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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第三章 ロデウロ編
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95、私は変わっている

 私達が先ほどまで追い込まれていた窮地を、本来護衛として周囲にいるはずだった人たちに連絡しなかったのは何かしらの理由があったわけではない。いや、あったにはあったのだけれど、連絡しようにもできなかったというにはあまりにお粗末すぎるので正直言いたくないという話だ。私の落ち度では決してないけれど。


 何とサロメ様、携帯を持っていなかったのだ。正確に言うなら、自室に置いてきたらしい。城を出発する前の段階で護衛を振りきることはすでに決まっていたらしく、携帯を持っていると鳴り続けていてどうせうるさいし、電源を切っているなら持っている意味が無いと考えたそうだ。携帯電話の意味がない。携帯していなかったら固定電話と同じだ。


 当然そんなサロメ様が誰かしらの連絡先なんて覚えているはずがなく、近くを通りかかかった一般市民に携帯を借りて警察に連絡することになった。道端で王妃に携帯を貸してくれと言われた男性は可哀想ほどに驚いていたけれど、まあ、いい思い出だと思って欲しい。一生に一度だってない出来事だろうから。


 悲しいことに、警察側は電話がサロメ様からのものだということをなかなか信じてくれなかったらしく、五分ほど揉めていた。サロメ様は憤慨していたけど、私からすればそりゃそうだとしか言いようがない。そもそも常に周囲に護衛がいるはずの王妃が、何故警察に連絡するのかという話だ。


 ファンサービスの精神が旺盛なのか、サロメ様は携帯を貸してくれた男性と肩を組んでツーショット写真を撮っていた。どうもこれで携帯を貸してもらった恩は返したということらしい。現実を受け止めきれていないのか、呆然自失と言った様子のまま去っていく男性。おそらくこれから、その写真を見る度に首を傾げることになるだろう。


 長い黒髪を後頭部の高い位置で一つにまとめているサロメ様は、その髪の艶もさることながら、二人の子を産んだとは思えないほどに若々しい美人だ。額まで上げているサングラスとツリ目も相まって、さながら不良のような見た目だけれど、正直二十代前半だと言っても通用するかもしれない。


 正確な年齢は分からないけど、ジエイ様が現在中等部二年生であることを考えれば、三十代半ば程度ではあるはず。精神的に若いとやはり見た目にも出るものなのだろうか。となると精神的に老けている私は肉体的にも老けるのが早いという話になってしまう。これ以上考えるのはやめよう。


 それからさらに三分ほど経過して、大きなサイレンの音と共に救急車が到着した。女児の方は本当に気絶しているだけで何ともなかったので、私が撃った男性だけを乗せて救急車は走り去っていった。事前に輸血用の血を持ってきてくれと言っておいたので、今頃は車内で輸血されているだろう。それでも、経過時間と考えると助かるかどうかは五分五分と言ったところだけど。


 本筋の問題はこの女児だ。初等部程度と言ったけれど、どう見ても私より年下、いや、多分低学年だろう。七歳か、八歳か。運ばれていった男性とどういう関係なのかは分からないけれど、一番近くにいる人物が銃で撃たれて死にそうになっているのに、叫ぶことすらできなかったらそりゃあ気絶もするかという納得はある。


 限界ギリギリの精神状態だったところに、追い打ちのようにドリフト耐久一時間を突き付けられて決壊したというところだろうか。この子が『固定』の能力者。以前も言ったけれど、通常、人が自分の能力を自覚するのは結構遅い。特に、普通人間に出来ないことであればそれは顕著に表れる。


 『固定』という自分以外の何かに使うことが前提となっている能力をこの歳で自覚するというのは、悪い言い方をすればあまりにも異常だ。だからこそ、組織に目を付けられたと考えるべきか、組織は何らかの形で彼女の能力を知っていたからこそ、この子を取り込んだと見るべきか。


 どちらにせよ、この子を尋問したところで大した情報は得られないだろう。ロデウロの情報部隊も、まさかこの歳の女の子に拷問はしないだろうと思う。というかまあ、何を聞いてもどうせ『少女のため』としか言わないのなら、尋問すらほとんど意味の無い徒労なのだけれど。


 情報源としてとか言ってはいるけど、私が撃ったのは実際、本来なら何の罪もない普通の人間だ。洗脳によって正気を失っているだけの人間を攻撃するという行為には絶対に批判が伴う。だけれどそれは、自分が狙われない立ち位置にいるがゆえの哀れなほどに的外れな意見だ。


 私は自分を守るためなら、現状の七か国を守るためならば、たとえ無実の人間だろうが容赦なく殺すという覚悟がある。そこら辺の責任は元凶にでも纏めて取らせればいい。私は私の意志にしか従わない。たとえサロメ様に引かれようと、失望されようと、それは譲れない一線だ。


「あ、そういえばアンナちゃん、さっきはありがとね。いやあ、二回りも年下の女の子に助けられちゃうって言うのは、何というか衰えを感じるよ。二十歳くらいの頃のあたしだったら、強引に窓から飛び降りるくらいのアクロバットは出来たんだけどねえ」

「……えっと、なぜ私にお礼を?」

「はい? いやいや、命の恩人にお礼を言わないような恩知らずはいないだろう? 暴発するかも分からないような銃を躊躇なく撃ってくれたんだ。間違いなく、あんたはあたしの恩人さ」

「…………」


 人に感謝されるのは苦手だ。どう反応すればいいか分からないから。昔から今まで、記憶にある限り感謝されたことなど数えるほどしかない。誰かのために何かをしても、次期王妃ならば当然の振る舞いだとして片付けられてしまうから。感謝されたいとも思わないし、嬉しくもない。


 慣れれば、嬉しく感じられるようになるのだろうか。いつか私も、ありがとうという言葉に、笑顔でどういたしましてと答えられるようになるのだろうか。想像がつかないから、慣れなのだろうけど。当然のようにお礼を口にするサロメ様は私からすればとても変な人なのだけれど、サロメ様からすれば私こそ変わっているのだろう。


 人を撃っておいて、顔色の一つも変わらない私を変わっていると一番思っているのは、間違いなく私だ。

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