったんですよ」
まったく面倒臭い。と、シロはあたかも依頼を仕方なく受けたように捏造した。
人間はこういうウソも付かないといけないなんて大変な動物なのだ。
「そう言われましても、殺人事件などございません。お調べいただく事はありませんよ」
「本当ですか? いやぁ、参ったなぁ」
シロは頭をポリポリとかきながらコーヒーに口をつける。その間クロは一切動かない。なぜならシロの質問に対しての相手の反応や雰囲気、周りの行動などを逃さずチェックするためだ。もちろん僕も周りのチェックや臭いを嗅いでクロのお手伝いをする。
これがリバーシ探偵事務所の仕事のやり方だ。
すると、さっきからコッチをジロジロ見ていたカウンターのおじさんが話しかけてきた。
「おいおい。もしかしてその目撃者さんはさっきのアレを見ちゃったんじゃないのかい? ねぇマスター?」
「えっと……と言いますと?」
「だーかーら、きっとさっき俺が女房にぶたれた所を見ちゃったんだよ。実はよ、俺がこの喫茶店に入り浸ってるのに怒ってちょっと前にガツーンッと大きいのをもらっちまったんだよ」
おじさんは自分の右の頭を撫でている。
そこを打たれたらしい。怖い女の人がいたもんだ。
「あ、そうでしたね」
「そうそう。こんな女だよ……えーっと」
そう言っておじさんはズボンの後ろポケットから自分の財布を取り出して何かを探し始めた。
二つ折りの彼のお財布は、年代物なのかとてもくたびれていて、所々ヒビが入っている。しかも左右がペッタンコに閉じれないくらいカードやらチケットやらがたくさん入ってお財布からは悲鳴が聞こえてきそうだ。
「あれ? いつも女房の写真を持ち歩いてるんだが、残念ながら今日はなかったみたいだな」
おじさんは残念そうにパンパンなお財布をまたポケットに戻した。
「いやぁ、ウチのはキツイ女でよ?俺が何か気にくわない事をするとすぐバーンッだ。この間なんて服の上下が合ってないって言って説教さ。こんなこと恥ずかしいんだが、その目撃者さんには安心してくれって言っておいてくれよ。俺は生きてるよってな」
「そうだったんですね!わかりました。目撃者さんにはそのように伝えておきます。それにしてもコチラのコーヒー本当に美味しいですね」
シロは一件落着と言ったようにコーヒーをグビッと飲み干した。
マスターの表情も心なしか柔らかく感じる。
シロは横に座っていたクロにくるりと顔を向け、良いか? と目で合図した。
その合図にクロは頷いた。
「じゃあ、すいません。なんかビックリさせちゃって、コチラで解決しておきますので」
「いやいや、兄さん達も大変だったな。また話しにきなよ。今度は殺人事件じゃない話をな! ハハハ」
「ハハハ。ありがとうございます。では」
お会計を済ませて外に出た。
2人には分からないが、僕は扉が閉まる前、マスターとおじさんがヒソヒソ話をしてるのを見た。やっぱり僕は花岡さんの言う通りこの場所で殺人事件があったんだと思う。
「で、クロ。どうだった?」
ドアが完全にしまったのを確認してシロが話しかけてきた。
うん。僕は殺人事件があったと思うぞ。なんて答えてもシロには伝わらないんだけど……
「……ダメだ」
「え? クロ、なんかわかったのか?」
クロは深刻な表情で俯く。あ、いつもの発作が出てきたのかも。
「ダメだ! ぎんちゃんのオヤツを買わないと俺は頭が回らない!」
そういうと、クロはさっき僕らが買えなかった松坂牛クッキーのお店へ長い足を駆使して走り出した。こういう時クロは振動を僕に与えないようにリュックを前に抱きかかえてくれる。
通り道で花岡さんとすれ違ったけど、クロは気づいてないのかまったくの無視。
落ち着けクロー。
「……な、んだと」
お店に着いてみるとclosedの看板がドアノブにかかっていた。
ヤバイぞ。今のクロだったらドアを叩いて開けさせるくらいしそうだ。
すかさず僕はクロの頬っぺたをペロペロ舐めた。落ち着けクロ、僕はもうちょっと我慢できるよ。お家に着いたら違うオヤツを食べようよ。
「ああ、ごめんな、ぎんちゃん。なんて良い子だ。わかった。帰ったら美味しいオヤツ食べような」
クロは人目をはばからず僕をギューっと抱きしめてたくさん話しかける。そんな僕らを好奇な目で見てくる人は多いけど、僕からすれば人間なんてみんな変。
