96、私は狼狽える
「…………? ……っ! ――っ!」
「あ、起きた? 善意から忠告してあげるけど、余計なことしようとか考えない方がいいわよ。下手に動かれると、私はもう一度これを使わざるを得なくなるから。というか私としてもあまり撃ちたくないのよ。聞こえてたと思うけど、整備不良で暴発とか割とあり得ない話でもないから」
「……あの人は?」
「今頃病院で手術中だと思うけど。まあ生きるか死ぬかは五分五分……、半分半分かしらね。誰かさんが能力をいつまでも解除しないせいで止血とか輸血とか治療が遅れたから」
「……っ。……これから、わたし、どうなるの……?」
「別に。どうせ何も知らないんでしょ? 尋問とか拷問とかするだけ無駄だろうし、一応庇ってはあげるわ。良心が咎めないでもないしね」
「……パパとママに、怒られるの?」
「……いや、良心ってそっちじゃないんだけど……」
「……あ、おねえ、さん。あの、さっきは、ごめんなさい」
「…………」
「……サロメ様、声かけられてますわよ」
「え? あ、お姉さんってあたしのことかい? いやー、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。後でお姉さんがアイスをご馳走してあげようかね。何味が好きとかあるかい?」
「え、えと、あの……」
「サロメ様、謝罪に対するご返答は?」
「いや、何に対する謝罪なのかも分からないのに返答なんかできるわけないさね。謝られるようなことをあたしはその子にされていない。故に、ご返答は不可能というわけさ」
「……正直、そこまで行くともはや器が広いのではなく、底が抜けているだけではないと思うのですが」
「底抜けに元気だとは言われたことがあるがね」
「わ、わたしは。運転中のお姉さんに、ひどいいたずらをしました。悪いことです。とても悪いことです。悪いことをしたら、人は謝らなければいけません。だから、ごめんなさい」
「義務感から来る謝罪は好みじゃないねえ。それに、その謝罪よりも気になる疑問が生まれた。お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは、自分のしていることが悪いことだと分かっていながら、どうしてそれをやめなかったんだい? 今はこうして普通に車を走らせているけど、あたしが昔、車を馬鹿みたいに乗り回したりしている経験がなければ、お嬢ちゃんごと死んでたかもしれなかったんだよ?」
「……わからない、です。あの人に、わたしの能力を使ってほしいって言われて、だから、使いました」
「断れなかったの? 言い方的に、何か変だな、くらいは思っていたんじゃないの?」
「……わからないん、です。ただ、いやだって言えなくて。この人の言うことをきかなくちゃいけないって思って。大きな音がしたあとに、なんだかおかしいって思って」
「……私が撃った銃ね」
「というか、もうこれ以上聞き出す必要もないねえ。間違いなく、洗脳系の能力によるものだ。さっきの男からその子に洗脳が感染し、目的を達成するために逆らえなくなったと解釈すれば辻褄は合う」
「……潜在意識的な洗脳だと思っていましたが、想像よりも強力ですね。命令に逆らえなくなるほどの強制力があるというのは、本来であれば国家から『第二種特殊能力者』として制限を受けるほどのもののはずです」
「詳しいねえ。そう、人心を操り、自分の意のままに動かすほどの『洗脳』系統の能力者は『第二種特殊能力者』に指定される。ちなみにその後どういう人生を送ることになるかの知識は?」
「基本的には私欲のために能力を使用しないことを誓えば、城仕えの身になることも可能だったはずだと記憶しています。例え城に仕えずとも、一生を監視在りきで過ごすことには変わりないはずですが」
「流石はシーツァリアの次期王妃だねえ」
「……お姉ちゃん、王族の人なの?」
「違うわよ。私は王族と結婚することになってる普通の貴族。本当の王族はあちらのお姉さんよ。貴女の歳じゃ知らなくて当然かもしれないけど、車を手足のように操っているあの格好いいお姉さんは、このロデウロの現王妃なんだから」
「えっ。王妃様、なの? …………あの、わたし、まだ、しにたくない……」
「……ごめんね、なんだか必要以上に不安を与える情報だったみたいで。大丈夫、心配しないで。お願い、泣かないで。泣いた子供の対応なんかしたことないのよ。ごめん、悪かったわ、謝るから」
「被害者が加害者に謝ってるのはなんだか変な感じだねえ」
「し、知らなかったの。お姉さんが王妃様なんて知らなくて……、でも、知ってたから能力を使わなかったかっていうと、なにも言えないんだけど……」
「泣かないで、大丈夫だから。洗脳されていたことによる心神喪失状態に加えて、貴女の年齢なら罪には問われないから。私も可能な限り庇うから。ね? 心配いらないから」
「……そうやってると、まるで姉妹みたいだねえ。あ、アンナちゃんには妹ちゃんがいたんだっけ?」
「え、ええ。まあ、妹と言うには、少々距離が開き過ぎていますが……。あ、そういえば、貴女、名前はなんて言うの? その髪の色から見て、セルム出身、よね?」
「……うん、じゃなくて、えと、はい。……セルムの孤児院にすんでます。ヴァーレ孤児院っていうちっちゃなところなんだけどみんな優しくていいところなの。それで、えっと、わたしの名前は、マレ。マレ・ステム・ピリオドフィットっていうの。みんなからは、マレってよばれてる」
「……ステム?」
「……ピリオドフィット?」




