88、私は乗り込む
残念なことに、私には美味しいものを詞的に表現したり、他者の食欲を掻き立てたりする感想を述べるほどの語彙力はない。結論から言えば私の食べた焼き鳥はとても美味だったけれど、その詳細な感想を第三者に伝えることは叶わない。この感動は永遠に私だけのものだ。
調子に乗って八本も食べてしまったわけだけれど、私はその行動に一切の後悔はない。焼き鳥を食べ過ぎたくらいで太るのを心配するほど不安定な食生活は送っていない。日々の運動と料理長の栄養管理は基本的に完璧なのだ。むしろもう少し筋肉を付けたいので鶏肉は積極的に食べていきたいところ。
その私の食べっぷりにグースさんは引いていた。まあ確かに我ながら豪快に食べた、いや、貪ったというのは認めるけれど、そんな眉間に皺を寄せるほど引かなくても。なんか文句でもあるのかという意志を込めて睨んだら露骨に視線を逸らした。やっぱりどこかリーデアに似ている。
焼き鳥の屋台の店主に良い食べっぷりだと言われて二本ほどサービスしてもらってしまった。ありがたいのだけれど、焼き鳥に関しては私は与えられれば与えられるだけ食べてしまうと思うのであまり調子に乗らせないで欲しい。餌与えるの禁止よ。
携帯にかかってきた電話を取ると、あまり私に聞かれたくない話だったのかグースさんは少し離れていってしまった。そんな軽率に離れていいのかと思わないでもなかったけれど、その間に店主と焼き鳥の話で盛り上がった。また来ると言ったらまたサービスすると言われてしまった。私はそこまで露骨に美味しそうに食べていたのだろうか。
少し遠くに見えるシユウ様を取り囲んだ人の群れ。微笑ましい国の名物の光景として見るには、少々荒々しいような気がしてならない。王子を国民が包囲して殺そうとでもしていると言われる方が余程納得できるような景色だ。これでは確かに過激派の信者も出現するわよね。
「……シユウ様が帰ってきた時は大体あのようになると聞きましたが、毎回あれだとしたら少し問題なのでは? 事情を知らない観光客が目撃したら、反乱でも起こったのかと勘違いしそうな光景ですが」
「まあ確かになあ。でも、二年前はもっと少なかったんだよ。数か月ぶりに戻ってきたあいつの思い出話でも聞こうって、友達が少し集まって来てたくらいだった。中心近くにいるあいつ、ガエンなんかはその筆頭だったな」
「では、なぜ今のような、もはや収拾もつかないような事態にまで発展してしまったのですか? さすがあそこまでになると、正直少し薄ら寒いものを感じるのですが」
「シユウの奴もきちんと止めろって言わないし、少し話すとちゃんと名前と顔を覚えてくれるもんだからなあ。気さくな王族がいるって噂話が広がるのは早かったよ」
「……気さく過ぎる、と私は思ってしまいますがね。王族としての威厳のようなものが感じられない。いえ、それが良いという人がこうしてここに来ているのでしょうけれど……」
「だなあ。……俺としては、王族はもっと、雲の上の人であるべきだと思うんだけどな」
「あら、ロデウロの国民も、別に一枚岩というわけではないのですね?」
「ある程度声を掛けてくれるくらいなら感謝すべきなんだろうな。俺が狭量なだけなのかもしんねえけど、シユウのあれはなんていうか、この国の為って感じじゃねえんだよな」
「では、何の為です?」
「はは、そこまでは分かんねえよ。……誰かの為、なんだろうけどな」
きっと、私の為なのだろうと思う。自惚れなのかもしれないけれど。私がこの国に移住してきた時、シユウ様の好感度が高ければ高いほど、私の存在はすんなりと受け入れられるだろう。その為の下準備なのだ。シユウ様を見れば見るほど、彼の行動は余りにも一貫している。
事情を知らない者が傍から見れば、シユウ様の行動はあまりにもとっ散らかっている。強くなってみたり、国の問題を解決してみたり、かと思ったら他国に留学してみたり。自国を大切にしているのかと思えばそうでもないのだ。
私がそれに対して批判を口にする権利はないけれど、一体彼をそこまで突き動かしているものは何なのだろう。私のどこが、シユウ様にそこまで深く刺さったのだろう。こう言ってしまっては何だが、ロデウロ第二王子の行動として見ると、彼は余りにも気味が悪い。
シユウ様の優しさに甘えてしまっているのは確かだ。だけれど、未だに私は彼を理解できていない。根本的な所を本当に何も知らないのだ。私のどこが好きなのかとか、なぜ未来を知っているのかとか、どうしてそんなに能力を使いこなせているのかとか。
好きであるという私の気持ちに嘘は無い。プロポーズでもされれば一も二もなく受諾するだろう。でもそれは、不信感の両立と矛盾しない感情だ。愛情と裏腹に、私は彼をどうしようもなく疑わしいと思っている。というか、今までの行動を顧みて疑わない方が無理な話でしょ。
瞳が嘘を吐いていなかったから、つい信じてしまった。信じることを止めるタイミングを失ってしまった。それはきっといいことなのだと思う。今からして考えれば。ただ、そういう点においてシユウ様は詰めが甘い。それは優しさとは別物の、致命的な欠点だ。
「アンナ様、車が来ました。シユウ様は現在あの状態なので落ち着くまで乗車は不可能ですが、先に乗り込んでください。すぐにあの人気者を連れてきますので」
「あの人混みの中から騒動の原因を連れ出すのは相当に難しいと思いますが……、頑張ってください」
「……嬢ちゃん、あんた何者だ?」
「……シユウ様の友人、とだけ言っておきますわ。焼き鳥、本当に美味しかったです。また来ますので、その時はまたサービスしてくださいね?」
私は渾身の笑顔を店主に向け、グースさんが指さした車の方へ歩いていく。特別豪華というわけでもない普通の車。そうそう、こういう車が良いんです。我が家では趣味に合わない謎の車しか乗れないので一周回って普通が新鮮ですわね。
ワゴン車、というのだったかしら。車の傍に立っていた運転手らしき女性が親指で後部座席を指したので、特に疑いを持つことなく乗る。もし誘拐されそうになっても車内なら『ポケット』を使えばどうにでもなるしね。外からは見えない感じの窓なのね。
二分ほど経って、疲れた様子のシユウ様が乗り込んできた。外で手をこちらに振っているグースさんを置き去りにして扉は閉まる。一緒に乗るものだと思っていたけれど、まさかのここから別行動とは。シユウ様の秘書なのにそれでいいのだろうか。
「いやー……、疲れた。毎回毎回、あの受け入れは嬉しいんだけど、どんどん人数増えて来ちゃっていけねえや。アイドルの握手会じゃねえんだから、一人であの人数を相手するのは無理だって……」
「正直、自業自得だと思いますがね。何を企んでいるのかは知りませんが、あまりやり過ぎない方がいいですわよ」
「企んでなんてないって。いつの間にかここまでのことになってただけで……、別に……狙ったわけじゃ……」
「……シユウ様? ……寝てしまったのですか?」
「いいや、あたしが眠らせたのさ。いきなりすぎて驚いたかもしれないけど、まあ勘弁しておくれよ」
そんな声と共に、後部座席と運転席を区切っていた壁がどこかへ収納されていく。呆気に取られながら見つめたその先には、先程まで外にいた女性の姿。帽子とサングラスを外し、改めてこちらを見たその女性は。
「……ろ、ロデウロ現王妃様、では?」
「固いねえ。もっと気軽に、サロメさん、って呼んでくれていいんだよ?」