僕らから少し距離を取って一部始終を見ていた花岡さんとシロの会話が聞こえてきた。
「シロさん、クロさんのぎんちゃん愛って凄いですね……」
「あぁ、そうねぇ。アイツさ、俺と大学の時からの付き合いなんだけど。いつも犬連れて来てたんだ。大学側も最初は注意してたんだけど、一向にやめない。しかもアイツメチャクチャ頭良くて、研究内容も教授と引けを取らなかったらしい。だから1年の途中から特別に犬連れでも許されたんだ。」
「ええ~、クロさん凄い方なんですね!」
「うん。凄いんだけどさ、大学卒業したら普通就活するじゃん? 笑っちゃうけどアイツさ、就活の面接を全部犬連れて行ってさ。もちろん全落ち。それから色々あって普通の仕事じゃ無理って事で探偵事務所を開いたんだよね」
「へぇ~。あ、シロさんは就活しなかったんですか?」
「俺? 俺はホラ、人に使われるタイプじゃないから」
アハハと笑うシロ、本心を言ってない時のアイツの臭い。
少し落ち着いたクロはまた僕を背中に背負って2人と合流した。
「で、どうだったんだよ。さっきの店は」
「ああ、殺人事件はあっただろうな。証拠隠滅を図ろうとした形跡がある。マスターは巻き込まれただけだろう、恐らく殺したのは奥の席にいた2人の内のどちらか、たぶん俺たちに背を向けていた男性だと思う」
「え? あのカウンターにいたオッサンじゃないのか?」
「あぁ、手を下したのは彼じゃないだろう。彼はチェック柄のシャツにジーンズというかなりラフな服装をしていた。花岡さんが言うには血がかなり出ていたらしいのに返り血がないのは不自然だ。それにとっさに自分の奥さんにやられたと嘘をついた。そんな嘘がつけるのも自分がやってないという心に少し余裕がある証拠だろうな」
「奥さんの話が嘘な根拠は?」
「奥さんがいないと俺は思う。1つは彼の左の薬指には指輪がなかった。もしかしたら仕事柄指輪が出来ない理由があったのかもしれないが……2つ目は彼のシャツがシワシワだったこと。3つ目は彼が奥さんの写真を出そうとした時だ。」
「結局持ってきてなかったから見れなかったじゃないか」
「そこじゃなくて、財布の中にたくさんの朝定食とディナー用の割引券があった。アレは【すき吉屋】が朝か夜に来た人にしか出していない割引券だ。彼が言うようにもし奥さんが喫茶店に来るのを咎めるような人だったり、身だしなみに気を使ってくれる人なら彼の財布からあんなにたくさんの定食割引券は出てこないだろう」
「でも、10分かそこらで死体をどこかに移動させることは出来ると思うか?」
僕もそれは疑問に思うところだ。
あそこにいる4人が力を合わせて掃除をした場合、血とか凶器を隠すことは出来ると思うけど、死体を隠すのはあの狭い店内じゃあ難しいよね。外に持ち出したのかな?
「店の中にトイレ以外の扉はなかったぞ。カウンターキッチンで中も見渡せたし……」
「それに関しては、大体の検討はついている」
僕のクロはやっぱり凄いや。僕はリュックの中に隠れているシッポをブンブン振っていた。
どうしても感情がシッポに出てしまうから僕はおじさんやシロのように嘘つきにはなれないな。
「わかった。じゃあとりあえず連絡してみますか」
シロはスマートフォンを取り出していつものところに電話をし始めた。
「もしもーし。俺だよ。実は殺人事件があったみたいでね。そう。まだ死体は出てないよ。……うん。クロが言ってるんだから早く来てって……場所は」
「あのぉ、シロさんはどちらにお電話をしているんでしょう」
ずっと僕らの話を黙って聞いていた花岡さんが質問してきた。
「家族に電話をしている」
「ご家族ですか……なぜ今?」
「シロの父親は警視総監でお兄さん2人は警部と警視正なんだ。事件があると電話して刑事を派遣してもらっている」
「っすごいご家族! エリートの家系なんですね」
クロがシロの説明をする時、人はみんな驚く。だからきっと人間にとってシロの家族は凄いんだろうけど……僕はあの人たちが苦手。
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「事件に首を突っ込むのが好きだなぁ、白月のお坊っちゃんは」
「いつもすいません。イズミさん、とコタローちゃん」
