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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第三章 ロデウロ編
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99、私は謝られる

 泣き疲れたか、車のトランクに籠もるという非日常に疲れたのか、マレは私にしがみつきながら寝てしまった。自重でちょっとずつ落ちてきたので丁度いい具合に座席に横にする。私に胸があったらこう簡単にはいかなかっただろう。私の体形が滑らかだからこそ、こうしてマレの安眠を守れたわけだ。その事実が私の感情に平穏を与えるわけではないけれど。


 私は自分の発言が間違っていたとは思わない。いつか伝えるべき真実というのは、伝える時期を先延ばしにするべきではないのだ。マレが立ち直れる強さを持っていたにしても、立ち直れなくなる弱さを抱えていたとしても、どちらにしても、早めに伝えるべきなのだ。知らないことの方が残酷なことも世の中にはある。ただそれだけの話でしかないと言えばないのだけれど。


 さらに後ろの座席で未だ眠り続けているシユウ様を見る。そういえば、もうかれこれ二年以上の付き合いになるけれど、シユウ様の寝顔を見たのは初めてだ。別に見たいとも思っていなかったし、見れるとも思っていなかったので、新鮮と言えば新鮮だし、面白みも無いと言えば面白みもない。


 至って普通。凡庸だ。王族だから顔が輝いて見えるとか、シユウ様だからそんな様子も素敵とか、そういう感想も湧いてこないほどに普通。ただ、なんというのだろう。普通の少年が、遊び疲れて家に帰って来て、その勢いのまま布団に寝転んだらついつい寝てしまったみたいな無邪気さはある。実際は母親に能力で、邪魔だから眠らされただけなのだけれど。


 その眠らせた張本人であるサロメ様は先ほどから一切口を開かない。いや、まあ、たてついた私が悪いというか、勢いに任せて結構なことを言ったという自覚はある。今尚、間違ったことを言ったとは思っていないけれど、サロメ様が隠そうとしたことを私が言ってしまったのは事実だ。そこに関しては間違いなく私の過失。うーん、空気が重い。密室の空気が重いってかなり厳しいものがあるわね。


「……悪かったね、アンナちゃん」

「え? ……えっと、私何かされましたでしょうか? どちらかと言うと、何かした側だと思うのですが」

「いや、あたしもあんたに言われるまで無自覚だったんだけどね。確かにあたしのさっきの言い方は、アンナちゃんに選択を委ねたみたいだったなと思って。本当なら、あたしから言うべき話だった。だから、ごめん」

「……王妃がそう簡単に頭を下げるのは、私としては容認しがたいですね。私は気にしていませんので、謝らないでください。適材適所というやつでしょう。サロメ様に出来ないことでも、私にならできることがあるのです」

「……あたしが言い淀んだのには、実際いくつかの理由がある。そもそもあたしとしては、ヴァレの話は忘れたい話だったからね」

「忘れたい話? 友人だったのでは? その子供ともなれば、可愛いものなのではありませんか? 私の年齢では分かりませんが」

「おっ、若々しさでマウントを取ってくるね」

「いえ、そういうつもりでは……」

「分かってるさ。もうちょっとちゃんとした形で会ってれば、お小遣いでもプレゼントでも、いくらでもあげる程度には可愛がってたとは自分でも思う。実際、ヴァレと旦那は発見されてる。さっきアンナちゃんが言ったみたいに、物言わぬ死体で、だけどね。だから、実際に何があったのかの細かい所までは分からないのさ。分かってたのは、ヴァレがどこかで出産を済ませ、その子供が行方不明になったということ」

「……聞きにくいことですし、言い難いことでしょうが、何故ヴァレ様は亡くなったのですか? この子を、マレを王位継承の争いに巻き込みたくなかったという動機だったならば、旦那様と一緒に他の国で暮らすというような予定を立てていたのでは?」

「多分、プレントに行く気だったんじゃないかってあたしは勝手に思ってる。ヴァレは昔から、どちらかって言えばベジタリアンだったからね。少なくとも、この国には来なかっただろうと思うよ。あたしに連絡してくれれば、いくらでも雲隠れの手伝いくらいしてあげたんだけどね……」

「ヴァレ様は、サロメ様にも何も言わないで城から逃げ出したのですか? そんな、誰の手も借りない逃走など、絶対に成功するはずがありません。王族の果たすべき義務には、それなりの強制力がありますし」

「協力者もいたんだろうね。真っ当な協力者だったかは別の話として。今になっても誰一人名乗り出ないというのは、後ろ暗いところがあるのか、あるいは律儀にも未だに秘密を守っているのか。その子の存在はあたしにとって、八年越しの衝撃の事実だったよ」

「…………」

「ヴァレは何て言うか、人に頼るのが絶望的に下手だったんだ。王族の身でありながら心中に湧き出る王族への不信感、しなければならないことと自分に実際できることの乖離、義務感への焦燥と思想への抑圧。あの子はいつも何かと戦っていて、でもそのほとんどが空回っている独り相撲だった。だから、頼るべき相手を間違えたのかもしれない。あたしはあの子にとって、一番仲のいい友達ではあったけど、協力を要請するに値はしなかったんだろうね。あるいは……、だからこそ、迷惑を掛けられないと思われていたのか……」


 友達の正しい関係性は、難しい。仲が良いからこそ、金銭の貸し借りはするべきではないと主張する者もいれば、仲が良いのだったら困っている友人に手を差し伸べるべきだというものもいる。それはきっと、どちらも間違っていない。どちらも人間らしいものの考え方だと思う。でも、断るべきだと主張する人に一度聞いてみたくはあるのだ。


 貴方を信用して、信頼して、貴方ならば助けてくれると藁にも縋る気持ちで頼み込んできた友人の頼みを断るというのは、心が痛まないのかと。断られた側の気持ちを想像して、一体どう思うのかと。論点が違うと言われれば確かにそうなのかもしれない。けれど、友人の必死の頼みを断れるということは、元々そこに友情などなかったのではないのかと私は疑ってしまう。


 ヴァレ様の場合は、友達だからこそ頼るわけにいかないと思ったのかもしれない。甘えてしまっては駄目だと、そう考えたのかもしれない。でもその場合、最終的に一番傷つくのは果たして誰だろうか。今回の件で言えば、確かに最終的に命を落としているヴァレ様の自業自得であるという意見もあるだろう。


 でも、友人の命を救えなかった、頼りがいの無い存在だった思われていたと未だ自分を責めているサロメ様は、傷ついていないと言えるだろうか。誰よりも深く傷ついているのは、サロメ様なのではないのか。


「セルムの駅のトイレの、天井裏。二人はそこで発見された。死因は絞殺。失踪してからほぼまるまる一年後だった。遺体は、見せてもらえなかった」


 いつの間にか、サロメ様の運転する車は城の目前まで来ていた。私は、サロメ様に、言葉を返すことは出来なかった。

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