97、私は聞き役に回る
「ふむふむ、なるほど、ピリオドフィットか。いやいや、なかなかどうして、巡り合わせっていうのはあるもんだねえ。合縁奇縁、奇々怪々。ただまあ、色々と得心行くところは確かにある」
「私としては、ステムの方にこそ気になるものを感じましたが……、ピリオドフィットという家名に聞き覚えが?」
「え、わ、わたしのはなし?」
「……マレちゃん、あたしは多分あんたについて色々と、なんだったらあんた以上に知っている。それを今ここで教えること自体は全然構わない。問題は、あんたがそれを良しとするかだ」
「ど、どういうこと……、ですか……?」
「あたしの知っている事情をあんたに教えることで、あんたは高い確率で今の暮らしを捨てざるを得なくなるってことさ。良い所っていうそのヴァーレ孤児院での暮らしと、今日でお別れしなくちゃいけないかもしれないってことさ。それはあたし的にあまり好ましい話じゃない」
「……今を取るか、真実を取るか、という話ですか? この歳の子には、少々酷な選択では?」
「そりゃあ分かってるさ。重々承知の上だ。でもねえ、それを選択する権利はその子にしかないし、それを選択する義務がその子にはある。……マレちゃんが自分の名前を知っているのはどうしてだい?」
「……名前の書いてある本をもって、孤児院の前にわたしはいたって、先生は言ってました。箱に入って、静かにねていたって」
「本。ふうん、その本は今どこに?」
「院長先生がもってるって言ってました。今はまだわたしじゃ読めないから、そのうち見せるって」
「……そりゃあ、親切だ。アンナちゃん、セルムで親が子に本を渡すというのがどういう意味かっていうのは、知ってるかい?」
「……名前の書いてある、本。……セルムでそれを親が子に渡すのは、本来、親離れという意味があったはずです。子供が親元を離れ一人暮らしを始める、もしくは死別する際に渡すなど、親子が離れてしまう際に、励ましたり、慰めたり、激励したり、そう言った意味で渡されることが多い。親のメッセージが込められた、親から子への、贈り物」
「……どういうこと?」
「もし、院長先生の今はまだ読めないという発言を素直に信じるのであれば、この子が持っていた本はそれなりに難しく、ある程度の年齢にならなければ理解のできない本。つまりそれは、親が、子の正常な成長を願って渡した本です」
「…………?」
「捨て子ではなく、何か、やむを得ないような事情があった、と考えるのが妥当でしょう」
「そう、マレちゃん、あんたは親から確かに愛されてこの世に生まれたのさ。それはあたしが保証する。あたしなら保証できる。だからここで聞く。あんたには、今のままの生活を選ぶか、あるいは自分が何処から来た誰なのかを知るという二択がある。自分のことを知れば、あんたが孤児院に戻ることはない。けれど、自分のことも、親のことも、あんたに教えることは出来る。逆に今のままの生活を選ぶのなら、あたしからは何も言えない。でも、孤児院に戻って今まで通りの生活を送ることは出来る」
「……わたしのことを、知ってるの?」
「知っている。だからこそ、今の状況はあたしにとっても驚きなのさ」
「……戻れないの? 戻れるの?」
「それはあんたが選ぶんだ。あたしが押し付けるものじゃない」
「…………ママと、パパのことを知ってるの?」
「……知っている」
「……みんなに、お別れはできる?」
「……出来るようにしよう」
「…………じゃあ、教えて、ううん、教えてください。わたしは、わたしのことが知りたい、です」
「そもそも、アンナちゃんが引っ掛かったステム。これはセルム第二王子、フラットの名前にも入ってる。だからアンナちゃんとしては気になったんだろう?」
「その通りです。通常、名前と家名の間に入るのは、身近な人物、あるいは恩人などの名前、思い出の地名などです。だからこそ、そこは通常、血縁者でもなければ被ることはありません」
「ステムっていうのはセルム王家お抱えの医者さ。外科、内科、果ては出産に至るまで全ての医療を受け持っている一流の医者だ。代々ステムっていう名は受け継がれているから、セルムの王家にはステムが名に入っているものがほとんどでねえ。ある種ややこしくもある。マレちゃんの名前にそれが入っているのは、マレちゃんを見つけやすくするための措置だろう」
「……ステムが人名だというのは、ほとんど知られていない情報なのですね?」
「そう。それに、王族の名前と被せようって国民なんてほとんどいないからねえ。ステムが名に入っていたら王族に縁のある人間だと考えてほぼ間違いない。つまりマレちゃんは、王族の近親者なのさ」
「……わたしが、王族の?」
「孤児として育ってきてるなら、それは想像し難い話だろうね。ただ、その話の説得力を補強できる情報が、そのピリオドフィットという家名だ」
「ドットレイド家の親族に、ある名なのですか?」
「親族どころじゃない。分家さ。マレちゃんくらいの年齢なら、王位継承権を争っていてもおかしくないほどには王族に近い。どころか、ほぼ王族だって言ってもいい」
「……ならば、何故孤児に? それならば本来、城か、あるいはその近くで大事に育てられるはずです。たとえどれほど間違っても、孤児院に何年もいていい立場ではありません」
「そうなんだけどね。問題としては、その子は実際ピリオドフィットの子じゃない、って点だ。なんせピリオドフィット家じゃ生まれた子を外部に連れ出すなんてことは出来ない。子は王族に近ければ近いほど慎重に扱われるからね。つまり、そのピリオドフィットは偽名さ」
「……は? では、この子は一体……?」
「一人だけ、子を外部に連れ出すことのできる者がいた。そいつはあたしの友達でもあった。現セルム国王の妹、ヴァレ・ステム・ドットレイドは、妊娠中に夫と蒸発した。その真紅の髪の毛、通りで見覚えがあるはずさ。マレちゃんは、正統なセルム王家の人間だよ」




