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穴開ける次期王妃の婚姻譚  作者: 甲光一念
第三章 ロデウロ編
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92、私は武器を手に取る

 サロメ様に助けを求められた私がまずとった行動は、とりあえずハンドルを握っている両手を引っ張ってみることだった。別にサロメ様の発言を疑っていたわけではなく、自分で離すことはできなくても、他の人間が力づくで引っ張れば離れる可能性もあるのではという無いに等しい望みにかけたわけだけれど、まあ無かった。


 ハンドクリームと間違えて接着剤でも手に塗ったのかと疑いたくなるほどにガッチガチだった。手を開くことすらできないというのがどの程度の苦痛なのかは想像が難しいところだけれど、控えめに言っても楽ではないだろう。車の運転というのは結構精神的に疲れるものだという話は聞いたことがある。それを強制的に継続させられているのだから危険ではあるだろう。


 先程サロメ様が言っていた通り、この海沿いの道路は二車線しかなく、曲がり角もないので信号が存在しない。カーナビでこの道路があとどのくらい続くのかを見ると、今のままの速度であればあと五分と言ったところか。それ以降は信号機も横断歩道もあるごく普通の道路に戻らざるを得ない。赤信号だろうが止まることができない車の危険性など改めて説明する必要もない。


「……サロメ様、手と足が離れなくなってしまったのはいつ頃のお話ですか?」

「分からない。アンナちゃんとの会話が一瞬途切れた時、ハンドルから片手を離そうと思ったらその時にはすでに離れなかったのさ。焦って足を離そうとしたらそっちも同じ。全く、気が緩んでたのかね?」

「……では、先程からこの車の近くをずっと走っているような怪しい車などに心当たりは?」

「ないね。ないねというか、ここは一本道だからね。ただ景色を楽しむためだけの一本道。ここに入れば最後まで走り続けるしかないゆえに、前後の二台はずっと視界に入っている」


 そう、別に車間距離がそこまで狭いわけではないので圧迫感のようなものはないが、この車はずっと同じニ台に挟まれながら走っている。だからどっちみち、ブレーキを踏んで緊急停車みたいなことはできない。できないと言うか、状況を考えればしない方がいい。車が走っているから直接的な攻撃をしてきていないだけで、もし異常な止まり方をすれば三人纏めて攫われてもおかしくないのだから。


 正直、考えるほどに泥沼だ。本来であれば前後には護衛の車が走っていたのだろうけれど、サロメ様が振り切ってしまったせいでこの場にはいない。場所くらいは把握しているだろうけれど、この一本道にいち早く駆け付けて私達を助けるというのは期待するだけ無駄な可能性だ。


 というかまじか。セブンスヘブンに続いて国内でも攻撃を仕掛けてくるとか。本来なら一回だって極刑ものだというのに、それを重ねるとかあるか。ないよ。せめて、私を狙っているのかシユウ様を狙っているのかだけでも判明していれば無駄ではなかったと言えたのだけれど、それも結局はっきりしないままだし。


「……無駄だろうと思いつつお聞きしますが、シユウ様の目を覚ますことというのは可能ですか?」

「ごめんね、無理なんだよ。あたしの能力『放睡』は眠らせることしかできない。そして一度眠れば三十分は確実に目覚めない。そこは日頃の睡眠不足とかに左右されるけど、シユウだったらまあ、あと十五分くらいは起きない、かね」

「……まあ、シユウ様が起きていたところでという話ではあるのですが。車を強引に止めることはできるかもしれませんが、そちらに『六盾』を割いてしまえば、組織のより直接的な攻撃に対応できなくなってしまいます。……場所と状況が悪すぎる。せめて銃でもあれば……」

「……銃があればどうなるんだい?」

「牽制程度にはなります。少なくとも後方の車両には明確な効果があるでしょう。それに万が一の話ですが、能力者が空を飛んでいたりする場合に攻撃の手段が現状では無いので……」

「ふむ……、アンナちゃん、そこのグローブボックスを開けな」

「はい? グローブボックス?」

「助手席の前、そこの収納さ。とりあえず助手席に移りな。このまま後部座席にいても話しにくいだけだろ」


 今の私の格好は非常に動きやすさを重視したものなので助手席に移るくらいは大した手間ではない。はしたなくはあるが。シユウ様が起きていたら気絶させている。いや、さすがに冗談だけど。とりあえずシートベルトを腰の後ろを通して装着。動きにくくなったらいざというとき困るからするわけない。マナーは最悪だけど。


 サロメ様の言葉通りグローブボックスとやらを開ける。というかこれグローブボックスって言うのね。開けて少しだけ後悔した。ゴッチャゴチャ。とりあえず邪魔な荷物を詰め込みましたみたいな収納スペースになっている。ここから何を探せというのかと尋ねようとしたとき、それは確かに手に当たった。


 光を反射する滑らかな形、黒く塗られたその全体、太陽と真逆のひんやりとする手触り。こんな適当な保管は私だったら絶対できない。走ってる途中で暴発しそうだ。せめて何かケースに入れるとかできなかったのだろうか。私はそれを握って、慎重に取り出す。黒光りする、重厚な凶器を。


「護身用、ですか?」

「実際、使う機会が無さすぎて飾りみたいになってるけどね。まさか、それを使うときが来るなんて思ってなかったし、あたし以外の誰かが使うことになるとはもっと思ってなかった」

「……整備とか、してます?」

「……何年前かに」

「……不安ですが、まあどうせ撃たないので大丈夫ですかね」

「撃たないのかい? まあ、その歳じゃ銃の訓練なんてしたことないだろうけど」

「ええ、そもそもこんな身体で撃ったら下手すれば肩が外れます。私すらまともに動けなくなるのは最悪のパターンであり、それだけは避けなくてはいけない。ふふ、凶器というのは時に、使わない方がその存在をより強調できる。さあ、逆賊の炙り出しです」

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