来たのはいつものメンバーだった。刑事の高橋イズミとその部下の小林コタロウ。ここだけの話、いつも僕らの呼び出しに応えてくれるから彼らは【警視総監の子供のお守り役】と言われているらしいぞ。
「シロさーん、俺もう30ですよ? そろそろちゃん付けはやめてもらわないと示しがつかないですって」
「じゃあヒゲでも生やして貫禄を付けたらどうだ? そんな童顔だからみんなからコタローちゃんなんて言われるんだ」
「コタローちゃんって呼んでるのはシロさんだけですよっ」
シロがコタローと戯れていると、イズミがこっちに近づいてきた。
「どうも、クロさんコレ警部から頂いてきました。いつものです。いいですか?」
イズミはクロが頷くのを待って、後ろに回り込み僕の口に骨の形のビスケットを1つ運んだ。
コレは、いつもシロの家族が僕に用意してくれているオヤツだ。
……ただ、コレあんまし美味しくないんだ。
でも付き合いは大事って事、出来る男の僕は知ってる。だから苦手でも美味しそうに食べるぞ。
「それで、死体が出ていない殺人とはどういうことですか?」
僕にビスケットを与えて一仕事終えたイズミは本題に入る。
クロとシロは今回の事件の一部始終を2人に話した。
「なるほど、そちらのお嬢さんが目撃者ですね。後ほどまたお話をお伺いします」
イズミの言葉に花岡さんは会釈をした。
「では、早速その喫茶店へ行きましょうや」
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「死体は床下収納庫の中にあります。イズミさん確認してください」
イズミはキッチンの床下にある引き扉を開けた。すると、そこには細身の男性がうつ伏せに隠されていた。収納庫は以外に広く、人1人は余裕で入れてしまう空間だった。
「なぜ、ここだと分かったんですか?」
イズミはクロに質問をした。
うん。それは僕も聞きたいことだ。ナイス質問だぞイズミ。
「この喫茶店にはトイレ以外の扉は見当たらない。だからと言って死体を外に運び出すのは人目に付きやすい。なんたって真っ昼間だからな。となると、自動的に隠し場所は絞られる。
最初にキッチンを見た時にも違和感があったんだ。お昼時を過ぎてるにも関わらず醤油の大瓶や缶詰などがたくさん置いてあった。つまり収納庫のスペースを確保するために邪魔なものを退けたんじゃないかと思ったんだ」
さすがクロだ!しっかり見ているな。
死体が出てしまったからかマスターもおじさんも無言で目がフヨフヨ泳いでいる。
奥の2人も俯いたまま動かない。
「このテーブルで殺害されたんですよね?
傷やシミひとつありません……」
コタローが窓際のテーブルを確認している。綺麗にふかれちゃったのかな?
「そのテーブルじゃない」
クロは店の奥側にある2人が座っているテーブルを指差した。
「で、でも窓際のテーブルって言ってませんでしたか?」
「テーブルの番号を見てくれ。奥から5・2・3・4・1となっている。奥と窓際が入れ替わっている。傷、もしくはシミがこの短時間では消えなかったんだろう。背を向けて座っているあの男が自分の服とともにそれを隠している」
「失礼、よろしいですか?」
コタローは座っている男の腕を持ち上げた。男の袖口から肘にかけて血飛沫と思われる跡がピピッとかかっていた。
「メニュー表の下から血痕と思われる跡も確認できました」
「凶器はおそらく各テーブルに置かれている鉄製のランプです。調べれば血液反応が出るでしょう」
「くそっ! あいつがいけないんだ! アイツがここを大型ショッピングモールにしようなんて言って俺らを裏切るから!俺はただこの商店街を守ろうとしただけなんだ!」
暴れる男をコタローが押さえつける。
大の男が暴れてるのに、顔色ひとつ変えずに押さえてるコタローは実はすごいヤツなんだな。
「どんな理由があろうとも人を殺して良い道理なんてありませんよ」
そう言ってからイズミは店の外に待機させておいた部下たちに彼を連れて行かせた。
名前も知らない人だったけど、さっき暴れた時は怖かったな。そんな時でもクロを守れるように僕は強くならなきゃ。
「では、あなたたちも署でお話をお聞きしますよ」
マスターは連れて行かれる時に僕と目があった。
「実は私も犬が大好きなんですよ。今度お店を開けたらドッグカフェにしようかと思います」
