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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第三章 ロデウロ編
94/156

94、私は付いていけない

「…………」

「あの……、大丈夫かい? 顔が引き攣ってるけど……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!! 前! 前! 赤信号ですって!」

「ああ、この辺ならまだ大丈夫。こんな所の横断歩道渡る人なんてほとんどいないから」

「笑顔で当たり前のように信号無視を……、凄い……、流石は王妃様……。そこら辺の民衆とは格が違いますね……」

「いやー、その褒め方嬉しくないねえ。とりあえず信号の少ない道を選んで走るけど、どうするんだい? トランクにいた誰かは、この『固定』の能力者じゃないってことなのかね?」

「いえ、そんなはずはありません。今の信号無視でずっと前後にいた車とも距離が出来ました。なのに未だにサロメ様の手足は動かない。この車の中に謎のデッドスペースでもない限りは、トランクにいた誰かが能力者で間違いないはずです。……ああ、もう! こんなことならさっさと頭を撃ち抜いておけば!」

「さらっと怖いこと言うね、アンナちゃん。そのくらい肝が据わってた方が頼りがいはあるけどね」

「情報源を失うのは少々痛いですが、もう一発、脳天に撃ち込みますか。そうすれば流石に解除されるはずです」

「……うーん、アンナちゃん、あたしの考えを聞いてくれるかい?」

「……できれば手短に」

「分かった。多分アンナちゃんの考えとしては、前後の車が護衛の車じゃないのは全くの偶然だから、能力者が潜んでいるとしたらこの車内だって思ったんだとあたしは思ってるけど、あってる?」

「ええ、流石はサロメ様。私の考えなどお見通しですか」

「いやいや、この推測は結果在りきさね。アンナちゃんがやたら迷いなくトランクに手を突っ込んだってことは、そう考えるに足る根拠があったはずってところからの連想でしかない。で、さらにその連想から突っ込んだところなんだけどね」

「はあ」

「トランクにもう一人いるって可能性ないかね?」


「…………この車のトランクってどのくらい広いんですか?」

「人二人くらいなら入れるね。何かを入れっぱなしにしたりはしないから常に空っぽだし、正直一人いたら二人いても驚きはしないかな」

「一人いる段階で常識外の驚きは既にありますが……、なるほど、二人目は盲点でした。ではどうしましょうか。とりあえず手当たり次第に乱射して、二人とも死ねば解決ですかね」

「さっきから派手なこと言うねえ。確かにこの状況での殺人なら罪としては問われないだろうけど、シーツァリアの次期王妃、みたいな立場があるんだったらそこまで直接的なのは避けた方がいいと思うよ。ロデウロで命の危機に見舞われたから、シユウとの今後の接触禁止、なんてことになったら困るでしょ?」

「セブンスヘブンの段階で手遅れな気もしますが……、ではどうしましょうか。このまま病院のエントランスにでも突っ込みますか?」

「過激だねえ。おぉっと、危ない危ない。遅く走ってる車は普段なら注意できるんだけどね。これからだけど、あたしに良い考えがあるんだよね。もし仮に二人乗ってたとしたらさ、一人、まあこの場合はさっきアンナちゃんが撃った方だけど、そっちは最悪死んでもいいわけじゃない? だからさ、もう一人の方を気絶させてやろうと思うんだよ」

「トランクにいる人間をどうやって気絶させるのですか? サロメ様の『放睡』でそれが可能だというのなら、初めからやって欲しかったところですが」

「違うよ、そんなスマートな方法じゃない。もっと荒々しくて、乱暴で、雑で、力ずくさ。この先に少し広い空き地がある。あたしがそこでこの車を全力でドリフトさせ続ける。能力が解除されるまで十分でも二十分でも、一時間だろうとね。その際に、多分アンナちゃんも途中で気絶するだろうから、それに関しての相談ってわけ」

「……確かに荒々しいですね」

「あたしの『放睡』は視界に入っている誰か、もしくは、一定範囲内の人間全員しか眠らせられない。一定範囲内の人間の範疇にはあたしも含まれてるから、その場合事故って終わりだし。まあ時間稼ぎには使えるからそこまで使い勝手が悪いってわけでもないんだけど」

「……それでこの事態が終わるというのなら、私から否定はしません。一人で延々と回り続けるのは苦行でしょうが、頑張ってください」

「よし! 行くよぉ! ……やったね」


 サロメ様のそんな呟きが聞こえて隣を見ると、左手をこちらに向けて笑っているサロメ様が視界に入った。状況を把握できない私がぽかんとしていると、車は徐々にスピードを落とし、道路の脇で完全に停止した。緩慢な動作でシートベルトを外すサロメ様に何と言えばいいものか迷う。


「……え? ……、……え?」

「ほら、アンナちゃん、トランクを見に行くよ。死なれたら困るし、早いとこ救急車呼ばないとね」

「……あ、う、嘘ですか!?」

「あっはっは、そんな長時間ドリフトしてたらこっちが死んじまうよ。賭けではあった。トランクに潜んでるもう一人が、近くの人間が死ぬことを何とも思っていない奴だったなら、あたしは本気で限界ギリギリまでドリフトをするつもりではあったんだ。まだ人の心が残ってるみたいでよかったよ」

「……割と本気で気絶することを覚悟していました」


 口にするはったりが豪快過ぎる。ここでの会話が犯人に聞こえていることを前提にして嘘とか普通言わないでしょ。もし能力が解除されなかったらドリフトしたまま気絶とかいう意味が分からない死因になってしまってもおかしくなかったわけで、正直運任せすぎる。


 そもそも、本当にトランクに二人目がいるかも確定していないこの状況で身を削るような発言をするという精神力にもうついていけない。他にいくつかの可能性を想定していたがゆえの発言だったのか、あるいは何も考えていなかっただけか。まあ、結果としては上手くいったんだし、これ以上掘り下げる必要も無いと言えば無いのだけれど。


「さて、トランクの中身お披露目ー……、ん?」

「……これは」


 トランクの中にいたのは腹部から血を流した二十代くらいの男。そして、その男の足元で足を抱えたまま気絶している、初等部くらいの女の子だった。これは、サロメ様の嘘を信じて恐れた結果、気を失ってしまった、という解釈でいいのかしら。なんとも、後味の悪い景色だ。

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