「その時は是非呼んでください。ぎんちゃんと行くのを楽しみにしています」
マスターは微笑んで僕の頭をナデナデしてくれた。早くドッグカフェ開いてくれたら良いな。
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「本当にありがとうございました」
花岡さんは僕らに深々とお辞儀をした。
気にしないで、僕とクロにかかればこんな事件お茶の子さいさいだよ。
「いや、首を突っ込んだのはこっちだ」
「首を突っ込んだって言わないでほしいね。僕が花岡さんに話しかけなかったら絶対迷宮入りだったって」
「あ、でも本当そうです。まず信じてもらえなかったでしょうから……あ、それでコレどうぞ」
花岡さんはクロに茶色い紙の袋を手渡した。
「これは?」
シロと僕はクロの手の中をまじまじと覗く。
「私の仕事先って、実はさっきのclosedだったお店なんです。私が事件に巻き込んでしまったからクロさん買えなかったんですよね? ウチの店自慢の松坂牛クッキーです。ぎんちゃんにあげて下さい。頑張ってくれてありがとうって」
わー! わー! 松坂牛のクッキーだ! クロやったね! 喜ぶ僕とは正反対、シロはまったく興味がないとばかりにガックリと肩を落としている。
花岡さんからクリームの匂いがしなかったのは犬用のお店だったからなのか。
「ぎんちゃんがものすごく喜んでいる。今は何よりも嬉しい。ありがとう」
ありがとうー! 花岡さんありがとう!
クロと一緒に僕もたくさんお礼を言ったけど、花岡さんが見てるのはクロだけみたい。
僕は松坂牛のクッキーがあればなんだっていいけど、シロは面白くないみたいだ。
「あ、そうだ花岡さん! 連絡できる住所教えてもらえないかな? DMとか送りたいからここにチャチャッと書いちゃってくれる?」
「あ、はい!」
シロは手帳とペンを花岡さんの前に出した。
花岡さんも当然のようにペンを握って書こうとしている。
アヴッと僕は軽く吠えた。その合図でクロはペンを取り上げる。
「ぎんちゃんが書かなくていいと言っている」
「え? そうなんですか?」
クロが頷く。
シロはまたも面白くなさそうだ。
「あー、はいはい。分かりましたよ」
手帳をしまうシロに僕はまだ歯を見せやる。
だって、住所を書いたらお金を請求するに決まってるからだ。花岡さんは松坂牛クッキーの人だし、そもそも今回の事件はシロが強制的に花岡さんをお客さんとして引きずりこんだんだからダメだと思うぞ。
何度も言うけど、花岡さんは松坂牛クッキーの人だ。だけど僕は決してオヤツにつられているわけじゃないぞ。紳士だからだ。
「じゃあはい。名刺だけ渡しておくね、今回の事件はサービスです」
ムスッとしながらシロは花岡さんにリバーシ探偵事務所の名刺を渡した。
それでいいのだ。
「ありがとうございます!」
花岡さんはたくさん僕にナデナデしてくれたから離れがたかったけど、一段落した僕らは花岡さんに別れを告げて事務所に帰ることにした。
もう日が沈みかけていて、カァカァと黒い鳥がオレンジ色の空に向かって飛んでいく。
せっかく僕らのお休みの日だったのにたくさんお仕事しちゃったね。クロ頑張ったね。
アゥーと僕はクロに労いの言葉をかけた。
「今日もぎんちゃんと一緒で俺は幸せだったよ。お家に帰ってクッキー食べような」
うん! 僕も幸せだったよ。明日も一緒だよ!
「あのなぁ、クロ、仕事をしたらちゃんと金を請求しないと俺らの生活がかかってんだからな!」
またシロの小言が始まった。
「ああ、でも今回はぎんちゃんがいらないって言ってた」
「犬が言ってたとしても、ダメだ。今回だけだからな!」
「……わかった」
シロはクロに注意をしてからぐーっと両腕を上げて背筋を伸ばした。
「よし! 飯でも食いに行くか! ペットOKなところをGoogle先生に聞こうぜ」
「いや、ぎんちゃんのご飯はもう家に作ってあるから大丈夫だ」
「お前のは?」
「俺は別に食べられれば何でもいい」
シロは呆れたようにクロを見たが、いつもの事かと肩を落として僕らの後ろをついてくる。
空を見上げるとオレンジに紺色の空が溶け込み、星も1つ2つと現れる。
今日がそろそろ終わるかな。
明日もたくさんクロのお手伝いをするために頑張るぞ。僕は毎日そう心に決めるのだ。
終わり